中部地方の英雄、権藤武虎。彼の持つ強大な力の秘密を、一端ながら光太郎は目の当たりにした。
スキルではない、けれどスキルにも極めて近しいその現象──大魂道。そう武虎自身が名付け叫んだ緑の風が、モンスターを次々に打ち払っていったのである。
「ぬん! ぬぅん!! ぬぅぅぅぅん!!」
「ウゴギャアアアッ!?」
「ぐっ、ぐぺぺぺぺぺーっ!!」
「ピギー! ぴぎ、ぴぎぎーっ!!」
「す、すごい……風を纒った拳で、すべて薙ぎ払って」
圧倒的だった。並み居るモンスターをまとめて十と数体、剛腕から繰り出した拳とそこに纏うエネルギーウェーブをもって消し去ったのだから。
それがスキルでないという武虎、華の言葉はにわかには信じられなかったが、とはいえ目の前に起きたことは信じるしかない。
ステータスに拠らない何らかの超常的な力。それをもって権藤武虎は中部地方の英雄として君臨しているのだ。
悠々と背筋を正して立つその背中はあまりに大きく遠い。どこかヴァールにも通じる偉大さをも感じながら、光太郎は隣の華へと問いを投げかけた。
「は、華さん……あれは、あの技は。"大魂道"は、たしかにスキルじゃないってことなのかい?」
「はい、間違いなく。複数の関係者の方からも裏付けは取れているんです──大ダンジョン時代が始まる前。まだ私くらいの年よりなお幼かった頃から、父は大魂道を使っていたと」
「大ダンジョン時代の前から!? そ、それってつまり25年以上前からってこと!?」
うなずく華。光太郎はそして、絶句とともに武虎を見た。
自分が生まれるはるか前、大ダンジョン時代が始まるより以前からモンスターにさえ匹敵し得る力を持ち、振るっていたという男。
ますますもって信じがたい逸話だ。だが武虎からはたしかに歴戦の、生涯を武に費やした男の気配がする。大魂道なる力を、スキルやステータス以上に己のものとして扱っている空気はたしかにするのだ。
ごくり、と息を呑む。
ここに来て自分の想像を、常識をはるかに超えた力を持つ男の登場に、若き光太郎はすっかり圧倒されていた。
そんな様子に、華が心配そうに声をかける。
「あの……大丈夫ですか、早瀬さん? 父がもしかしたら恐ろしいのかもしれませんけど、ああ見えて悪い人ではないんです。どうか誤解なさらないでもらえると、その、助かります……」
「えっ!? あ、ああいやそんなそんな! 別に怖いとかってんじゃなくただただ、すごいなーって思っちゃって!」
もしかしたら得体の知れない力を振るう父が、この少年にとってはひどく恐ろしい化け物に見えているのかもしれない──そう思うと、彼女自身なぜだかそれが耐えがたく思えてしまった。それゆえのフォローである。
華から見て、武虎は武骨で不器用ながらも良い父だ。探査者として娘を鍛えつつ護らんとする姿は感謝に堪えないし、地元の英雄として孤高に人々を護る姿は尊敬の一言だ。
だからそんな父が、なぜかとても気になるこの早瀬という少年に嫌われるのは到底納得がいかないし悲しい。
初めて抱く感情に突き動かされてのフォロー。少女のある種必死な思いを、光太郎はキョトンと聞き届けてやがて高らかに笑い声をあげた。
快晴の青空を思わせるような、胸のすく笑顔だった。
「ふ……ふは、うはは、うははははははっ!!」
「え!? あ、あの、早瀬さん?」
「いやはやヴァールさんや妹尾教授も大概すげえ人だと思ってるけど、さすが武虎さんだよ引けを取らない! やっぱり探査者やってくんなら、あの三人くらいにならないと甲斐がないよなー!!」
「甲斐……ですか?」
「そう、甲斐! せっかくこんな力を手にしたんだ、だったら行けるとこまで行ってみたいでしょ? 少なくとも僕はそう思うし、だから武虎さんだって怖いっていうか、やっぱり目標として憧れちゃうよね、うははははっ!!」
思っていた反応と違うことに戸惑いながらも華が聞けば、武虎をまっすぐ見据えるまなざしの光太郎の横顔が目に入った。不思議と高鳴る鼓動。
そして彼の口から放たれる言葉、そこに宿る覇気──未だ可能性ばかりの、けれど人を惹きつける声色。華の胸に去来するのは、不思議と父とよく似た雰囲気だという感覚だ。
どこか太陽のような温かみを、そして熱を感じさせる。不思議な少年なのだ。
昂り、己の野心を叫び呵々大笑する光太郎。それを遠目に武虎も見ていた、聞いていた。彼の口元もまた、不思議なまでに緩んでいる。
気持ちの良い少年だ。一目見て分かるほどに裏表のないまっすぐさを気に入ったが、こうして行動をともにしていけばますます素晴らしいものに思える。
戦いぶりも豪快かつ爽やか、そして何よりよく練られている。WSO統括理事仕込みの戦闘スタイルはなるほど、今の中部地方にはないものだ。
周囲をよく見、仲間を気遣い、そして連携やコンビネーションといった協調協力を常に念頭に入れている。
おかげで正直なところ、武虎としても非常にやりやすかった。
華を護りつつ大魂道の無差別破壊に巻き込まぬようモンスターを仕留めるには、付き人の鮫島はあまりにこの地の特色に染まっていたためだ。
気に食わなければ誰彼構わずむやみに噛みつく付き人の頼りなさと対照的な、目の前の少年の大器ぶりに思わず口を開く。
「早瀬光太郎、か。華とも相性が良さそうで何よりだ。これは、ひょっとするとひょっとするかもしれんな、親父殿……」
小さく、笑みを浮かべてつぶやく。それは父に向けての皮肉でもあり危惧でもあり、あるいは光太郎に向けての希望であり期待でもある。
その意味するところは未だ、武虎と平之助以外に知る者はいない。だがいずれにせよ、今この時に早瀬光太郎という探査者と知り合えたことは……
武虎にとって、生涯最大の僥倖なのかもしれない。