そこからしばらくの間、光太郎は長野と岐阜を往復しては学業とスタンピード鎮圧を繰り返す日々を続けていた。
隣家の朝倉鶴太郎・亀代夫妻の私生活面での応援も受けつつ、ヴァールや武虎の下でさらなる修行に励んでいたのである。
「うはははははっ!! やるなあ鮫島さん、《槍術》、飛騨一閃ッ!!」
「おのれ、舐めるな早瀬!! 《刺突術》、ハイソサエティ!」
そうした生活のなかで時折、こうして模擬戦形式での対人経験を積むこともある。光太郎は今、模擬戦用の武器と防具を携えて探査者と力比べをしていた。
相手は権藤武虎の付き人、鮫島弥助だ。かねてより敵視してきていた少年相手であったが、光太郎の大器はそんなことをまるで気にせず豪快に笑い、せっかくの機会だからと全力でどこまでもまっすぐに己の力量を示そうと槍を振るっている。
対して鮫島のほうはこちらも必死だ。敬愛する武虎からの叱咤を受けて後、心入れかえて修行に励み始めてそろそろ一ヶ月。
その間にも鎮圧グループとしてモンスター相手に華々しい活躍を積み重ねる光太郎は、そろそろ岐阜や長野はじめ中部地方各地でも話題となり始めていた……統括理事と地元の英雄、二人揃って見出した若手実力者であると。
それも面白くないのだが、何より鮫島からすると華との距離感が次第に近いものになっているのが何より気がかりだった。
最初の頃はまだお互いによそよそしいというか、時折目が合うことがありつつも距離感は遠いはずだったのだ。それが最近では、どうしたことか──
「頑張ってください、"光太郎さん"! 鮫島さんも無理しないでくださいね!」
「うん! 見ていてよ"華"! たしかに鮫島さんはすごい人だけど、僕もそうそう簡単にやられるもんかぁっ!!」
「────っこのガキ!!」
これだ。いつの間にやら華は光太郎を下の名で呼び、光太郎に至っては華をあろうことか呼び捨てにしている。権藤財閥の姫君、本来ならば光太郎など、一目見ることも叶わないほどの月光の君をだ。
あまりの馴れ馴れしさにいっそ笑いがこみ上げてくる。怒りの笑みだ。探査者としての姿勢こそ改めたが、鮫島は依然として光太郎のことをしょせん下民が調子に乗っているくらいにしか見ていない。
そんな輩が華に近づき、あまつさえ互いに親しげにする。こればかりは誰が何と言おうが不遜の極みだと彼は怒り心頭だ。
ゆえに手にする模擬戦用のレイピアにも力が籠る。目にも止まらぬ速度の突きを何度も差し込めば、スピードでどうにも劣る光太郎は槍で防御するしかない。
「ぐっ、くっ!? 早っ、この!?」
「そらそらそらそらぁっ!! 僕は少なくともお前にだけは負けられないんだよぉっ!! 下民が、姫様に近づくなあ!!」
「んんん、何だいきなり!? それを決めるのは僕と、華じゃないかなあ!?」
「身の程を弁えろと言っているんだよ!!」
「無茶苦茶だ!? そう言われても──!」
怒りと憎しみ、そして嫉妬の連撃に光太郎は圧倒されるばかりだ。そもそもここ数ヶ月で急激に実力を伸ばしている彼だが、それでも探査者としては数年の差がある鮫島のほうがわずかにまだ、実力面では上手を行っている。
それだけでなく華を巡っての気炎──ことここに至れば鮫島の想いは光太郎にも当然分かっている。分かっているが、だからといってはいそうですかと華から離れることはしない。
なぜなら光太郎もまた、華のことを。
早瀬光太郎少年、15歳。生まれて初めての恋を自覚する、冬を前にした秋の頃である。
ちらと見る、祈るように手を組んでこちらを見る華の姿。たしかに光太郎へと向けられている視線は、それだけで心の底から力が湧いてくる。
それだけで十分だと、光太郎は俄然やる気を漲らせて笑った。
「────うは、うはははははっ!!」
「何がおかしいっ!!」
「いやいや、世間は広いけど僕自身もまだまだ、僕自身のことを分かっちゃいないってことをねっ! ……鮫島さん! たとえ勝っても負けても僕は華のそばにいるよ! アンタだっていれば良い!!」
「な……何を!? これは、武虎様……!?」
「大切なんだろ!? だったら二人してみんなしてあの子を守れば良いのさ!! どうやらアンタとは鞘当てする仲になりそうだけど、それとは別にアンタのことは嫌いじゃない!! 華は、良い人に好かれた!!」
「光太郎さん……」
叫ぶ度、光太郎の全身から力と圧が放たれる。その様になぜか、尊敬する英雄と同じ空気、同じ力を感じ取って鮫島の猛攻が緩んだ。即座に攻勢に回る光太郎。
鮫島の想いを否定しない。しかし自身の想いも否定させない。もちろん華自身の想いもだ。みんな仲良くとはいかなくてもせめて、大切だったら力を合わせて護れるはずだ。
それは光太郎の器が、また一つ強く大きくなった瞬間だった。他者を呑み込み受け止めて、すべて受け入れて前に進もうとする覇者の断片。
声、立ち居振る舞いすべてに力が宿りつつある。黄金の太陽のような、見る者すべてを惹きつけ引き連れていけるような、ある種のカリスマの断片。
魂から放たれる輝きの、まさしく萌芽である。
そんな彼の姿を見て華もまた、胸を高鳴らせる。初めて会った時から日増しに強まるこの鼓動の、正体を華は未だわからないでいるけれど。
それでも彼女は、光太郎という少年にたしかに惹きつけられていた。
「いくぞ鮫島さん、いいや弥助!! 僕はアンタを気に入った、友達にゃなれなさそうだけど仲間として、一緒に護るぞ彼女を、この土地を!!」
「くっ……!? 貴様、どういうつもりだ! ぼ、僕はお前のことが嫌いなんだぞ!! 呼び捨てにするな、下民風情が!!」
「嫌いで結構! 僕もアンタの差別的なところは大嫌いだっ!! だけどそんなアンタごと、僕は誰とだって一緒に進むぞー!! うはははははは!! 嫌でも諦めろ、これが早瀬光太郎だーいっ!!」
「む、無茶苦茶な下民がぁっ!!」
昂ぶるまま、破天荒に槍を振り回す少年、光太郎。その勢いは留まることを知らず、鮫島を徐々に追い詰めていく。
ここに来て同年代、同程度の実力者。そして何より同じ人を想う好敵手を得た彼はいよいよ……英傑としての真なる覚醒を始めようとしていた。