(とはいえ……せっかくのお料理ながら、私は肉や魚の類が無理なのよねえ……)
開かれた宴席。早瀬光太郎に招かれて訪れた朝倉夫妻との寿司パーティーにおいて、ソフィアは内心にて独り言ちた。
卓袱台の真ん中に置かれた寿司桶、そこに彩り豊かに並べられた多種多様な寿司を見ての所感である。
ソフィア自身、こうした席は嫌いではない。そもそも光太郎の厚意からの招待であるのだし、朝倉鶴太郎、亀代夫婦の気遣いもありがたく頂戴している。
本人が言ったように、この長屋や桶寿司の品格などまったく気にしていないのだ。むしろ政治家や資産家、上流階級が集まる高級ホテルでの会食などよりよほど温かみがある。
正直なところ、こうした場所で膝を突き合わせているほうが彼女の性には合っていた。
しかし。しかしである。どうしたところで食事の好き嫌いだけは如何ともしがたい。
ソフィアは菜食主義……を、標榜しているわけではないが肉や魚などの生類が苦手だ。肉体的な原因よりは精神的な原因から来る忌避感なのだが、ともかく趣味嗜好としては菜食を好んでいる。
そんな彼女からしてみれば生魚の刺身が酢飯に乗っている寿司というのは、話に聞いていたもののなかなかインパクトのある料理であり、正直口にするのは躊躇われるものだった。
「まあ、最初からこのつもりで話は通していましたから平気ですけれど、ね。うふふ」
「ソフィアさん?」
「いえいえ。それでは頂きますわね、ふふ────ん、ええ。いただきます、うふふ」
「ん……」
光太郎や老夫婦の厚意は本当にありがたい。さりとて寿司を、魚を食することには精神由来の忌避感がある。
どうしたものか、というところでしかしソフィアはこうした場面にも当然慣れていた。会食などでも肉や魚は出るのだ、何度となくこのような事態にも遭遇している。
ゆえに、訝しむ光太郎に微笑みかけつつも──彼女は一瞬だけ目を瞑り、そして切り替わっていた。
ソフィアとしての態度言動はそのままにして、裏人格たるヴァールへと切り替わっていたのだ。
実のところ前もって、メモを通じて段取りはつけていた。ヴァールが次に意識を表層に表す際には、必ずソフィアのフリをして食事を楽しむように、と。
この切り替わりに気付けるのは妹尾くらいのものだろう。実際、彼は即座にソフィアからヴァールへの人格遷移を見抜いて軽く声を漏らしていた。
さりとて表に出すことなく、むしろフォローするように光太郎や朝倉夫妻へと呼びかける。
「さてさて、せっかくの馳走ですからとにかくもいただきましょう。ささ、鶴太郎さんに亀代さん、こちらに酒を持参いたしましたのでお注ぎいたしましょう」
「おお、こりゃすまんこってす! いやはや、教授先生に酌される日が来るなんて長生きはしてみるもんですなあ」
「私もあまり飲まないほうだけど、今日はちょっと舐めるくらいでもいただこうかしらねえ。統括理事さんもいかがです? お酒、教授先生が持ってきてくださった上等品みたいですけど飲まれますかえ?」
「ん……ええ、いただきます。見かけはこんなでも付き合いもあって、多少は嗜んでおりますよワタシも。うふふ」
妹尾が勧めるのは、せっかくの光太郎からの招待ならばと持参した日本酒だ。無論、光太郎に飲ませるわけでなく自分達と朝倉夫妻に向けてのものである。
妹尾も人並みには呑む。盟友レベッカ・ウェインと比べれば雀の涙程度だが、そこはあの女傑が飲み過ぎな節もあり世間的には酒飲みに分類される手合いだろう。
一献コップに注がれて鶴太郎も亀代も、恐縮しつつも嬉しげにしている。
次いでソフィア、否ヴァールのコップにも注がれる酒。光太郎は未成年ということもありオレンジジュースの入ったコップだ。
ヴァールもある程度、酒の味を覚えている。こちらは趣味嗜好というよりは政治家としての側面から、付き合い程度のことなのだが……
最近は私生活でもたまに、月一回程度は水で薄めたものを呑むようになってきているくらいには、酒が気になってきているのも事実だった。
「それでは、改めましていただきます……この地の探査者達に、早瀬光太郎くんとの出会いに、そして朝倉夫妻のご厚意に乾杯」
「乾杯! うははは、僕はお酒飲めないからオレンジジュースなんて飲んじゃいますよ!」
「乾杯! ありがたやありがたや、都会の息子夫婦にも自慢話ができるわい」
「そうねえ、乾杯」
コップを軽く掲げ、ヴァールの音頭にみなが応える。そうして酒なりジュースなりを呑んで、それから寿司にありつくのだ。
近所の寿司屋で一番質の高い桶寿司、卓袱台に一つとその脇におかわり用にもう二つほどある。戦うことが仕事の探査者は基本的に健啖で、とりわけ成長期の光太郎はよく食べるためだ。
日本人の妹尾はともかく、ヴァールからすれば日本酒も寿司も初めて食する独特なものなのだが……特に味覚面でのこだわりや好き嫌いのない質ゆえ、こういうものかと舌鼓を打つ。
悪くない味わいだ。酢飯と刺身の取り合わせはまろやかな旨味が舌でとろけるようだし、日本酒の辛みと甘みも寿司によく合う。
光太郎や朝倉夫妻も、せっかくのご馳走なのでしっかり食べ始めている。妹尾も、酒を飲みつつ寿司を楽しんでいる様子だ。
総じて暖かな風景。異色の組み合わせながら、そこにはたしかにリラックスした楽しい食卓の光景が広がっていた。