これはヴァールにも意外なことであったが、やり込められた探査者達は予想以上に従順かつ素直だった。
長野の探査者達も最近ではそれなりに大人しく人の話を聞く傾向にあったが、富山においてはそれ以上……もはや舎弟同然の下にも置かない態度を示してきていたのだ。
「お見逸れしました、統括理事っ!!」
「どうかご指導ご鞭撻ください、チェーホワさんっ!!」
「妹尾教授、モンスターの弱点の見抜き方をぜひにぜひに!!」
「俺達を! 富山の探査者達を、どうかもっと強くしてください!!」
「どういうんだ、こいつら……」
「手のひら返しも大概ですねえ」
模擬戦とさえ呼べない、一方的な制圧劇。挑発を前もってしてからのそれが、ある程度でも彼らの鼻っ柱をへし折ることになるだろうと予想していたヴァールでも、この瞬時の変わりぶりは予想外に過ぎた。
敵意が完全に消え去っている。なんなら、彼らの軸となっていた権藤武虎の影響さえ綺麗さっぱりなくなっているのだ。
これにはさすがのヴァール、妹尾も困惑しきりだ。ただ光太郎と、相田は理解できているのか苦笑しながら模擬戦をしている。
そう、模擬戦だ。ヴァールによる蹂躙劇の後、彼女の教えを受けんと即座に路線転換した探査者達へ……今度は光太郎が、相田相手に模擬戦することでその力を、教育のひとまずの成果として示そうとしているのだ。
そして現状、その趨勢は光太郎に振れていた。
「そらそらそーうらっ!! 《槍術》、飛騨一閃んん!!」
「ぬっ、くっ!? 鋭いったら、二ヶ月前にやりあった時よりずっと!?」
「まだまだぁっ!! 連撃・木曽二段ッ!!」
「しかも新技だわさっ!? ちょっと光太郎くん、一気に強くなりすぎー!」
「これこそソフィアさんと妹尾教授による教えの賜物ですから!! うははははははっ、相田さんを追い込んじゃってるよ僕っ!!」
鋭い槍技の応酬。身の丈ほどの刃引きされた槍を縦横無尽に繰り出す光太郎の猛撃を受け、手にした模擬戦用のナイフでどうにか受け止める相田の悲鳴じみたボヤキがグラウンドに響いた。
光太郎が最後に富山を訪れたのは、ソフィアやヴァール、妹尾と知り合うより一月ほど前のことだ。その時も相田とパーティを組んでダンジョン探査を行い、その後に模擬戦などもしたのであるが、断じてここまでの強さでなかったと相田は確信している。
そう、強すぎる。あまりに成長しすぎている。最後に模擬戦をした際には、むしろ自分のほうが圧倒していたのに。
技のキレ、槍の扱い、身のこなし。そのすべてが以前と比べものにならないことになっている光太郎に、相田は冷や汗をかかずにはいられなかった。
名前 相田ひとみ レベル118
称号 暗殺者
スキル
名称 暗殺術
名称 格闘術
名称 気配感知
名称 気配遮断
称号 暗殺者
効果 敵の死角への攻撃成功時、威力に補正
スキル
名称 暗殺術
効果 敵の死角への攻撃に関する技術の習熟度に補正
──これが現在の相田のステータスだ。今も装備し振り回しているナイフを駆使して、敵の死角から攻撃を仕掛ける典型的な暗殺者スタイルを得意とする彼女。
それゆえ真正面からの戦闘を余儀なくされる模擬戦はむしろ不得意としているのだが、それでも光太郎相手にここまで押されるなどかつてはないことだったのだ。
「冗談じゃないってばさ……! 《格闘術》、これまで使わざるを得ないなんて、ねぇっ!!」
「! 危なっ!? ナイフを捨てての蹴り、いきなり!?」
「暗殺術が通じない場合にしか使わない空手殺法なのよさ! まさか光太郎くんに使わされるなんて、思いもよらなかったけど!!」
「今度は正拳突き!? なんの、むしろ真正面からなら望むところぉっ!!」
十八番のスタイルが通用しない場合に備えたサブスタイル。《格闘術》の効果である格闘技術習熟速度アップを利用して手早く身に着けた空手殺法を駆使して、光太郎に鋭い蹴りと正拳を繰り出す相田。それに驚きつつも光太郎は、しかし真っ向勝負とばかりに一歩踏み出した。
レベルこそ相田と光太郎で倍以上の差がある。しかしそもそも素の身体能力の段階でやはり光太郎のほうが大きく勝るため、レベルによる補正を加えても彼のほうが身体能力の面で有利だ。
ましてやこの一ヶ月で身につけた技術、戦闘面での思想、思考──ヴァールと妹尾仕込みの探査者スタイルは、彼に己の肉体をよりよく利用できる技量まで身につけさせつつあるのだ。
ならば、多少不意を突かれたとて当たり負けなどするものか、と。光太郎は勢い込んで、なおも槍を振り回すのだった。
「負けるわけにいかないっ!! 僕が負けたら、ヴァールさんと妹尾教授の教えが広まらなくなるっ!!」
「だからって私も下がれないってば!! 二ヶ月前まで勝ち越してたような坊や相手に、師匠がついたからってあっさり上回られちゃ立つ瀬がないのよさぁっ!!」
「いや、別に師匠になった覚えもないのだが……ごく普通の、一般的な探査者の姿勢を教えているだけで」
「他所だと基礎の部分ですが、それさえこの地では特別な教え扱いされてしまっているのですねえ。つくづく、特殊な土地柄ですよ」
お互い気炎を吐いてぶつかり合う探査者達を、見ながらヴァールと妹尾がどこか戸惑いがちにつぶやく。
これまで光太郎はじめこの地の探査者達に指導してきた内容は、概ね他の地域ではごく一般的な考え方や訓練法などでしかない。
ところがそれが、新鮮に感じられるほどに独自路線を突き進んでいるのが中部地方なのだ……
やはり長野や富山を皮切りに、中部地方全体にこうした状況を改善していかねばならないと、二人は強く思うのだった。