ヴァールのスキル《空間転移》が発動し、長野市全探組施設の会議室のなかに人間大の大きさのワームホールが生成された。
つなげた先は当然、岐阜市の全探組施設だ……同じく会議室、見える向こうの風景には、すでに何人か人影が見えている。
前もって連絡していたとおりだ。彼女はそのまま光太郎らへと促す。
「さあ、このワームホールを潜ればそこは岐阜市全探組だ。すでに先方には件の英雄……権藤武虎氏ならびに娘の華、付き人とやらの鮫島両名がともにいる。先に行ってくれ」
「さ……先にと言われましても。さすがに躊躇するわさ、光太郎くんお先にどうぞよさ」
「僕が矢面!? いやまあそう言うなら行きますが! うははははは、一番乗りだーい!」
「空間転移一つとってもここまではしゃげる、光太郎くんは無邪気と言うか大らかだねえ」
唐突に開いた、遠方とをつなげる空間の穴に慄く相田。富山からこちらに来る際にも目を白黒させつつ潜ったワームホールだが、二度目であっても慣れないものは慣れない。
その点、さすがに半年近くもヴァールと行動をともにした光太郎に動揺はない。ただ、穴の向こうの岐阜市全探組に見える人影が、自分も憧れる地元の英雄たる権藤武虎だということへの緊張は当然あった。
人によっては萎縮してしまいかねないところだ。けれど光太郎は持ち前の大器でもってそれを豪快に受け止め、爽やかに笑って一歩踏み出した。相田のリクエストどおり、先陣切ってワームホールを潜るのだ。
地元の英雄何するものぞ。憧れだからと尻込みしていてはいつまで経っても追いつけない、追い越せない。そう、若き熱血の心が叫ぶがゆえの勢い任せの姿勢である。
それを感心とともに妹尾が称するなか、光太郎はそうしていの一番に岐阜へと瞬間移動した。潜る穴、変わる風景。長野から岐阜へ、流れる空気の質さえ変わる独特な感覚。
直感的に、移動したのだなと分かる感覚だ──そしてその先に辿り着いた、光太郎は彼女と出会った。
「あ────」
「お父様。こちらの方が噂の早瀬さん、なのでしょうか?」
「……うむ。チェーホワ統括理事の下で修行し、今この地方でもっとも実力を伸ばしているとされる若き探査者。早瀬光太郎が彼だな」
「こいつが? ……なんだか図体だけは立派ですが、中身はどうなんだか」
黒髪を長く伸ばした、前髪を眉あたりで切り揃えた少女。着物姿も相まってまるで物語の姫かのような印象を与える楚々とした出で立ち、端正な顔立ち。
父、と隣の偉丈夫を呼んだあたりおそらく彼女が。そしてその男こそが。即座に察するも光太郎は、一目見た時点でその少女から目が離せなくなっていた。
これまでにない感情だった。どんな探査者を、いやどんな人間を前にしたとて、これほどまでに惹きつけられることはなかった。
この場においてもっとも注目すべきはむしろ隣の男だと理性では理解していてなお、それでも少女を視界の中心に捉えずにはいられない。
震える声で、小さくつぶやく。
「可憐だ……なんて綺麗な人だろう。まるで月光みたいに、キラキラ輝いて」
「え……あ、え。あの?」
「む」
「なんだ、こいつ……いきなり姫様に向かって馴れ馴れしい!」
率直な感想。まるで煌めく月の光を思わせる少女に、心からの感動を口走る。これもまた、少年が生きてきた15年間のなかでも初めてのことだった。
──それを耳にして、少女の頬が朱に染まった。隣の男は意外そうに目を丸くし、さらにその隣にいる少年は犬歯を剥き出しに吠え、少女の前に護衛のように立つ。
しまった、と光太郎はそこでようやく正気に戻った。
突然の感情に完全に振り回されてしまった自覚を持ち、慌てて頭を下げる。
「あ……! し、失礼しました、すみません!! 何を急に、とんでもないことを言っちまって僕ってやつぁ素直な口がつい本音を!!」
「い、いえ。その、あ、ありがとうございます……? えへ、えへへ」
「むう」
「姫様! こんな下劣なやつに答えちゃいけません! こいつが早瀬光太郎だとすれば、とんでもない無礼者です! 本来ならば話すことはおろか目にすることも許されないほどの天上の姫たる方に、あろうことか下賤の者が舐めた口を!!」
「そ、そんな言いかたは酷いです、鮫島さん……!」
急に言われて少女のほうも、動揺しつつも満更でもない様子で微笑みかける。その笑顔がまたなんとも言えず愛らしく、光太郎はついつい目を奪われてしまう。
そんな二人の間に挟まる少年が、いよいよ我慢ならぬと叫んだ。あからさまに光太郎を見下し蔑む視線と言葉に、隣の男が微かに顔をしかめるのが光太郎には見えた。
と、そんななかで次々とワームホールから探査者達がやって来る。妹尾、相田、そして最後にヴァールだ。
三人とも先に突入した光太郎の突然の言葉には面食らったようで、とりわけ妹尾などは明確に楽しそうにしている。培ってきた人生経験が、面白い成り行きになってきたのを悟ったのだ。
「いやはや、のっけから面白いことをするねえ光太郎くん! 良いね、そういう青春は私としては好きだよ君」
「なんだってのよさ? 光太郎くん、あんたいつからそんな軟派男になったわけ? ……まあ、気持ちは分かるくらいみごとにお姫様だけどもさ」
「どういうんだ、いきなり……しかし早瀬の言動が礼を欠いたものであることはたしかですが、それにしてもそちらの少年の物言いも大概ではあります──権藤武虎氏とその娘の華、および付き人の鮫島弥助ですね?」
それぞれ光太郎に声をかけつつ、岐阜の三人と相対する。なかでもやはり、ヴァールがソフィアの真似をしつつ声をかけたのは偉丈夫の男だった。
権藤武虎。この日本国でも中部地方の探査者界隈における英雄たる男が、厳しい表情ながらまっすぐにヴァールを見返していた。