翌日の朝。日の出頃に家を出た光太郎は、地元ホームの長野市全探組施設の前を訪れていた。
すでにヴァールと妹尾も来ており、三人揃って施設内へと入る──あらかじめ聞いていた段取りとは言え、不思議な成り行きに光太郎はやはり首を傾げていた。
「普通、電車で行くなら駅で集合とかですけど……昨日言ってた"特殊なスキル"とやらを使うんですか、ここで?」
「ああ。情報漏洩を防ぐべく昨日は仔細を話さなかったがここでなら言ってもいいだろう」
淡々とした無表情のまま、先んじて前を行き施設内は会議室を目指すヴァールの言葉を聞く。
全探組施設はダンジョン探査に対応するため24時間営業で、探査者の姿もスタッフの姿も少ないながらもちらほらと見える。
昨日の打ち合わせ時点では匂わせる程度の説明のみ、光太郎にしていた彼女もこの状況でならば問題なく自身の秘密、世間一般には隠している、あるスキルの存在について語ることができる。
正直なところ、光太郎の家は長屋ゆえ遮音性が皆無に等しく、会話の内容も隣家に筒抜けのためあまり密談には適さないという状況だった。
そもそもその"特殊なスキル"のことはなるべく隠しておきたいヴァールとしては、どうしてもそのタイミングでは聞かせられないものだったのだ。
会議室内に入り、ドアを閉じる。そうしてからヴァールは、すでに承知している妹尾はともかく光太郎にいよいよ話し始めた。
「ワタシのスキル《空間転移》を使い、富山の全探組施設は会議室内に移動する。今後、県を跨ぐような移動は概ねこのスキルを使って行うためそのつもりでいてくれ」
「…………空間? 転移? え、えと?」
「要は瞬間移動だよ光太郎くん。遠く離れた二つの地点を、一箇所でつなぐ出入口を作るスキルをヴァールさんは持っているんだよ。懐かしいなあ、第一次の時も第二次の時も、ずいぶん《空間転移》には助けられましたよ」
「ワタシの持つスキルのなかでも、特に有用かつ危険なものだからな。扱いを間違えば悪用につながってしまう、ゆえにこれを知る者は最小限に留めて口外も固く禁じているのだ。現に長野でもこのスキルを知るのは、我々を除けば宮田支部長くらいなものだからな」
「しゅ。しゅ、しゅ、しゅしゅしゅしゅんかんいどう!!」
明かされた秘密。かつて15年前および3年前にも悪を追うため利用したスキル《空間転移》。
距離の制限なく遠く離れた場所へ瞬時に移動できるという、大ダンジョン時代にあっても規格外そのものなスキルをヴァールは保持している。そしてそれを用いてこれから、本日の目的地である富山の全探組へと一息に向かうつもりなのだ。
これには光太郎も、最初は理解が追いつかなかったもののじきに目を大きく見開き唖然とする。
詳しく語られるまでもなくすさまじい効果だ……その危険性から、ヴァールがなかなか語りたがっていなかったのも頷けるほどに。
思い返せば以前に見た彼女の探査者証明書にも、そのようなスキルの記載はなかった。あのステータス欄は任意で隠したいスキルを隠すことができる、つまりヴァールにとって何がなんでも隠し通したい類のスキルなのだ。
当然のことだ。あまりの効果に呆然としつつもそれだけは理解して、光太郎は息を呑んでやがて、つぶやいた。
「こ……こんなこと、こんなスキルを僕に教えて良かったんですか、ヴァールさん!? ぼ、僕みたいな未熟者に!?」
「未熟かどうか関係なく、すでに今回の事件にあって君も行動をともにする仲間だからな。先ほど述べたこちらの都合から、悪いが口外は禁止させてもらうが……」
「言いません!! 絶対に何がなんでも、死んだって殺されたって言いやしません!! そんな大事なことを、惜しみなく教えてくれた人を裏切るなんてそんな……!!」
理解が進むにつれ、光太郎の心に熱い炎が点った。ヴァールが仲間と認めてくれたことへの感動と、それをもって門外不出たるスキルの存在を教えてくれたこと、その期待と信頼への敬意と感謝が溢れてきたのだ。
元より感動屋で情に厚く義理を重んじる光太郎は、この事実にすっかり打ちのめされていたのだ。
ゆえに心からの誓いを立てる。決してヴァールを裏切らず、情報を漏らすことはしないと。
たとえ漏れたとて彼女ほどの人物ならばどうとでもするだろうが、だからこそそれに甘えてはいけないのだ……彼女の期待に応え、もっともっと立派に成長しなければならない。
そんな想いを改めて抱かされる。
「これまでも本気で全力で頑張ってきましたけど……!! 僕はすっかり感激しました、ヴァールさん!!」
「うん? ……前から思っていたが君はかなり激情家というか、喜怒哀楽が激しい気質だな。あまり気負う必要はないのだが」
「まあ、やる気があって大いに結構じゃないですかねえ。光太郎くんのこういうまっすぐで情に厚いところは、私としては非常に好感が持てますよ」
「そういうものか。たしかに裏表がない点で、ワタシも信頼できると考えたからこそ今こうして話したわけだが」
「うおおおおお僕はやるぞ! これほどまでの期待に応えずして何が探査者なもんかッ!! くうーっ燃えてきたぁーっ!!」
何やら急に気合の雄叫びをあげ始めた少年に、ヴァールは怪訝な顔を浮かべる。元々感情の機微に疎い彼女には、特に感情表現の激しい光太郎のような人間の激しさは理解しかねるところがある。
とはいえ妹尾の言うように、この少年がまっすぐでひたむきな努力を積み重ねている期待の探査者であるのもたしかだ。人格的にも信頼できるゆえに今、《空間転移》の存在を教えたわけでもある。
どうあれ理解してくれたならそれでいいか? と、どこか呑気な心地で考える。
ヴァールも大概、この土地の空気に慣れてきたのかもしれなかった。