探査者用の模擬戦施設、講堂横にあるグラウンドへと移動する。グラウンドと言っても何か特別な仕掛けや装置があるわけでない、本当に単なる運動場のようなものだ。
強いて言うならばそこでは利用者たる探査者に向け、模擬戦用の刃引きした武具や怪我防止用の特殊プロテクターなどを貸し出しているくらいだろうか。
それらを利用しつつ探査者達はこの時代、モンスター相手のみならず探査者同士の対人戦をも想定した訓練であるとか、あるいは人型のモンスターを想定した戦闘訓練を行っているのだ。
そんなグラウンドに50人ほどの参加者が集まるなか、やはり前に出たヴァールは《鎖法》を発動した。瞬時に右腕から発現する鎖を見、探査者達がざわめく。
「な、なんだありゃ。いきなりどこからともなく鎖が出てきたぞ……」
「あれ、スキルか? WSO統括理事、ソフィア・チェーホワのスキルなのか?」
「噂では聞いたことあるわね、チェーホワ統括理事は鎖を使うって。ても今、どこから出したの? 手品じゃあるまいに、まさかスキルの効果で得物ごと出てきたとか……」
「バカ言え、そんなスキル聞いたことねえよ! 武器はスキルと別口に用意する、そんなの探査者の常識じゃねえか」
突然の、身に纏った鎖の現出。それそのものが大ダンジョン時代にあってもなお異質な事象だ。
ゆえに探査者達の誰もがトリックを疑い、目の前の現実を疑い、そして統括理事を疑う。
しかし、実際にどう否定したとて今、起きたことは変わらない。ヴァールから圧が放たれる。
有無を言わせぬほどに圧倒的説得力を伴うカリスマで、夢現かと戸惑う探査者達を一気に現実へと引き戻したのである。
「現実は今ここにあるものがすべてだ。誰にも否定することはできない。この鎖が夢幻ではないということを今から証明してやる……全員まとめてかかってこい。時間が惜しい」
「…………なぁにぃ?」
「──何つった今、コラおい」
「全員で来いと言ったのだ。もちろん殺す気で良いぞ。ワタシの力を図りたいのならばそうするがいい……それでも片鱗とて覗ければ御の字と思うことだな」
あからさまな挑発。地元探査者達の独特な気質をも利用してヴァールは、一気にことを済ませようとしていた。
一人一人に一々教え込むのでなく、まとめて叩き込み刻み込むのだ──WSO統括理事の実力は、たとえ片鱗であっても自分達が束になったとて敵わない領域にいると。
そもそもこの地の探査者達は、異様なまでにプライドが高い。誰もが自分の力を疑わず、舐められたり下に見られることを極端に嫌う傾向がある。
それは中部地方に来て、光太郎と知り合い彼を鍛えつつ地元探査者の様子を観察するなかでいい加減、気づいていたことだ。
よく言えば己に自信があり、固い信念があり……悪く言えば傲慢、かつ傲岸不遜。
スタンドプレーが常態化している土地の割に、やたらと自身の属する土地や風土、組織に愛着を抱いている郷土愛の強さもいやに目についたが、概ね彼らの中核はそこにあると言えよう。
ゆえにそこを突いてヴァールは挑発したのだ。
「統括理事だからって舐めてんな、おい……上等だ、いくら"永遠の探査者少女"だからってこの数で袋にされねえとか思ってんじゃねえぞ」
「大体からして頭に来てたのよ。余所者が偉そうに私らを教育? 改善? ……何様のつもりだっての」
「見た目ガキでも容赦しねえからなぁ。精々統括理事様のお力とやらを見せてみろや、ガキぃ」
「っ…………ヴァールさん!」
「やれやれ。ちょっと言われたくらいでここまでになるとは。本当に短絡的なのはむしろこの地の探査者達のようですなあ」
効果は覿面で、そこまで困惑していた探査者達が一気に殺気立つ。なかには元よりソフィア・チェーホワが気に入らないとここぞとばかりに言い出して武器を持ち出す輩までいる始末だ。
これには慌てて光太郎がヴァールの横に立った。彼自身、今の彼女の言葉には少しばかり腹立たしいものを覚えもしたが、さりとて彼女の身を案じないはずもない。
妹尾も呆れ果てた様子でナックルダスターを装着し、ヴァールと光太郎側につく。そもそも言葉で挑発された程度で怒り狂い、多数でもって一人を囲み甚振ろうという目の前の探査者達にはそれなりに怒りを覚えている。
ヴァール自身のやり方に問題がないとは言わないが……それでも、これはあまりに質が低い。さすがに身をもって理解させるしかないかと、穏健派である彼ですら考え出してしまっていた。
一触即発の空気。模擬戦というにはあまりに殺気が蔓延する模擬戦場のグラウンドの雰囲気。
────しかしてそれを打破したのもやはり、ヴァールだった。冷たく探査者達を一瞥し、こともなげに言ったのだ。
「早瀬も妹尾も下がっていろ。この程度の連中を、一人で叩きのめせないワタシとでも思っているのならば心外だ」
「ヴァール、さん」
「ふむ?」
「今から3つ数えた後、この鎖で諸君らを拘束する。それまでにワタシを倒してみろ、できるものならな───ひとつ」
「なっ……!?」
指折り数えて一つ。それをあと二度繰り返すまでの間に、自分を倒してみせろとさえ言い放つヴァール。
あまりにも余裕そのものな発言。あまりにもこちらを馬鹿にした行為。もはや怒りを通り越して絶句した探査者達が、次いでいよいよ武器をもって戦闘態勢に入る。
もはや相手が統括理事だろうと知ったことか。殴り倒して切り裂いて八つ裂きにしてやる。命だけは取らないが、ソフィア・チェーホワ最強伝説などここで終わりにしてやる──
この場にいる血気盛んな探査者のなかには、そんなことさえ考える者も出てくるほどに。その発言と行為は彼らの逆鱗に触れていた。