エリスの故郷であるその村は、戦いの地となった森林からはそう離れていない場所にあった。荒れ気味の土地ながら田畑がいくらか拓けた農村である。
近場には牧場もあり、トナカイが思い思いに放牧されていてどこか牧歌的な空間であるようにヴァールには見えていた。
その村の中央部にモリガナ家はあった。言うまでもなくエリスの生家である。
訪ねれば慌てた様子で中から、彼女の家族が飛び出てきていた。さしあたっては父母らしき男女が、エリスに抱きつく。
「エリスッ! ああ、良かった生きてくれていたんだなあ!」
「それでも怪我をしてるじゃないっ! なんてこと、すぐにお医者様を呼んで来ないと……!」
「あ、あはは……ただいま。その、見かけほどの怪我じゃないから普通に手当てで済むわよお母さん。お父さんも、心配かけてごめんなさい」
まだ40歳手前程度で若々しいその両親が、しきりに安堵と心配を口にしている。
ヴァールの目の前で抱きしめられて気恥ずかしい照れを覚えるものの、心配をかけてしまったという自覚はあるためエリスはなされるがまま謝罪をするばかりだ。
さらに家の奥のほうから10歳前後の少年少女が二人、こちらも慌てた様子で駆けてくる。
おそらくは弟妹だろう──当たりをつけたヴァールを肯定するかのごとく、子供らもまたエリスに抱きついた。
「姉ちゃん、死なないでー!」
「やだ、やだよエリスお姉ちゃーん!!」
「あ、あらあら……アーロ、アイナ。大丈夫よ、お姉ちゃんは生きてますからねえ」
こちらも大騒ぎの有り様で、やはりエリスとしては苦笑いしつつも抱き返してあやすしかない。
もはやヴァールはすっかりと傍観者だが、さりとて決して悪い気分ではない。家族の仲睦まじい様子を見るのは嫌いではないのだし、ましてやそれが自身の見込んだ少女であるならばなおのことだ。
あまり発展している農村ではないし、裕福とは言い難い財政状態でもあるのだろう。それでも、エリス・モリガナという少女にはたしかに家族を愛し愛されるだけの環境があり、そこで育まれてきたのだ。
それもあってあのように気高く素晴らしい心根を持った探査者となったのだろうと、先だっての戦いの際にすっかり気に入った彼女の精神性、正義感に納得のいく心地だ。
しばらくモリガナ家の様子を微笑ましくも眺めていたヴァールであったが、家族のほうが冷静さを取り戻した。
ひとまずはエリスを居間につれて人心地つけさせ、傷の手当を行おうとなった段で彼女に気づいたのだ。
戸惑いも顕に、誰何を問う。
「あ。え、ええと……すみません、お構いもなしに。あ、あなたは……?」
「お気遣いなく、素晴らしい家族仲を見せていただた。ワタシはWSO統括理事をしているソフィア・チェーホワという」
「……………………へぁっ!? だだだWSO統括理事!?」
「そ、そう言えば新聞の写真で、見た顔だわ! え、"永遠の探査者少女"!?」
「この地のスタンピードを鎮圧すべく駆けつけたところ、御息女を見つけ救助し共闘した次第だ。そちらのエリス嬢を助け出せて、ワタシとしても安心している」
普段であればこのような時、多少ソフィアの人格を真似た言動を取りがちなヴァールだったが、あえてここでは素の話し方を行う。
誰あろうエリスにはすでに、己の正体──ソフィアの裏人格であること──を打ち明けているからだ。彼女を信頼し信用してのことであるならば、その家族に対しても演技をする必要はないとの判断からだった。
もっとも、二重人格体質そのものについては今はややこしいので省いてはいるが。
そしてエリスの家族達も当然、ソフィア・チェーホワについては聞き及んでいた。新聞にもよく記事が書かれる超がつくほどの有名人なのだ、当然である。
何度か写真で見たことのある顔、世界的有名人の突然の登場に、先ほどとは別の意味で慌てる両親。弟妹はきょとんと目を丸くしつつも、まずは何をおいてもエリスを温かな居間に引き入れようとしていた。
ヴァールもまた、それを先にすべきと促す。
「御息女のエリス嬢は命に別状はないものの、それでも負傷しているのはたしかだ。ワタシのことは構わず、早く手当てとスープの一つも飲ませてやってほしい。エリスも、先ほどの話について詳しいことは落ち着いてからにしよう」
「あ、はい。ありがとうございます、ええと、ソフィアさん」
「む、娘を助けてくださりありがとうございます、チェーホワさん! な、何がなんだか分からんがとにかくエリスの手当てだ、母さん!」
「そ、そうね! チェーホワさんもどうぞ、中にお入りください! あなたはエリスの恩人です、どうか、どうか!」
「む……それではお言葉に甘えさせてもらおう。感謝する」
エリスの父母からの提案に、ヴァールはぶっきらぼうながら丁寧にうなずく。まずエリスの傷と体力が癒えるのは前提だが、彼女としても早めに話を詰めておきたいところだった。
すなわちエリスを今後、第二次モンスターハザード解決における協力者として勧誘できるかどうかというところである。
仲間にできるならば、これほど心強い話もないのだが──と、内心にて強く希望しながらも。
ヴァールはそして、モリガナ家にお邪魔するのだった。