時を同じくして、権藤財閥本社ビル。最上階最奥、会長室。
まさに今、WSOを裏切り続けてきた権藤平之助は……しかし不敵に笑い、紛うことなき覇者の威風をその老爺の身体に纏っていた。
すでに報せは受けていた。彼の手札の一つである青木ヶ原樹海の拠点に、青髪の女とWSO統括理事ソフィア・チェーホワが踏み込んだと。
ソフィアがなぜか青髪と行動を共にしていることは、この際もはやどうでもいい。重要なのはそれによって間違いなくこちら側の思惑が発覚するということ、そのものだ。
なぜならば青髪討伐のため、ソフィアのパーティメンバーである武虎を差し向けたのだ。両者が遭遇すればことが露見するのは当然、予測し得ることである。
「予想外。しかしあるいは好都合よ、逆に言うならば今この時ばかりは、あの樹海にチェーホワを縫い付けていられるわけだからなぁ」
喉を鳴らして笑う。これはこれでむしろ都合が良かった。彼にとって、権藤にとって最大最強の障害であるソフィアを、一時ばかりとて青木ヶ原樹海という、他と隔絶された空間に留めて置けるのだから。
無論、それもすぐに対処されるだろうが、そこは息子の実力を父として信じている。
地元の英雄として、最低でも1時間は引きつけていられるだろう。それだけあれば十分だ。
そう、十分だ。"蜂起するには十分だ"。
──黒電話にて連絡をつける。あらかじめ準備を済ませている反社会的勢力の者達、すでに平之助の一声さえあればいつでも起てるように訓練されている。
「儂だ……動くぞ、いよいよ。まずは手筈どおり中部9県、あらゆる都市に儂らが溜め込んでおったモンスターを放て。"至宝"を納めた宝物殿に向けてやつらも動こうが、その過程で散々に暴れ回った跡を貴様らが押さえよ」
指示を放つ。それは彼にとり、あるいは彼の下に集いし裏社会の面々にとり開戦の合図、号令だ。
彼らはずっと牙を研いできた。能力者大戦終結後から、能力者大戦開始前から。あるいは大ダンジョン時代が開始した、その時から。
ただひたすらに溜めてきたのだ。怒りと憎しみを。そしてそれを行使するための武力と、戦力を。
すべては蔑ろにされた己らを再び世に示し、この国を、この世界を再度の戦乱に叩き込むため。そしてその末に権藤の支配を確立させ、大ダンジョン時代を粉砕撃滅せんがため。
その一心で老爺は、何十年と雌伏していたのだ。
年老いてなお鋭く毒々しい悪意の牙が、今、剥かれる。
「おお、おお。そうじゃすべて破壊しつくせ。特にWSO施設と全探組施設は念入りにやれよ、能力者は皆殺しにしろ。彼奴らを庇うならば市民など踏み潰してしまえ。儂らの望むまま、すべてを蹂躙し尽くすのだ……っ!!」
悪意に満ちた命令。積もりに積もった探査者、能力者への怨念が、もはや老人の精神を人間でないモノへと変化させている。
一世一代の大勝負。あるいは日本史上最大の大戦にしてやる──権藤平之助ばかりか末端の兵士に至るまで、誰もがその思いでいる。
憎い。壊せ。憎い。殺せ。憎い。潰せ。憎い。踏み躙れ。
能力者を、その存在そのものを。それを許す社会を、世界を。
そう為さしめた元凶、ソフィア・チェーホワ率いるWSOを。子飼いたる全探組を。従順なる政府も、他国も何もかも。
「まずは中部から喰らい尽くしてやる……! 次は日本全土、やがては海を越えアジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、北極も南極も! すべてのありとあらゆる土地から能力者を跡形もなく消し去り、文化も文明も壊し尽くしてやれ!! 後に残った焼け野原に、儂らの理想世界を改めて創るのだ────」
大言壮語。通常の感性で聴くならば与太話にもならない老人の戯言。しかし。
そこに強烈なまでのカリスマが宿っていた。声に説得力が漲っていた。この男ならばやってくれると、半ば洗脳に近いほどにまで叩きつける威力がこもっていたのだ。
これは紛れもなく権藤平之助自身の実力だ。たとえ能力者でなくとも、彼もまた一廉の英傑たる素質を持っていた。その自覚があった。
……自覚があった上で、そのすべてを己が憎悪に託した。彼を蔑ろにした世界、社会。大ダンジョン時代を、終わらせるために。
「────そうして創るは我が権藤財閥がすべてを牛耳る世界ッ!! "大権藤時代"たる理想世界を創るのだッ!! 未来永劫我が権藤とその血に連なるもの、そしてそこに集いし非能力者達のみが永遠に煌めき輝く絢爛社会! 能力者などという思い上がった蛆虫どもは消し去り族滅するが絶対正義たる社会ぃッ!!」
妄執に狂った老人の叫びが響く。呼応して電話の向こう、反社会的勢力の面々もまた滾るのが彼には分かった。
いける。確信を持つ。これならばいける。
敵は世界そのもの。しかしてなんの心配があろうか、世界など頭を垂れてこの権藤に平伏すべきなのだ。そのためにここまで我慢した、そのためにここまで耐え抜いてきたのだ。
ここまでしたのならば、そこまでさせねば気が済まない!
──理屈の通る通らないにかかわらず、これこそは彼による復讐だった。
"第三次モンスターハザード"。真なる戦いは、老人の復讐心をトリガーにして始まろうとしていた。