妹尾が岐阜の探査者達を相手に立ち回っているまさにその横で、ヴァールはヴァールでパーティメンバー相手に指導を行っていた。
富山からの探査者、相田と武虎の付き人、鮫島である。揃ってナイフとレイピアを手にしつつもしかし、相対する統括理事の腕に巻かれた鎖を前に気圧されている。
「どうした……いつでも攻めてくるがいい。早瀬ならばこの場面、何も考えず遮二無二突っ込んでくるぞ。いや、あれはあれで別の方向で問題だが」
「くっ! あ、あの猪と同じように考えられても困りますわさ、こっちは基本、死角を突くスタイルなんですよ!?」
「ま、まるで隙がない……これじゃまるで、武虎様みたいじゃないか。余所者が……!!」
淡々と無表情のまま告げるヴァール。模擬戦を開始して少し、最初はそちらから打ち込んでくるよう言ったにもかかわらず消極的な様子の二人に、多少呆れた空気を醸している。
しかしその二人、相田と鮫島からすれば冗談ではなかった。放たれる圧、佇まい一つとっても圧倒的なものを、さらに隙のなさもあってどう攻めたとて返り討ちにあう未来しか見えないのだから。
特に鮫島にとって、これは屈辱的なものだ。この世で唯一尊敬する権藤武虎に似た、いやそれ以上ですらある力を眼前の"余所者"から感じ取ってしまっているのだから。
……そうだ、余所者だ。鮫島は現時点ですっかり、ヴァールも妹尾も敵同然に見做してしまっている。
きっかけは言わずもがな、出会い頭の光太郎だ。鮫島が愛して止まない姫君をあろうことか口説き、その後も武虎にさえ認められているあの下民を、彼は即座に憎しみの対象として強く意識していた。
翻ってはそんな敵を鍛え、中部地方の模範として育てようとしているヴァールや妹尾、WSOも等しくだ。それすなわち武虎の地位を奪うということ、信仰にドップリ浸かった彼にとって、それは何より許せないことだった。
(何がWSO統括理事だ! この中部地方の、いいや日本の英雄探査者は誰でもなく武虎様なんだ! それを余所者がしゃしゃり出て、挙げ句の果てにあんなどこの馬の骨とも知れない凡夫を! ……ひ、姫様にすり寄るような輩をっ!! なぜか武虎様は、僕を差し置いて!!)
何もかもが許せなかった。特に華に近づく光太郎は。
鮫島弥助──彼は旧家の出で、世が世ならばいわゆる貴族として扱われた程度には上流階級出身の探査者だ。
実家のコネクションを用い、憧れの権藤武虎の付き人という立ち位置について彼に取り入り、そして美しい令嬢、華にも近づいた。すべては打算ありきだが華に対しては正真正銘、彼は隠すことない恋慕の情を抱いている。
だからこそ憎い。順風満帆のはずの自分を脅かす者どもが。光太郎が、ソフィア・チェーホワが、妹尾が。
そうした憎悪もあり、彼はなおのことヴァールに思い知らせてやりたかったのだ。この国の探査者は、武虎を最上とすべきなのだと。WSOなどお呼びでないのだと。
しかし。現実は彼にとって、そう都合の良いものではない。
《鎖法》を発動したヴァールがじっと見据えてくる。その眼差しに、何もかもを見透かされているかのような心地の悪さを覚えるなか。
彼女はそして、告げるのだった。
「鮫島弥助。君は特に権藤武虎の影響を受けているようだが、そのような及び腰ではなんの実力も発揮できまい。暗殺スタイルの相田が攻め込みやすくするべく、まずは君から斬りかかるのが連携というものだろう。そのあたり、早瀬ならばもちろん分かっているのだが、な」
「…………!! 貴様、僕があの下民に劣るとでも言うのか!!」
「現状そう言わざるを得ないな。心根はおろか実力面でもやはり、我々WSOが鍛えている彼のほうが総合的に君より上だろう。もっともその君の実力とやらを未だ見ていないのだから推測だが……違うというならば早く見せてみろ、君の全力を」
「ぬ──吐かしたなっ!?」
いきりたつ鮫島に、ヴァールは静かにため息をもらした。
やっとその気になってくれた。この少年、どうも言動の割に慎重派というか、模擬戦ですら己が受けるダメージを考慮しすぎて及び腰になる臆病さがある。
武虎という、ヴァールさえ認める一廉の英雄に心酔しているはずなのだが……その割に、彼は武虎や他の探査者達のようなある種の蛮勇さが一切ないのだ。
相田はまだ分かる。彼女のスタイルは暗殺術、つまり敵の死角を突くものだ。真正面からの模擬戦など、同格か格下相手でもなければ慎重になるのもうなずける。
だが鮫島は、聞く限りでは正面きっての戦いを得意とするだろうにこの始末だ。やりたくもない挑発をしてみせてようやく動く気になるのでは、前衛としては落第と言わざるを得ない。
内心で、そう辛辣な評価を下す。
それでいて光太郎をあからさまに侮蔑するなど、いくら男女の情とやらが絡むこととはいえいささか目に余る。
もう半年ほど面倒を見ている教え子が露骨に見下されていることに、密かにわずかにだが不快感を抱いているヴァールは──ついに構え、スキルを使い始めた鮫島を、この際だからときっちり叩き伏せることに決めていた。
妹尾とも事前に決めていたことだ。今後肩を並べるにあたり、鮫島弥助についてはその内心はともかく表面上は穏当にさせる必要がある。
だからこその、この模擬戦でもあるのだった。