長野と富山を行き来し、それぞれの土地の探査者達を鍛えつつもスタンピード事件の捜査をも並行して行う。そんな生活が始まって二ヶ月半が経とうとしている。
1960年9月末。季節はすっかり秋の様相を呈するなかで、早瀬光太郎は学業を終えて住まいの長屋にて、隣家に住む朝倉鶴太郎、亀代老夫婦とともに夕飯を食べていた。
夫妻の厚意によるもので、基本的に朝晩の食事は彼らとともに食べるのが光太郎の常だ。
生まれながらにして親がなく、孤児院にて育つも探査者になったのを皮切りに独立して一人暮らしをはじめた彼としては、鶴太郎や亀代とのこうした親身な触れ合いは何よりもありがたく温かい。
まして今日はスペシャルゲストも呼んでのちょっとした宴なのだ、光太郎はいつにもまして元気に、そして笑顔で夕飯を迎えていた。
招いた客人──WSO統括理事ソフィア・チェーホワとモンスター学教授、妹尾万三郎。そして富山の友人である相田ひとみを前に、明るく話しかける。
「いやあソフィアさん、教授! 今日はお越しいただきありがとうございます! ……すみません、正直あまり立派な住まいではないでしょう? その分、今日は奮発して桶のお寿司と洒落込んでますのでさあさあ、どうぞどうぞ!!」
「ありがとう、光太郎くん。こうしたスタイルのお家は日本特有と言いますか、あまり他国では見かけない集合住宅の風情ですが……私の目には、立派に人の営みを支える家屋に見えていますよ」
「そうだよ光太郎くん。なんなら私だって学生の頃はこんな感じの家で、隣人達と賑やかに過ごしたものだよ。やあ、思い返すとなんだかなつかしいなあ」
「うははは! いやあ、いつも孤児院への仕送りばかりしてますから、たまにはこうして自分のことに使わないといけませんもんね、お金ってのも! 今日はパーッと食べちゃいましょう!」
畳の上に卓袱台一つ。近場の寿司屋で買い込んだ寿司桶。光太郎が探査者としての稼ぎをもって奮発し、客人を持て成すべく用意した晩餐だ。
それを5人で囲む風景。ソフィアは日本独特の景色の物珍しさに興味津々で、妹尾は若い時分を思い返してしみじみしている。
そして光太郎は、自身が普段探査者として稼いでいる金のあくらかをプライベートで使うことができ、たまの贅沢であると称して爽やかに笑っていた。
通常、探査者は儲かる職業だ。ダンジョン探査においてダンジョンの最奥から持ち帰るダンジョンコアは全探組にて高値で引き取られるし、倒したモンスターが時折ドロップする素材は希少性もあってさらに高額で取引されるからだ。
ゆえに光太郎とて、15歳ながらやろうと思えば豪邸に住み、贅沢な暮らしをできなくはないのだが……それをしないわけがあった。
彼が育った孤児院への支援である。
今や独立したとてその孤児院は光太郎が育った場所で、育ててくれた人達がいる場所で、ともに育った家族のような友達がいるという大恩ある施設なのだ。
今もそこには多くの孤児達がおり、またその面倒を見ている職員達もいる。彼らに少しでも楽をさせてやりたいという思いから、なかば恩返しのつもりで光太郎は資金援助をしているのである。
そうした事情はソフィア、ヴァールや妹尾も知るところで、改めてその心持ちの立派さに感心している。
若くして探査者として身を立て、向上心をもって高みを目指しつつも義理人情に厚い心優しき快男児……早瀬光太郎とは、すでに大人物の風格をも備える若者でもあるのだった。
「朝倉の御夫妻様も、突然のお邪魔立てをしてしまい申しわけありません。改めましてWSO統括理事ソフィア・チェーホワです。こちらの早瀬光太郎くんと相田ひとみさんには、この地にてお世話になっております」
「モンスター学を修めております、妹尾万三郎と申します。今回はソフィアさんの仲間としてこの地を訪れ、合縁奇縁から光太郎くんとともにスタンピードを鎮圧すべく働いております。なにとぞ、お見知り置きをば」
「やあ、やあ……いやはや、こりゃおったまげたぁ。儂でも知っとるぞ光坊、ソフィア・チェーホワ統括理事ったらおめぇ、世界一の方じゃないかい」
「それに教授先生だなんて! ……むしろこっちのが申しわけない話で……私らみたいな年寄りが、こんな偉い方々の前で、こんな地元の寿司しか用意できずで」
「そんなことはありません。どうか気を楽になさってくださいませ。このような素敵な宴席を設けていただき、本当に心から、嬉しく思っているのですよ」
ソフィアと妹尾の挨拶に、朝倉夫妻はひどく緊張した様子で恐縮しきっていた。あらかじめ話は聞いていて、覚悟もしていたものの……実際に見ると、その威厳や風格に気圧されていたのだ。
紛うことなく"永遠の探査者少女"だ。25年前から一つも姿を変えることなくあり続け、世界を牽引し続ける頂点のその名と姿は、朝倉夫妻にとってもあまりに大物すぎる。
そんな人物達と縁を結んだ光太郎さえ、もしかしたら自分達とは住む世界が違うようなとてつもない大器の持ち主なのではないか。とさえ考えてしまうほどの大人物。
目の当たりにして萎縮してしまった老夫婦に、しかしソフィアは静かに、慈愛と優しさをもって微笑みかけた。