青木ヶ原樹海。富士山北西部の麓になんと3000ヘクタールもの広大さで広がる樹海である。
独特の生態系や洞窟、形状から学術的にも大きな価値のある地帯であるのだが、反面、樹海というだけあって木々がところ狭しと高く並び立ち侵入者を惑わせ迷わせる魔性の側面をも備えている。
そんな樹海の奥深くにて、今回の事件における首謀組織と思しい者達のアジトがある、と。
数年ぶりに再会したエリスにそう打ち明けられ、ヴァールは無表情のなかにも険しい色を覗かせて彼女に尋ね返していた。
「……その情報は、どれほどの信憑性があるのだエリス」
「スタンピードを引き起こしていた当事者、ならびに周辺を嗅ぎ回っていた私を殺すべく差し向けられた暗殺者達。いずれも倒して捕縛した上でいろいろ聞き出しまして、そこから得た情報になります。他にも身分証明書など物的証拠もいくらか押さえていますので、それなりに信じられますよ」
「暗殺者だと?」
「いずれも裏社会でそれなりに名の売れた能力者です。日本ばかりか世界的にもずいぶん悪名高いのもいましたね……そういうのも雇う程度には、裏にも精通している輩が首魁だと見るべきでしょう」
淡々と、何の気もなく話すエリスだが……ヴァールはその姿にどこか、危ういものを覚えている。
裏社会。WSOが主体となって牽引しているこの大ダンジョン時代にあってもやはり、光届かぬ闇は存在している。今も話題にあがっている反社会的勢力などがそうだ。
本来ならば表社会に生きる者は、めったなことで関わらないだろうそんな裏側の領域に、しかしエリスはどうもかなり深入りしているように思えたのだ。
実際、そうなのだろう。人目を避けて、それでも人の世を彷徨うからには裏社会のほうが当然、身を潜めて生きる分には都合が良いのだから。
しかし裏社会というのは無論、危険極まりない場所である。表沙汰にはとてもできない悪意、犯罪、血と暴力と欲望に満ちた領域なことには間違いない。
そんなところに、エリスはたった一人当て所もなく彷徨い続けている。そのことがどうにも不安で心配で、ヴァールは彼女ほどの強さならばと思いつつもそれでも、苦言を呈しないではいられないのだった。
「……あまり、心配させてくれるな。裏社会についてアレコレ語るようになった君は、どうにも危うげなものに映ってならない」
「あはは、これで裏社会でも一人ぼっちなんですけどね。たまに犯罪者を倒すことはありますが、そこから先は警察に引き渡して終わりですし……それはともかく。そんなわけで得た情報から、この樹海の奥にアジトがあるらしいことを突き止めたわけです」
「この、奥にか。ずいぶん広い樹海だ、探し当てるにも時間はかかりそうだが」
「それでも探さなければなりません。この国のこの土地を脅かし続ける元凶がそこにあるなら、私はたとえどれだけ時間をかけてでもこの樹海を隈無く探してでもそれを見つけ出します」
笑いながらさらりと、そうした心配を躱しつつエリスは樹海を指差した。ヴァールの目からしても果てしなく思える壮絶なる光景。
ジャングルさながらの景色に入り込んで、どれだけの規模かは知らないがアジトらしい何かを発見するというのは、さすがに途方もないことのように思える。
しかしてエリスの目に、表情に迷いはない。どこまでもまっすぐに正義と信念を貫かんとする眼差し……3年前とまるで変わらない面持ちで樹海を睨んでいる。
その姿に、ヴァールは小さく息を呑んだ。エリスの変わらなさ、初めて会った時からずっと感心してきたまばゆい精神の輝きは、今でも一点の翳りさえなくきらめいているのだ。
裏社会に身を潜めても。果てしない樹海を前にしても、決して色褪せることも失われることもないその輝き。
愚問だったと小さくつぶやく。ことエリスに関しては、良くも悪くも見誤ることが多いものだとヴァールは自嘲さえしていた。
「もはやワタシなど、足元にも及ばないのかもしれんな。本当に立派になった、エリス……」
「……私にとってあなたは永遠に憧れ尊敬し、上に仰ぎ見る存在です。ヴァールさん、そしてソフィアさん。今この一時ばかりはあの頃のように、ともに肩を並べて悪へと立ち向かいましょう」
「ああ、喜んで。まずは何をおいてもこの地に平和を取り戻す、そのためならばどんなことでもしてみせよう」
そうして横並び、ともに樹海へと立ち向かう。
一朝一夕で見つかるものとは思えない。ヴァールの空間転移やそもそも探査者として高レベルゆえの身体能力を駆使すれば、異次元のスピードでの捜索可能だろうが……それを加味してもやはり、一週間から一ヶ月ほどはこの作業にかかりきりになるだろうというのは二人の見立てだ。
特にヴァールはその間、妹尾やラウエン、光太郎達パーティメンバーとは完全に離脱しての行動となる。エリスについて隠す以上、詳細は今は誰にも伝えられないためだ。
それでも、エリスとならば必ず見つけ出せる。強い信頼と決意漲る今、彼女はようやく掴めた敵の正体への一歩を踏み出そうとしていた。