ソフィア、ヴァール一行が岐阜へと向かわんとするのと時を同じくして────
長野県と山梨県の県境付近にて、人知れずモンスターと戦う影が一つ、あった。
「さあ! 犯した罪に、等しき罰を!!」
「グルルルギャアアッ!?」
「エネルギーブレード……! 伸びて、引き裂いてっ!!」
「ぴぎぎゃああああっ!?」
蒼のロングヘアを靡かせた白シャツにロングスカート、ブーツを身に纏った可憐な出で立ち。
見れば誰もが美しいと称賛するだろうその顔立ちは、とてもでないが戦う人とは思えないほどに涼やかだ。
しかして彼女の戦いぶりはまさしく天賦の領域にあると言えるだろう。
スキル《念動力》にて強化し、ナイフを媒介にして発現させたエネルギーブレードにてまとめてモンスターを薙ぎ倒す姿は、さながら神話の戦乙女をも思わせる敢闘ぶりであった。
少女、エリス・モリガナ。
第二次モンスターハザードにおける知られざる英雄である彼女は、新たな騒動が勃発せんとする今この土地にも現れ、やはり誰も知ることのないところで孤独にスタンピードを鎮圧し、人々を陰ながら護り抜いていた。
無事に中部地方へと辿り着けたのだ……そして愛知県を中心に石川県、新潟県、福井県、山梨県などを転々として各地の探査者では対処しきれないスタンピードを処理している。
「これで全部、かな。ふう、今回も討ち漏らしはなさそうでよかったけれど、さすがに山奥は怖いわね、いろいろ」
独り言つ。今彼女がいるのは山奥の廃村のはずれ。
ダンジョンからモンスターが溢れ出て屯しているのを突き止めた彼女が、単独で突入してそのままスタンピードを終わらせたのだ。
こんなことをこの数ヶ月、ひたすらにエリスは繰り返していた。影に潜み事件についての調査を進め、スタンピードがあればこれを鎮圧し、少しずつでも事件を引き起こしている黒幕に辿り着くべく奮闘している。
さらに言えば、すでに彼女は真相の片鱗にわずかながらでも触れ始めていた。WSOが未だ影すら踏めていない黒幕の輪郭に、微かにでも気づき始めていたのだ。
当然のことだった──スタンピードの際に何度となく刺客を差し向けられていては嫌でも気がつく。
「大した腕前だな……並大抵の探査者ではないと見るが。差し向けた能力者達が軒並み返り討ちにあったのもうなずける」
「けれど殺すまではいかないあたり、やっぱり探査者らしい甘ったれぶりね? これまでの雑魚と私らを一緒にしないほうがいいわよ小娘、私達は"本物"だから」
「趣味嗜好としてでない、職業としての暗殺者。まあ、裏社会でしか生きられない闇の世界の住人だよ。君のような麗しい少女にしては、さすがに深みにハマりすぎたね?」
そう、それは今も同じだ。ダンジョンからモンスターの群れを引き寄せた能力者複数人が、エリスの前に姿を現す。
男が二人、女が一人。いずれも放つ雰囲気は殺気がつきまとう、黒いスーツの三人組だ。
そして口々に勝手なことを言い始める。ここに至るまでに何度か襲われ、その度に倒して警察に引き渡した能力者達と同じ手合いか。口振りからするに、ずいぶん業の深い生き方をしている者達のようだが……
おそらくはこの者達がスタンピードを。静かに、しかし怒りの眼差しでエリスは呼びかけた。
「今回もまた、お客様がお越しですか。よほど私の存在、行動があなた方のスポンサーにとって都合が悪いようですね。黒幕に近づけているようで何よりです」
「よく口が回るな、小娘……ずいぶん勘も腕も良いようだが、それもここで終わりだ。我らが雇い主は貴様の行いにずいぶんお怒りだ、確実に殺すように言われている。逃げ場はないと心得よ」
「見た感じ外国人みたいだけど、WSOのエージェントかしら? 仕事熱心なのは良いけど調子に乗りすぎたわね」
「君ほどに美しいレディをこの手で葬らねばならないのは悲劇だ。しかしそうせざるを得ないほどに、君は一線を越えてしまったのだ。自業自得だよ、ああ、哀しいかな」
三人組がそれぞれ好き放題に言いながらも武器を、ナイフや槍、あるいは銃を構えるのを冷静にエリスは眺めていた。
考えるのは目の前の敵の脅威ではない。今回の騒動の黒幕の意図だ。エリスにこうも刺客を差し向けているあたり、どうやら自分のこれまでの動きと調査結果は的外れなものではないらしい。
むしろドンピシャか。
ならば。今この段階ならば、こちらで集めた情報をWSOに流しても問題はないだろう。ある程度の確証も得られているのだ、きっとソフィアやヴァールの役に立つ。
数ヶ月に亘る孤独な戦いはすべてそのためにあった。この地で奮闘を続ける彼女とその仲間達のため、陰ながらでもできる限りの支援を行う。彼女達では対応しきれない部分にまでフォローし、少しでも事態解決に向けて寄与する。
それこそがこの地における自身の役目だと、エリス自身が定めたがゆえに。
「うふ、ふふふ。あはは、あははは」
「何がおかしい」
「いえ、失礼しました。こんな私でもまだ、恩人の役に立てるのだと思うと嬉しくなってしまって。ふふ────《念動力》」
「っがぁっ────!?」
「な、何が!?」
「こ、れは……なんとも、はや」
込み上げてくる歓喜に笑い、エリスはスキルを使用した。《念動力》、エネルギーブレードでなく本来の使い方、物体の操作と制御能力だ。
それをもって三人まとめて動きを止める。手足を拘束し、身体を縛りつけ、あまつさえ頸動脈を締め上げて一瞬のうちに気絶させたのだ。
三年に及ぶ放浪の旅のなか、モンスターのみならず人々を襲う悪漢を、裏社会の犯罪者達をも相手取ってきたなかで培った対人戦術。
第二次モンスターハザードの時点でも人間相手こそが本領だったエリスだが、今に至ってはさらに磨きがかかっていた。
「あなた方の相手などしてやりません。我欲で好き放題に人を傷つけるような輩の相手をまともにするなんて、第二次の時に懲り懲りになりましたので」
そうして何一つの行動を許さず、刺客を瞬時に気絶させた彼女は……笑みを収めて冷めた視線でつぶやき、信念と正義の眼差しで秋晴れの空を見た。
見えてきた黒幕、組織の名をつぶやく。
「権藤財閥。裏で糸引く黒幕はそこに関連しているのはもう、ほとんど確定したわね。どこかのタイミングでソフィアさんやヴァールさんに伝えなきゃ……そして一刻も早く、この地をスタンピードから解放しないと」
刺客三人を拘束したまま歩き出すエリス。向かうは最寄りの交番だ。
かくして誰にも知られぬまま、かつての英雄は着実に真実へ到達しようとしていた。