「上等だ、こんのクソガキャああああっ!!」
「土下座して謝ってももう遅いわよ、ソフィア・チェーホワァァァ!!」
激昂して斬り掛かってくる探査者達。あまりの怒りに、急ぎ用意されていた模擬戦用の武器を使うことすら忘れている。
完全にモンスターを相手にするのと変わらない勢いで攻撃をしかけていた……本来、WSOが牽引する大ダンジョン時代にあっては決して許されない能力の使い方。言ってしまえば普通に犯罪行為である。
しかし、ヴァールはこの際そこについては目を瞑る。元は自分が挑発してそう仕向けたこともあるのだし、今ここで50人もの探査者を逮捕してしまっては頻発しているスタンピードの相手もままならなくなりかねない。
とはいえ、あまりに分かりやすく挑発に乗ってこうまで容易く越えてはならない一線を越えてしまった彼ら探査者達を、正直なところ残念に思うのも事実だった。
突撃してきた者達が、振るう刃や拳を雑に左手で払いのける。相当な勢いでの斬撃を、打撃を……蝿でも払うかのようにあっさりと、あっけなく。
その勢いで彼らの何人かが吹き飛ばされていくのにも構わず、ヴァールはため息混じりにつぶやいた。
「ここまで倫理面で問題がある輩が多いのは……探査者社会が安定してきた反動、と見るべきか。今後各地にこのような連中が出てこないとも限らん、さらなる道徳教育と法整備を世界的に行うべきだな」
「なっ…………なんだぁ!?」
「い、今なにした!? す、素手で払い除けたのか!? あの攻撃を!?」
「諸君らにとっては攻撃だろうが、ワタシにとっては埃を払う程度のことでしかなかった。わざわざ手で払うのも億劫なのだがな────ふたつ」
「ひっ」
恐怖に息を漏らす。一瞬で、手で払い除ける動作だけで即座に探査者数人を退けた目の前の少女が、途端に有り得べからざる化け物に見えて一同は顔を引き攣らせた。
この時点でもう、勝てないことを悟り冷水を浴びたように意気消沈し絶望している者さえいる。
それらすべて、冷たく睥睨してヴァールはただ、静かに佇む。
カウントはすでに二つ。残る三つめを宣言した後に、彼女は攻撃行動を開始する。
それまでにどうにか、攻撃を通して倒さなければならない!
「ぅ…………! ぅ、うぁぁぁああああっ!!」
「こんの、馬鹿にするなぁぁっ!!」
「せめて一太刀だけでもぉぉぉぉぉぉっ!!」
「勢いだけは大したものだが、全員まるでなっていないのが惜しい。各自それぞれ我流な上に、周囲のことをまったく見ずに動くのだ。このような乱戦となれば、むしろ力を発揮できなくなっているぞ。長野でも思ったが、この地の探査者達の一番の弱点だな。そら、そら、そら」
「うぁああっ!?」
「いぎゃあっ!!」
「こ、こんな! ただ触れることすら! できないなんてぇぇぇっ!!」
怒りや苛立ちも雲散霧消し、残るは決死の覚悟と意地。絶望交じりの破れかぶれで次々に攻撃をしていく探査者達だが、無情なまでにヴァールは淡々と告げて左手一本ではたき落としていく。
この地以外の、一般的な探査者ならばさすがにこの数で来られてはもっとまともに戦闘態勢に入っていた。いかなヴァールとて、複数人の探査者がしっかり連携して来たならばいくらか手傷をも負っていたかもしれない。
しかしことこの中部地方の探査者達に、そのような心配はまったく必要ないのが現状だった。誰一人として協力し合わず、連携も何もなくそれぞれが動きたいようにしか動いていないのだから。
そのようなことだから周囲の探査者同士で邪魔し合い、接触し、互いに足を引っ張るような形になる。烏合の衆という表現がピタリと当てはまるほどに、多数で固まる彼らは崩壊していた。
あっさりと返り討ちに合う探査者達。まぐれにでも一撃だけでもというわずかな願いすら一切通さないその無慈悲なまでの強さに、次第にいくらか、彼ら彼女らの様子が変わってきた。
その顔に、憧憬や尊敬が見えてきたのだ。自分達が束になっても指一本触れることのできない、まさに最強──地元の英雄、権藤武虎さえも凌ぐだろう"永遠の探査者少女"に、立場や思想をも超えた純粋なる敬意を覚え始めていたのだ。
この地の探査者達は、単純だった。
「す、すげえ!」
「こ、これが……これがWSO統括理事ってこと、なの!?」
「俺達の攻撃が、まるで一つも通用しねえなんて。しかも、しかももう指折り数えて三つめだ!!」
「そうだな、みっつ。さて諸君、時間になったので一網打尽と行かせてもらう」
変わっていく空気感。それさえ把握しながら、やはり淡々とみっつめをカウントするヴァール。一通りの探査者達を払い飛ばして、ついに鎖の巻き付いた右腕を彼らに向ける。
この時点ですでに、圧倒していると言ってもいい状況ではあったが……やるからには徹底的にだ。どうあれ実力行使をもってしか従わないような連中ならば、最初にキッチリと力を示しておかなくては今後がやりづらいだろう。
とはいえ、柄にもない挑発を重ねたこと自体にはヴァールも多少、恥じ入るというか忸怩たるものがある。元を糺せばWSOのフォロー不足、教育不足もあるがゆえのこの地の有様なのだろうから。
なので、圧を高めながらも最後に少しだけ、ほんの少しだけ声色を柔らかくして告げる。彼女なりの、心からの詫びであった。
「今さらだが君らを挑発する形になってすまなかったな。だが現実を知ること、そこからがこの地の探査者達のスタートラインだと判断した。それを肝に銘じて、今はただ完全なる敗北を味わうと良い」
「は……はい……!!」
「く、来るのね、今度は攻撃が……!!」
「そうなる。ああ、避けられるものなら避けてくれてもいい。怪我の心配はするなよ、拘束するだけだからな。《鎖法》、鉄鎖乱舞」
現時点ですでに相当、素直な様子になってきた探査者達が身構える。そんな姿にとことん武闘派な連中だと呆れを顕にしつつも、ヴァールは技を発動した。
鉄鎖乱舞。彼女がよく使ういわゆる十八番で、無数の鎖を自在に放ち操るその技は攻撃から牽制、支援、捕縛に至るまで幅広く用途がある。
それをもって今回は50人の探査者、そのすべての両手足と胴体を拘束したのだ。鋭く速く、しかし傷一つつけない繊細な操作──
わずか一秒足らずで、彼女はこうして富山の探査者達を打ち倒してみせたのである。