「ソフィア・チェーホワ統括理事とお見受けする。お初にお目にかかる、私こそ権藤武虎だ。こちらは娘の華、そこの男は付き人の鮫島という」
「……いかにもワタシがソフィア・チェーホワです。そしてこちらが妹尾に相田、そして早瀬光太郎になります」
ついにまみえた世界の英雄と地元の英雄。ソフィア・チェーホワと権藤武虎。厳密に言えばソフィアのほうは裏人格たるヴァールだが、今は表のほうのフリをして話している。
二重人格について話すか否か、あるいはヴァールの素の口調で接するかどうかはこれからのやり取り次第となるだろう。
しかして今はそれよりも、一触即発めいた空気になっていた光太郎と付き人の少年、鮫島弥助だ。
ひとまず妹尾が光太郎を下がらせると、それを見た武虎が穏やかな声色でヴァールへと告げた。
「まずはそちらの早瀬光太郎少年についてだ。正直なところいきなりの言葉に驚かされたが、個人的には特に気にすることでもないと言っておきたい。華、そちらはどうだ?」
「もちろん気にしていないです……むしろその、可憐だなんて言われて、光栄と言いますか……」
「とのことだ。当の本人も気にしていない以上、光太郎少年が謝る必要はどこにもないだろう。娘を褒めてくれたこと、一人の父親として感謝する」
「…………ふむ?」
月光に照らされる花を思わせる姫君──権藤華を見やりそう告げる偉丈夫、権藤武虎と相対してヴァールはやや意外な心地で父娘を見た。
存外、話の分かりそうな質だ。中部地方全域の探査者達をどうにも世話の焼ける問題児達に仕立ててみせたのだから、こちらもどうせ大概な輩なのだろうなと半ば思っていた彼女からすれば、これは嬉しい誤算でもある。
娘の華も、見てみれば光太郎の言い分も分かる程度には可憐で儚げな美しい少女だ。
それとは対照的に巌のような面構えに鍛え抜かれた肉体が山脈を思わせる大男、それでいてこの場の誰よりも背が高いのだから、見た目からしてかなりの威圧感がある。
父娘の前に立ち、未だ光太郎を睨みつける少年、鮫島弥助もまた個性的な出で立ちだ。年に似つかわしくないスーツに身を包み、散切り頭に品良く帽子を被る姿は両家の子息にも見える。
しかしてその口振りは辛辣を通り越して誹謗中傷的だ。光太郎を下賤と呼んで憚らない姿に一同が厳しい表情を浮かべるなか、彼を付き人としている武虎が静かに、重く言い放った。
「そして鮫島少年……何様のつもりだ? 弁えるのはむしろ君のほうだろう」
「た、武虎様!? 何を仰るのです、僕は姫君を悪漢から護ろうと」
「光太郎少年のどこが悪漢だ。むしろ良い面構えと覇気のある、気持ちの良い男ではないか。華の騎士気取りで差し出口を挟み、あまつさえ人を人とも思わぬ罵詈雑言を投げかける君のほうがよほど悪漢に見えるぞ。顧みよ」
「う、ぐ……っ!?」
「さ、鮫島さん……」
まさかの苦言、あるいは説教。武虎からして鮫島の言動を叱りつける言葉があったことに、誰よりも光太郎が驚いていた。
彼自身、つい口走ってしまった賛辞とはいえいらない言葉によって、場の空気をいきなり悪くしてしまったことに罪悪感を抱いてはいたのだ。
なので最悪、土下座して以後の同行を自粛することでせめて自分だけの責任としようとすら覚悟していたのだが……武虎はそんな光太郎をむしろ気に入った節さえあるらしい。
15歳にしては立派な体格と風貌の彼を見、深くうなずく。
「この地に来たばかりのチェーホワ統括理事に弟子入りし、ものの数ヶ月で頭角を現しつつある若武者。評判には聞いていたが実物は聞きしに勝る快男児ではないか。青くも果てしない眼差し、まっすぐな言葉。そして立ち居振る舞いからも分かる実力」
「な、なんかベタ褒めなのよさ」
「何より娘を即座に褒めたところが素晴らしい。そうなのだ、華は可憐なのだ。誰もがその美に気後れし、遠巻きに眺めるか下らぬやっかみをするか、はたまた鮫島少年のように頼んでもいない騎士気取りになるかのどれかのなかで……ううむ。かくも直球で口説きにかかるとは天晴な心持ち。そうとも、好いた者がいるのならば遮二無二当たって砕けてこそなのだ。私も妻には何度となく言い寄っては素気なくされ、それでも挫けなかったものよ」
「なんか惚気話が始まったねえ」
初対面のはずの光太郎を、異様なまでに褒め称える武虎。むっつりした表情からはその内心を読み取りづらいが、声色は真剣味を帯びており本音なのではないかとこの場にいる誰しもに思わせるものだ。
それと比例するように、隣の華の顔が赤く染まり、光太郎をチラチラと見てくるのも何やら妙な光景だとヴァールには思えた。
元より彼女には色恋沙汰の機微など興味関心がなく知識も感じ入るところもないゆえ、なんだこれはという感想しか出てこない。
鮫島はともかく武虎と華が光太郎に好感触を抱いているらしいことは今後を考えればやりやすくあるため都合が良いと捉えたが、逆に言えばそのくらいだ。
親子揃って光太郎を見つめる傍らで、やはり面白がる妹尾や相田に小声で話しかける。
「…………これは、どうしたものでしょう? ワタシとしては問題にならなさそうならば、早く本題に入りたいのですが」
「あー、まあしばらくは置いときましょうよソフィアさん。なんだか面白い成り行きじゃないですか、青春ってやつですよ青春。学生らしくていいですねえ」
「ぶっちゃけ羨ましいわさ。あっちのお嬢ちゃんのほうも満更でもなさげだし、運命の出会いってやつだわさ。あーあ、私も京都の御堂みたく金持ちでカッコよくて賢くて一代で名家を拵えるほどの大した幼馴染とくっつきたいですよ、そもそも幼馴染からしていませんけど。今からでも幼馴染とか生えてきませんかね」
「そ、そういうものなのですか……? その、大変ですね、相田さん」
困って頼れば、やはり妹尾は呑気なこと言っているし相田に至っては今回の騒動に何ら関係ない、京都の御堂将太を引き合いに出して居もしない幼馴染を夢見ている。
こいつらはこいつらで大概だな……と困惑しつつも、ヴァールは彼らに倣ってしばらく様子を見ていくのだった。