長野市内、避難所として定められていた空き地に無数のテントが立ち並ぶ。モンスターから逃げ延びた膨大な数の市民達が集う場所だ。
当然、憩いの場などではない。絶望と失望、恐怖に慄く人々が震え怯えるばかりの、そんな空間である。
そのなかを光太郎、華、相田と鮫島が知人を見舞っていた。
住まいの長屋を破壊され、行き場を失くした──朝倉鶴太郎、亀代夫妻である。
「家が……わしらの、家がぁ」
「なぁんも、なくなっちゃった……私らの、息子らの帰る、場所が……こ、故郷が……おも、思い出もぉ……っ」
「鶴爺、亀婆……!」
茫然自失。老齢に入ってから、それまでの思い出や資産、財産をすべて根刮ぎ奪われた絶望が間違いなくそこにはあって。
夫妻に寄り添う光太郎は、ただ二人の名をつぶやき悔しさと無念、怒りと哀しみに唇を噛みしめるばかりだ。
そんな光太郎達を見、華もまた悲嘆に暮れて涙を溢した。
すでに彼女も聞かされていた。この悲劇を、この地獄を巻き起こした元凶の正体──己の敬愛する祖父、そして父が犯人だということを。
第三次モンスターハザード。まったく思いがけず首謀者の孫としてその罪を背負うことになった少女は、もはや立っていられずに膝を折り、土下座に近い姿で繰り返し泣き詫びている。
「ごめんなさい……ごめんなさい、申しわけありません……! 私が、私の父が、祖父が……! 権藤が……こんな、こんな」
「華ちゃん……あんたが悪いわけじゃないはずだわさ。あんたは何も知らなかったんでしょう? それに鮫島の坊っちゃんも」
「当然だ……こんなこと! こんな惨い、恐ろしいことを僕らは……!! 武虎様がそんなことをするなど、僕も姫様も、思いもしていない……っ!」
身内の罪に押し潰されそうな華を庇うように抱きしめ、相田は鮫島に確認した。少年の顔も青白く、朝倉夫妻はじめこの避難所にて苦しみ嘆く人々の姿にショックを隠せていない。
何よりも武虎だ。地元の英雄として誰からも敬われ愛されたあの男が、この事件の首謀者たる反能力者連合に与しWSOを裏切った。
この地に生きるすべての人にとって、あまりにも大きな衝撃。自分達の信じてきたものすべてが、根底からひっくり返される感覚である。
静かな絶望感が、人々の胸に広がる。それを止める術は今、どこにもないように相田には思えた。
もう、どうしようもない。彼女自身も抱く無念と失望が、視界を曇らせていくなかで──
しかし立ち上がり、声を張る少年がいた。
朝倉夫妻に寄り添っていた、早瀬光太郎である。
「爺ちゃん、婆ちゃん……!! いいやみんな、この場のみんな!! 《僕を見ろ》ぉッ!!」
「!?」
「──うぇっ!? こ、光、ちゃ、ん?」
「光太郎、さん……?」
「光太郎、あいつ……っ!?」
「《僕を見ろ》ッ!! そして《聞いてくれ》ッ!! 僕らはまだ、まだ終わっちゃいないんだぞぉっ!!」
ただ叫んでいるだけ。こちらを見ろ、僕を見ろと場違いにも吠えているだけ──客観的に見ればそれだけの行為、そのはずが。
その言葉には力が宿っているように、その場にいた人には思えた。朝倉夫妻も華も、相田も鮫島も、避難所にいる誰しもがみな、引っ張られるように光太郎を見る。
そして幻視し、目を見開いた。
少年の姿に、その背中に太陽が見えた、気がした。
降りゆく帳、広がりゆく闇を照らさんと昇るかのような黄金の輝きが彼を照らしているかのように、人々は錯覚したのである。
集団幻覚。いや、そうではない。
兆候は以前からあった。
時折彼の言葉には引力が宿り、力強く人々を励まし、元気づけ、勇気づける場面があった。豪快に爽快に笑う彼の姿に、励まされる人がいた。
光太郎自身が持つ魂に、そこから発せられる太陽の気配に自然と誰もが惹かれていたのだ。
すなわちそれは彼自身のカリスマ。人を自然と鼓舞し、引き連れともに進まんとする覇者の気風。
権藤武虎の大魂道のような、スキルと異なるスーパーパワー。その片鱗がこの土壇場にあって……ついに煌めき、輝きを見せ始めたのである。
「ここからだっ!! 僕らはここからやり直せる! 探査者達がこれから一丸となってやつらをッ! 反能力者連合とやらを叩きのめす! 権藤平之助や権藤武虎さえ、乗り越えて平和を取り戻すッ!!」
「こ、光坊……お前、お、お天道様が背中に……!?」
「だから今は備えてくれッ!! 僕ら探査者は命を捨てても必ず平和を掴む! そしたらその平和をどうか、どうかこの地に暮らすみんなが次に繋げてくれッ!! そのためなら僕はなんでもやる! 探査者はなんでもやる!! ……もう、みんな自分勝手に暴れる時じゃないって分かってるだろうッ、なあッ!!」
「────!!」
力の限り叫ぶ光太郎の想いが、心が、魂が聞く者すべてを勇気づける。絶望に打ちひしがれた今だからこそ、少年の熱い気持ちは伝播していく。
もはや理屈ではなかった。理屈さえ超えて人を引っ張る、まさしく引力を持った存在感。巨大な太陽を、人々は早瀬光太郎に見る。
そして彼らの目に、瞳に生気が取り戻されていくのを涙ながらに華は見た。夜闇を切り開く太陽の輝きが黎明を告げるように、夜明けを迎える人々の心。
まるでそれは、父のような存在感。あるいは祖父にも似た力ある姿。これまでに光太郎へ感じていたものは間違いではなかった。
彼は、権藤親子にも対抗し得る力を秘めている!
「そうだ……! まだ終わっちゃいねえ! こんなんで終われるかよ、なあ!」
「よくも、よくも私らの故郷を踏みにじってくれたわね、反能力者連合……権藤財閥!! 叩きのめしてやる……平和を取り戻してやる!!」
「光太郎……っ!! へっ、年端もいかねえガキが一丁前に吠えやがって! これじゃ俺ら大人だって、やる気になるしかねーじゃねーかぁっ!!」
呼応して立ち上がる人々。もはやそこに能力者、非能力者の区別はない。
踏み躙られた故郷、誇り、生活、平和。それらを取り戻せるのは他ならぬ自分達だけなのだという叫び。光太郎の心に魅せられた彼ら彼女らに、もはや先ほどまでの絶望はない。
1960年末、第三次モンスターハザード勃発。
反能力者連合蜂起の末、中部地方は日本国内にあって隔絶封印され陸の孤島と化す。
しかしそのなかで産声をあげた英雄の卵が一人、その名は早瀬光太郎。太陽のような黄金を放つ快男児が今、たしかに事態を打開する運命を背負い立ち上がったのだ。
後の世において、日本を代表する大探査者として名を刻む"大親分"の若き日。華々しい活躍に彩られた人生における、最初の大戦。
中部地方をかけた総力戦が今、幕を開けようとしていた────
これにて第三部前編は完結です!ご愛読ありがとうございましたー!
後編は今年の12月頃を目処にスタートしますー
よろしくお願いしますー