大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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"最強の能力者"

 強襲し、渾身の一撃を放ったワルドの剣と槍を容易く受け止めて。ヴァールは静かに、冷たく彼を見据えた。

 その瞳の冷たさ、静けさ──背筋が凍りつくものを覚えて、ワルドは反射的に飛び下がって距離を取った。最強を自負する男であっても、耐え難い恐怖を感じたのである。

 

 信じ難い話だった、少なくとも彼にとっては。

 ソフィア・チェーホワについては以前、遠目からにはなるものの一度だけ肉眼で確認したことがある。数年前のスイスはジュネーヴにて、国連の要人と行動をともにしているところを見た。

 

 美しく楚々とした、まるで世間知らずの御令嬢といった印象しか受けなかった。断じて今のこの、冷徹無比にして威厳さえ醸す女帝めいた姿ではなかった!

 わずか数年でこうまで変わるものなのか? まるで別人のようだと、ワルドはにわかに狼狽えた。

 

「な、何ぃ……!? チェーホワ、ソフィア・チェーホワなのか、本当に、これが!?」

「勝手に解釈していろ。ワタシから貴様に送るのは罪業の鎖のみだ──《鎖法》ギルティチェイン!!」

 

 一方のヴァールのほうは、特になんら思うところはなく淡々と吐き捨てるのみだ。

 ワルド・ギア・ジルバとやら、カーンとレベッカと妹尾をまとめて下したというのだからそれ相応の手練れかと期待していたがやはりこの程度か。という落胆もまた、その胸中には微かにある。

 

 なるほど今の双戟を受けた感じ、たしかに強力な能力者だ。ヴァールとそう変わらないレベルにさえ到達しているかもしれない、その鍛錬と努力自体は認めよう。

 だが、それだけだ。この男はその程度の段階で最強だなどと言ってはある種の自己満足に浸り、あまつさえ大ダンジョン時代の社会秩序構築を果たさんとする己の邪魔をしてくるのだ。

 その時点で何一つ用件などない。

 

 いつの日にか必ず訪れる"その時"……ヴァールのみならずソフィアの悲願でもある、とある計画の発動を迎えるために必要なこと。

 大ダンジョン時代を迎えた世界を牽引する、極めて強力な国際組織の構築と運営という最初の一歩。

 

 たとえどれだけ永い時をかけてでも成さねばならない使命と責務の初手を、かくも下らない手口と動機で邪魔をしてきたのが委員会という存在だ。

 その一員たるこの男などに、かまけている時間など一秒さえも惜しい。はっきり言って眼中にないのだ。

 

 そうした意味ではヴァールは今、たしかに怒りを覚えていると言えるだろう。

 諸々の意味で横槍を入れてきたワルドに、ひいては委員会に対して間違いなく彼女は怒っていた。

 

 それゆえに《鎖法》の中でも切り札たる左腕の鎖、ギルティチェインさえも放ったのだ。右腕からの鎖と比べて明らかに太く硬いソレが一本、距離を置いたワルドに直撃する!

 剣と槍で咄嗟にガードをしたとて焼け石に水。それほどの威力が彼を襲った。

 

「ぬっううう!?」

「最強の能力者……そう言われるような者が仮に現れるとしても今ではないし、成り得るとしても貴様などではない。その称号は遠い未来の果てに取っておくべきものだな。カーン! レベッカ!! 後は任せるぞ、ワタシは先に行く」

 

 独り言ちるように、小さく呟いたその言葉の意味は、今はヴァールにしか分からないものだ。それでも静かに数秒、佇んでから彼女はカーンとレベッカへと指示を出し、駆け出した。

 師にも等しい少女の真意を、彼も彼女も測りかねたが……今やるべきはただ一心に、彼女の言葉通りに動くこと。

 そしてその先に勝利を掴み、囚われの妹尾万三郎を救い出すこと!

 

「お任せくださいヴァール様!」

「リベンジチャンスをくれるとはありがてぇ……!」

「ま、待てチェーホワ! お、俺と戦え、最強を証明させろッ!!」

 

 意気軒昂に叫び構える二人と、狼狽して恐怖を押し殺しつつも強がりに叫ぶ一人。

 ワルドとて戦闘経験は浅くない、ゆえにすでに理解していた。自分では勝てない、最強はソフィア・チェーホワだと。それでも強いプライドと力への妄念がそれを認めきれずに、挑発のフリをした負け惜しみを口にするしかなかったのだ。

 

 それは、ワルドにとってショックな出来事だ。ゆえに次に沸き起こったのは怒り、憎しみ。弱さを認めるしかなかったからこそ逆に、それを押し隠すために虚勢を張る──

 ヴァール相手に、まともに戦うことなく敗北した男は、八つ当たりも同然に構えるカーン、レベッカに相対した。

 

「邪魔をするかッ!! 負け犬ども!!」

「そりゃテメェだよボケェ!! ソフィアさんに袖にされた雑魚にゃ私ら程度が似合いなンだよッ! オラオラ遊んでいこうや、なあッ!!」

「先日は不覚を取った、その雪辱は必ず晴らす……! その上で貴様を超えて、我らは妹尾くんを救い出そう!!」

 

 威嚇めいて吠えるワルドに、負けじとレベッカ、カーンも吼えて向き直る。互いに闘志十分だが、明確な違いがそこにはある。

 弱さを誤魔化し虚勢に走った者と、弱さを認めそれでも為すべきことのために走る者達と。極めて内面的な、しかしてだからこそ致命的なまでの差が今、一人と二人の間にはあった。

 

「今度は逃さん……貴様らの生首を手土産にチェーホワを追いかけ、この手でやつも引き裂いてくれるッ!! 最強は俺だ、俺だけなのだッ!!」

「行くぜカーンさん! 最強なんかじゃなくっても、妹尾はどうにか救い出す!」

「うむ……! 星界拳の真髄、今ここに見せる!!」

「ほぉぉぉざけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 雄叫びとともに突撃するワルド。両手に持つ剣と槍とは健在であり、その威力は先日、妹尾含めた三人を徒手にて叩きのめした時よりも当然ながら上だ。

 だが、だからこそ超え甲斐がある! レベッカとカーンもまた、己が剣と脚を武器に強敵を迎え撃った!

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