日本の首都、東京。そのメインターミナルと言える東京駅。
曜日を問わず昼夜を問わず、常に人が大勢行き交う駅の改札を抜けたところに、一人の少女が佇んでいた。
青い髪を長く揺らした、北欧系の美しい少女だ。18歳頃に見え、素朴な白シャツに青色のスカート、そしてブーツを纏って立っている。
忙しく移動する人々のなかにあっても目立つ、得意なまでの美貌。時折勇気ある男達が話しかけようと近づくも、やはり途中で気後れして撤退するほどに可憐なその少女は、瑞々しい唇から微かに吐息を漏らし、小さく、本当に小さな声で呻いた。
「…………中部地方へは、どの切符を買ってどのホームに向かえば良いのかしら……」
整った顔立ちに眉をひそめる。少女は今、向かうべき場所に向かうためにどこの切符を購入すれば良いのかを考えあぐね迷っていた。
彼女は見かけ通りの外国人だ、この日本へは船に乗り、つい一週間ほど前にやって来た。そこからしばらく宿を拠点に情報収集を行い、時折ダンジョン探査を行い人々をモンスターから護りながらも中部地方へ向かう路銀を稼いでいたのだ。
そう、彼女は探査者だ。それも1960年にあっては世界屈指の高レベルを誇る、WSO統括理事ソフィア・チェーホワの裏人格ヴァールにも匹敵しかねないほどの実力者である。
しかしてそんな彼女も、土地勘のない場所ではどう動くべきか悩まざるを得ないのが現実だった。
とはいえこれもすでに慣れたことだ。
迷うと言うなら、彼女は三年前からずっと……世界そのものを迷い続けているのだから。
「ソフィアさんはすでに現地に到着したとの話だし、妹尾教授もそれに付いているみたいだし……ううん、手をこまねいていたら肝心な時に間に合わない可能性だってあるかも。第三次モンスターハザードなんて絶対阻止しないとって、その思いで海を渡ってここまで来たのにまさかこんなところでつまずくなんて」
ブツブツつぶやきながら、誤魔化すように駅構内を歩く。その姿さえ美しいのだが、しかしてどこかコミカルさも感じさせる。
実際、彼女のかつての仲間がこの姿を見れば笑っていただろう。何をしているのか、仕方ない子だと言わんばかりにため息混じりにそれでも導いてくれたのだろう。
けれどそれは叶わない、もはや金輪際。
たとえ現地に着いたとて彼女は、旧知たるソフィアやヴァール、妹尾と接触する気はないのだから。
人知れず近づき、人知れず助け、人知れず去っていく。そのつもりなのだし、それだけで良いのだから。
少女──エリス・モリガナ。
第二次モンスターハザードにおいて北欧全土を救い、しかしその果てに《不老》という規格外のスキルを得て不老存在となったことで果てのない旅に出たかつての聖女は、またしても人々を救うべく動き出していたのだ。
「ま、まあ……言っても日本は島国だもの。とりあえず移動していればそのうちたどり着く気はするかな。うん。最悪でも駅員さんに聞けば良いわけだし、ええ。きっとなんとかなるよね。あはは、あはは、あっはっは」
英雄と呼ぶにふさわしい存在であるエリスが、しかし今は駅で一人迷子になって冷や汗をかいて苦し紛れの笑みを浮かべている。放浪の旅を続けて3年にもなるため慣れてはいるが、旅の始まり頃であれば半泣きにすらなっていたかもしれない。
最初から駅員に問い合わせれば済む話であるのだが、そこはエリス自身の信念と言うべきか、彼女なりのルールがあるためなるべく最後の手段に取っておきたい想いもある。
不老存在たる彼女は、それゆえに自らを"世界にとっての異物"として定め、なるべく人の世のなかにあって人と交わらぬよう努めて旅をしている。
身を隠して息を潜め……誰ともかかわらず、けれど救いを求める声には応じて、モンスターを倒し続ける。そんな日々を過ごしてきたのだ。
それこそは3年前の第二次ハザードにおいて、多くの仲間達に慕われた心根。どんなことになっても決して誰をも見捨てず、罪を犯した者を断じて見逃さない正義の信念。
たとえどれだけ人でなくなっても。たとえ永遠に生き続けなければならない地獄に陥っても、彼女のソレだけは今も変わらない。
犯した罪に、等しき罰を────
その信条だけが今も身体を突き動かすから、今、こうしてエリスは中部地方を目指しているのだ。
頻発するスタンピードに苦しむ人々を助けるために。その裏に何者かの暗躍があるならば、それを突き止め断罪するために。
「と、とにかくここまで来ておいて立ち止まりはできないんだから! 動きます、ええ動きますとも。地図的にはえーっとここから西にあるはず、とりあえず大阪とか京都とかまで行く電車に乗ってみましょう、そうしましょう」
不安に駆られながらも動き出すエリス。向かう方向自体は分かっているので間違いではないのだが、しかしやはり土地勘のなさゆえかどの電車に乗ればいいのか、どの駅で降りるべきかはとんと理解していないままだ。
とりあえず、どこかの書店で路線図でも買うべきか……? とさえ悩みながらも、彼女は切符売り場へと向かうのであった。