権藤財閥中枢、権藤探査工業株式会社の本社ビルにて──
財閥の会長、権藤平之助は黒電話越しの相手に向け、声を荒げ叫んでいた。
「儂の期待を裏切りおった、あの馬鹿どもめ! 何が能力暗殺者だ、やはり能力者というのはこれだから信用ならんのだ!!」
『……落ち着け。私から見ても彼らの実力は本物だった。つまりそれほどの相手だったということだろう』
普段の好々爺らしい表情など完全に捨て去っての醜悪な怒り。顔を真っ赤にした平之助の怒りの矛先は、9月末頃の出来事にあった。
己の野心、そのための手段として引き起こしている中部地方のスタンピード──それを水面下にて邪魔をしている何者かに向けて放った暗殺者の刺客三人が、ものの見事に返り討ちにあった挙句、警察に引き渡されたのだ。
幸いにしてプロフェッショナル暗殺者として、最低限度プライドがあったのか権藤財閥との関係を口にしてはいないようだが、さりとてそもそも返り討ちに遭うこと自体が平之助からすれば一切許し難い所業でしかない。
使えると見込んで使ってやっていたのに。裏社会のチンピラ、それもスキルを使って暗殺を営む犯罪者風情。それを大金払って便利に使ってやったというのにそれを裏切った。
根本的に能力者への敵意がある平之助からすれば、ホラ見ろという想いもありつつそれはそれとして腸が煮えくり返る思いでいっぱいだ。
しかし通話相手の冷静な声に我を取り戻し、いくらか落ち着いた様子で話を続ける。
「すまぬな……しかしこうなれば、お前のいうように件の女は相当な手練と見るしかあるまい。WSOとは別口に行動しているあたりチェーホワの子飼いというわけでもないようだが」
『こちらを明らかに探り、真相に近づいてきている以上は両者が合流するのも時間の問題か。チェーホワ、ヴァールだかいう二重人格のあの能力者は私より強い。そこにその女が加わっては、たとえ蜂起しても勝ち目がなくなるやもしれん』
「そうはいくものか!! ここまで来て勝機をなくすなど、なんのためにここまでやってきたのか分からぬではないかっ!!」
思わず机を叩く。齢80も大きく超えている老爺にしては力強い拳が、豪奢な黒壇の机を揺らした。
どうにも予想外が多く続く……手早く始末できるかと思っていた謎の小娘が手強く、そしてWSOの捜査の手も思いのほか早い。
何より中部地方の探査者達が、15年もの間マヌケを晒し溺れていた愚者どもがここに来てあり得ないほどの改善を遂げてきてしまっている。
すべてはそこに端を発するのだ。平之助は思わず頭を抱えた。
「ありえぬ……どうやったソフィア・チェーホワッ!! この地一帯の探査者どもの阿呆さ加減ときたら、儂らでさえ呆れるほどに極まっておったはずじゃろう!? それが何をどうしたら半年程度でこうも心を入れかえる!? 洗脳でもしたのか、彼奴らめは!」
『これが世界だ、ということだろうな。しょせん一地方の英雄よりは世界の英雄のほうが憧れを集めるのは道理。ましてや彼女らは、すでに自分達のやり方による成功例を生み出しつつあるのだから』
「早瀬光太郎……か! 取るに足らんみなしごの小童ごときが、武虎信仰をも覆す何かを秘めているとでも!?」
電話先の声の淡々とした色合い。激昂する平之助を諌めるその声は、しかしどこか喜色を含んでいる。そのことに気づけないまま老翁は、まったくノーマークだった奇兵、すなわち早瀬光太郎を叫んだ。
WSOがテストケースにと選んだ探査者の少年。一応警戒して権藤財閥のほうでも身元を調べたが何のことはない、年相応に未熟な凡才程度だとすでに調べはついている。
ゆえに平之助もまるで意に介せず、そんな輩をいかな統括理事が手塩にかけたところで知れたものと高を括っていたのが……まさか、まさか驚くほどの力をつけ、WSOによる改善案を何より体現する存在にまでなりつつあるとは!
歯ぎしりをする彼の耳に、続けて電話の声が響く。
『早瀬光太郎。彼を侮ってはいけなかったな……アレはあるいは傑物と成り得る。覇気があり人を惹きつける魅力も高く、性根もまっすぐで好感が持てる。華も、どうやら熱を上げ始めているようだ』
「そんなことはどうでも良いっ!! というより、であればあの小僧をどうにか排除せねばならんじゃろう! ええい問題の山積しておる、チェーホワに謎の小娘に、年端もいかぬ痴れた若造とくるか……!!」
『妹尾万三郎ともう一人、シェン・ラウエンもな。いよいよ来週には岐阜に到着するようだが』
「分かっておる! 良いか、ともかくお前は件の小娘を始末しに行け! すでに居所は知れておる、山梨は青木ヶ原樹海の入り口付近じゃっ!! 兵も貸し与える、なんとしてでもやつを仕留めい!!」
口角泡を飛ばす。焦燥と怒りのままに指示を出せば、電話の主は静かにただ一言、了解とだけ告げて通話を打ち切った。
あとに残る静寂。そして憎悪。平之助は爪を噛み、激しく息をしながらも今後について考える。
事態を、もう少し早く進める必要があるだろう。もはや残された時間は少ない、あまりに敵の動きと手際が良すぎた。
幸いにしてすでに戦力は十分整えた。蜂起するには頃合いだろう……それが自身の定めた時機でなく、WSOの動きに迫られて取らざるをえなくなった手段というのが果てしなく気に入らなくも。
権藤平之助はニヤリ、と嗤うのだった。