エリスらしき影が映った写真を入手して以降、ソフィアはWSOのエージェントを数人差し向け、彼女の居場所を突き止めようとしていた。
孤独に戦う彼女を支援したい気持ちもあれば、彼女がおそらく掴んでいるだろう情報についても知りたい。しかし何より友人として、不老に陥ってしまった彼女を保護したいというのがあったのだ。
当然、そうした報せと動きについてはヴァールもメモ伝いに知ることとなっており、エリスが人知れずWSOを助けてくれていることに心動かされつつも、やはり彼女の居所を突き止めることに少なくない労力を割いていたのだ。
そしてそこから一ヶ月。彼女らはついに、エリス・モリガナの動向を突き止めて先回りできるまでに至っていた。
「ことはモンスターハザードだ。仕方がないとはいえ本来、WSO統括理事が一つのことにここまで長い期間、取り組んでしまっている現状は正直あまり良くはない。こういう言い方は誤解を招きかねないのだけれど、彼女の仕事は他にも山ほどあるからね」
「誤解も何も……それはその通りだって僕にもわかりますよ教授。日本ばかりか世界中を股にかける御人が、いくらこんな騒動だからってもう半年も中部地方にかかりきりなんです。そりゃあ、まずいでしょうって」
「第二次の時にも相当多忙そうだったものなあ、ソフィアさんにしろヴァールさんにしろ。やはり願わくば可能な限りの事件解決が望ましいのだが、しかし未だに事件の全貌も見えていないのでしょう?」
「ん……ああ、まあな。情報はそれなりに入ってきているものの、今ひとつ全体像が見えていない段階だな、今は」
旧知の戦友シェン・ラウエンと合流して後。全探組を離れて近場の酒場に繰り出したヴァール達は、小規模ながら再会を祝してと今後の戦いに向けての英気を養うべく、軽い宴会など催していた。
同時にラウエンと入れ替わる形で一時離脱し、完全なる独自行動を行うヴァールを労いつつ送り出す一同が、WSO統括理事という職務の責任と使命の重さを語りつつ食事に酒にと楽しんでいる。
ここで言うヴァールの独自行動とは言うまでもなくエリス捜索と保護なのであるが、彼女はそのことを誰にも未だ知らせないでいた。不老となったエリスについてを、余人に教えるのが躊躇われたのである。
2年前、一瞬だけ出会えたエリスとのやりとりがそこには関係していた……半ば自暴自棄のような暗い瞳、表情。明らかに歳を取らない自らを儚んで世捨て人に成り果てていた彼女のことを思うと、誰にも伝えられない気がヴァールにはしていたのだ。
明確に、これは彼女自身の罪悪感から来るものだった。3年前にエリスを戦線に誘ってしまった、その末に彼女をここまで追い詰めてしまったという自責の念がたしかにヴァールを苛んでいる。
あるいはそれは、ソフィアに対しても抱いているものと同種のものだろう。ゆえに彼女はことエリスに対してはナーバスというか、ある種の臆病さを抱えていたのだ。
そしてそれを、ソフィアも気づいた上で尊重している。そもそもエリスを見出したのがヴァールである以上、その結果がどうあれエリスと向き合う主体は自らでなくヴァールであるべきだと判断したのだ。
何より、ソフィア自身も正直なところ、今のエリスとの向き合い方が分からなかった──自ら選んでこうなった自分と違う、自分達が巻き込んだ末にそうさせてしまった彼女。
そこにどういった態度で臨めば良いのか、答えを出せないままだったのだ。
ソフィア、ヴァールが両者揃って頭を抱えざるを得ない少女エリス。彼女との再会が近いことを予感しつつもヴァールはしかし、それをおくびにも出さず無表情のままグラスを傾けた。
少しだけ、日本酒を舐めているのだ。
「どうにも……この国の裏側、反社会的勢力がいろいろ暗躍しているらしいのは掴んでいる。しかしその本丸と言うべきか、各勢力をまとめ上げている連中が分からないのだ。よほど手慣れているのだろうな、この手の工作に」
「反社会的勢力。それは能力者解放戦線のような思想集団なのでしょうか?」
「ああ、そこはたしかだ。スタンピードを引き起こしている組織の関係者と思しい人物をいくらか捕まえているが、揃いも揃って同じような思想を──反能力者主義的な考えを持っていたよ」
「反能力者……主義、ですか? ええと、スキルやレベル、ステータスなんて嫌いだ! 的な?」
ビールを呑みつつ話をする妹尾に、りんごジュースを飲みつつ餃子を頬張る光太郎が質問した。
反能力者主義。なんとなく字面からどういうものかは窺い知れるが、とはいえ聞き馴染みのない思想であるのはたしかだ。
しかも反社会的勢力でもあるというそうした連中が、今回の第三次モンスターハザードを引き起こしたのか?
あるいは事件の核心にも近しい話だ。これにはヴァールよろしく日本酒を呑みながらだし巻き卵を食べていたラウエンも耳を傾ける。
うなずいて、妹尾は答えた。
「そうだね、光太郎くん。反能力者主義……まあ読んで字のごとくだけれど、それは能力者やステータスの一切を否定し、彼らを排除した世のなかを望んでいる集団だよ」
「能力者を"真人類"などと呼んで特別視する、真人類至上主義などという戯けた思想も一部で台頭してきているが。それとはある種、対となる思想ではあるな。いずれにせよ今ある大ダンジョン時代社会の在り方を否定しているわけなのでどちらも迷惑だが、思うだけなら勝手だからな。そこは好きにすれば良かったのだが」
「もしも反能力者主義の下にてそうした主義者が集い、反社会的勢力として結託しスタンピードを起こしているのであれば……ということですね。能力者解放戦線もそうでしたが今回のスタンピードもある意味、イデオロギーを前面に押し出したテロである可能性がある、と」
「首謀者の正体と主張の内容にもよるがな。少なくとも末端構成員の間にはそうした思想があるらしいというのだけが、現時点で分かっていることだ」
「なるほど……世のなか、いろんな考えの人がいるもんだなあ」
どこか感心する光太郎。自分などはいつだってシンプルなもので、とにかく人々を護って自分も楽しく暮らしながら探査者として高みを目指せれば幸せ、というのが心情なのだが……
様々な理由から、能力者を真人類と呼んで尊んだり、はたまた反能力者主義など掲げて犯罪に走る者もいるのだ、世のなかには。
だからといってその者達の狼藉を許すことは絶対にないが、世界の広さを思い知らされる心地になるのも事実だ。
若き光太郎はまた一つ、己の視野を広げていった。