なんの変わりもない日常風景だった。
人々が生活し、もうじきに年越しを迎えようとする日々をつつがなく過ごす。そんな光景の中部地方の各都市。
しかしそんな平和に、今、終止符が打たれようとしていた。
スタンピードの発生。それも中部地方9県の主要都市すべてにおいて同時刻で、それぞれ300体ものモンスターが突如として押し寄せてきたのだ。
この一年間で頻発しているスタンピードにおける一回あたりで発生したモンスターの数の、実に10倍もの数であった。
「グルルルルルォォオオアアアッ!!」
「ぴぎー! ぴきぎぎぎげーっ!!」
「キシャキシャッポーッ! キシャキシャッポーッ!!」
「う……うわあああああっ!? モンスターだあっ、スタンピードだぁぁっ!!」
「何あの車っ!? 嘘でしょっきゃあああああっ!?」
それすなわち、同時多発スタンピード。中部地方全土にてついに、人による悪意が目に見えて表出した瞬間。
──第三次モンスターハザード。これまでを前座とするならばここからは本番と言えるだろう。その始まりである。
当然、この騒ぎは光太郎がその時活動していた長野県長野市にあっても起きていた。
今日はスタンピードの発生もないようで、指導役の妹尾やラウエンから教えを受けようと若い情熱を迸らせていた矢先のことだったのだ。
報せを受けて駅前に駆けつけた時にはもう、モンスターの群れはおぞましくも押し寄せ、人々を傷つけ町を壊していた。
「うはははははっモンスターども! 僕らが来たからにはもう許さないぞー!」
「光太郎さん、援護します!」
「仕方ない、合わせてやる! うまくやれよ、光太郎!」
「頼む華、弥助!」
妹尾は後詰め、ラウエンと相田は別の地点でスタンピードの対応にあたっている。1960年末、この頃になると光太郎は他の同世代と組んでのスタンピード鎮圧が多くなってきていた。
それだけ実力が上がったと認められてきたのだ。その腕前、槍捌きをもって次々にモンスターを仕留めていく。
しかし、何かがおかしい。光太郎も華も鮫島も、すぐにこれがいつものスタンピードでないことを肌で感じ取った。
違う。何かが。いつもよりもモンスターが多いというのもあるがそれ以上に募る、胸騒ぎ。
何かが起きている──そんな不安に駆られつつも人々を守るべく力を振るう。彼ら以外の探査者達もそうだ、最近になって身につけ始めた連携、コンビネーションをもって的確に敵を駆逐している。
だが足りない。まだまだ多くいるモンスター。いや、これは。
「……どんどん増えてないか!? なんだこれ、明らかにいつもよりおかしいっ!!」
「こ、これは!? 何が、一体!?」
「まずい……この勢い、こちらが保たないぞ!?」
普段どおりのスタンピードならば三人と他いくつかの探査者でこと足りる規模だが、今回はどうしたことか数が多く、しかもどんどんと増えていっている。
このままでは鎮圧どころか返り討ちになる。戦線を維持できない、崩壊する!
危機感に鮫島が叫べば、ちょうど離れたところからラウエンがモンスターを蹴り飛ばしながらやって来た。
……その顔もやはり危機感と焦燥に満ちたものだ。光太郎はますます、不安を掻き立てられていた。
「ラウエンさん! い、一体どうしたんです、この規模は!?」
「……分からん! しかし大変なことが起きた、中部地方の各都市でここと同じような大規模スタンピードが発生している!」
「そ、そんなっ!?」
「いずれも探査者達が鎮圧に乗り出したがまともに維持できず後退している! ……我々だけでは手が回らん! 撤退するぞ!! 市民の保護を最優先に、都市から離れるぞ!」
必死になって叫ぶラウエンにとっても、これは悔しくも腹立たしくも恐るべきことだった。モンスターが多すぎる……第二次モンスターハザードでも体験したことがないほどに、あまりに多すぎる!
しかも今回は3年前と違い、未だ鍛え始めたばかりの現地探査者達ばかりが対応している。これでは耐えきれないばかりか犠牲者が能力者、非能力者問わず増えるばかりだ。
撤退しかない。シェンの名を穢すかもしれないが、人命には代えられない。憤りを隠して指示を出す。
事実上の敗走、護るべき土地を見捨てざるを得ない選択だ。光太郎も華も悔しげにしつつもうなずかざるを得ないなか、鮫島は己の矜持からそれに抗せずにはいられなかった。
血相を変えて反論する。
「な────逃げると!? この町を見捨てるというのですか!?」
「我々だけではなんともならんというのだ! 敵は、まさしく軍隊だ!! どういうことかは分からんが、群れには今のまま個々でやりあっては勝てん!」
「そんな……そんな!」
「僕らの町が……故郷が、家が……!!」
「なんてこと、こんなことが……っ」
地元の探査者達にとって、決して受け入れられない撤退。ここで退けば何が起きるか、もはや火を見るより明らかだ。
家が、ビルが、アパートが。あらゆる建築物が壊される。逃げ切れなかった人達が殺される。町が、故郷が、中部地方が踏みにじられる。
認めるわけにはいかない。しかしこのまま個人単位で闇雲に戦ってもどうにもならないという実感ももちろんある。
ゆえに……彼らは文字通り涙を呑んで、せめて一人でも救わんとして人々の避難活動へと切り替え、動き始めたのだった。