権藤財閥の中枢ともいえる、権藤探査工業株式会社の本社は長野市内にある。全探組施設からはそれなりに離れた近郊のほうで、巨大な敷地に天高く聳えるビルがそれだ。
最上階、実に38階。その最奥にある会長室にて、権藤財閥会長・権藤平之助は黒電話による通話をしていた。
「──うむ、そうじゃ。チェーホワめは一週間後に岐阜へと向かうゆえ、合流するよう提案しておいた。まずは岐阜市全探組に向かうと聞いておるから、歓待の準備はしておけよ」
電話の相手に向け、指示を発する。近日中に岐阜へと向かうソフィア・チェーホワ一行と合流することになった旨を連絡し、その地点と日時について話している。
なんでもないような顔をしているがこの老人は、実のところ内心ではそれなりに危機感を抱いていた。予想以上に"敵"の……ソフィア達の動きと手際が良すぎたのだ。
彼の考えでは現時点でもまだ、ソフィア一行は富山はおろか長野の探査者達を相手取って苦労しているべき段階だったのだ。
息子の武虎が、この地の探査者界隈に与えた悪影響は計り知れない。場合によってはさしもの統括理事とて匙を投げるかもしれないとさえ思えるほどに、平之助から見ても劣悪な連中という認識だったのだ。
それが蓋を開けてみればわずか四ヶ月。たったそれだけの期間のうちに、ソフィアは長野ばかりか富山の探査者達まで平伏させてみせた。
あのたおやかな微笑みと振る舞いからはまるで想像もつかないような手練手管で、現地の荒くれどもをまとめて屈服させてしまったのだ。そしてその上で探査者としての正規の教育を受けさせており、あまつさえすでに一定以上の成果を挙げつつあるという。
「それにしても一筋縄ではいかぬな……決して侮っていたわけではないが、それでもよもやあの野蛮な猿どもをああも容易に手懐けるなどと。どうやったのか儂には見当もつかん。良いか、お主の目と耳でそのあたりも確認しておけよ。ソフィア・チェーホワのやり口、それを把握しないでは挙兵の時勢さえ掴めぬでな」
思わず愚痴めいた物言いになってしまうのを押さえられない。平之助はソフィアの手腕に素直な敬意と疑問符を抱いていた。
WSO統括理事は現状、あまりに謎に包まれすぎている。敵の情報を少しも把握できていない以上、こちらがどう動いたとて思わぬ手札を切られてあっさり逆転されてしまいかねない恐ろしさがある。
だからこそのこの指示だった……ソフィアに対し、息子の武虎と合流するよう差し向けたのは、決して事件を解決させるためのものではない。むしろ逆だ。
"これから本格的に起こす"自分達の行動に向けて、少しでもソフィアの情報を手にしておきたい。それゆえにあえて武虎を差し向けたのだった。
リスクを覚悟しての、投入である。
「武虎だけでなく華をも差し向ける……! これでさらなる撹乱はできよう。何しろ我らが"至宝"が本領を発揮すれば、誰もその真実に気づくこともできぬままに混乱は加速しようでなあ。ああ、付き人だかいう鮫島なる小僧は適当に早瀬の小童あたりにでもぶつけておけ。素知らぬ顔で敵意を煽っておけば下らぬ若造どもよ、潰しあいを始めるやもしれん」
邪悪に顔を歪ませての平之助。ソフィア達に見せていた好々爺としてでない、今回の騒動の主犯……人為スタンピード発生の首謀者としての悪意に満ちた笑みが浮かんでいる。
武虎だけではない。あるいは息子以上に重要な存在である孫娘、権藤華さえソフィアに合流させる。自分達が糸引く陰謀の全貌を考えればあまりにもリスクの高い投入だが、さりとて平之助はだからこそやる価値があると考えている。
万一にでも平之助の秘密、権藤財閥が手にした"至宝"の正体を見抜かれてしまえばすべてが御破算となるだろう。だが気づかれなければそれは、さらなる混沌の呼び水として機能しかつ、平之助がすべての準備を整えるまでの時間稼ぎにもなる。
ならばこれにこそすべてを賭けよう。老翁は一代にて大財閥を築いた男ゆえの、ある種破滅的とすら言える勝負師気質を剥き出しにしていた。
「挙兵は近い……!! 儂は儂でWSOのエージェントやら、最近周囲を嗅ぎ回っとるよく分からん小娘やらの相手をしておく。チェーホワの足止めと調査をくれぐれも抜かりなく、な」
高揚する心のままに指示を出し、そして黒電話に受話器を戻す。ふうと一息吐いて、平之助はビルの外から町並みを見下ろした。
下らない光景だ。大ダンジョン時代などという、わけの分からない異常な力を持った連中が幅を利かせる異常な時代。何もかもが狂いきった、おぞましい世界。
元々軍事関連財閥の名士として活動していた平之助だが、大ダンジョン時代の到来以後は変わり果てた世界にずいぶんと苦しめられてきた。
近代兵器の通じないモンスター、軍事力をも超えるスーパーパワーを気軽に手にし行使する能力者に探査者。そして何より……この世界から戦争そのものを消し去ってしまったWSO、ソフィア・チェーホワ。
今でこそ探査素材関連産業で財閥を持ち直せたが、能力者大戦以後しばらくは財閥そのものの行く末が危うかった。そこまで含め、平之助の怨み憎しみは深い。
半生かけて築き上げた我が財閥を脅かす、最大にして最悪の敵。彼にとってソフィアこそ、モンスターをも超えるモンスターだった。
「ゆえにチェーホワよ、儂は貴様と貴様の生み出したこの時代を決して赦さぬ……! 権藤財閥を揺らがせる者、何人たりとて生きることを許さぬ!!」
怒りのままに猛る。もうじき本当の戦いが幕を開ける……世界を相手取った権藤平之助、人生最後にして最大の戦いだ。
負けるものか、許すものか。どこまでも野心の赴くままに、邪魔立てするすべてを踏みにじってここまで来た怪物は、そうして大ダンジョン時代への憎しみを徐々に世界へと発露させようとしていたのであった。