大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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不可思議な感情

「が、ぐぁッ────」

「っ────」

 

 ぞぶり、と突き刺したエネルギーブレード越しに伝わる感触。そのおぞましさにエリスはつい、顔をしかめた。

 いきなり現れて、隣人一家を惨殺せしめた残忍無比なる悪漢。断じて赦せない悪党であるが、それでも人間だ。人間相手に武器を用いて傷つける行為には当然慣れておらず、それゆえに抱かずにはいられなかった嫌悪感である。

 

 斬れば光の粒子に変わるモンスターとは異なり、当然血が飛び散る。二刀流のうち一本をへし折って、返す刃で貫いた肩口。

 致命傷ではないだろうけれど、間違いなく深手だ。痛みも当然あるならば、男の戦意をもこれで挫けたかもしれない。

 

 ──しかし。

 苦痛にうめきながらも、男は凄惨な笑みを浮かべた。

 闘志、戦意。そしてそれ以外にも何か、熱を秘めた表情で、エリスをただじっと見ている。

 全身に駆け巡るおぞましさ。粟立つ肌を実感して、エリスは息を呑んだ。

 

「…………っ!!」

「ひ……ひっひひひィ……!! やる、じゃねえか、田舎娘。こ、この俺様に、こんなダメージを与えるなんてよ」

「あ、あなたは……!?」

「おもしれー女だ……! 屈服させてやりたくて仕方なくなってきたァっ!!」

 

 血を吐きながらなお笑い、叫ぶ男。片方の腕はすでに動かず、手にした剣も切断されて地に落ちている。だがもう片方は健在だ、ならばまだまだ戦える。

 エネルギーブレードに貫かれた肩口を、さらに押し込むようにしながらも彼は前進した。痛みに呻き涙すら流すも、目だけは爛々と煌めき、凄絶な笑みのままエリスを見つめる。

 

 悪夢のような熱視線。探査者であるとか戦士であるとか以前に女性として、耐え難い気持ちの悪さにエリスはついに後退した。エネルギーブレードを抜き取り、後方へ下がる。

 だが──!

 

「逃げるなよ田舎娘っ! 俺とヤろうや、なぁぁッ!!」

「くぅっ!? は、離れて!」

「俺をぶっ刺したんだ、だったらテメェもぶっ刺してやるよォ! 内臓の敏感なところの奥底までグリグリしてよぉぉぉ、あひあひ言わせてやるってんだよぉぉぉっひひひひゃあぁぁぁっ!!」

「ひっ……気持ち悪いっ!!」

 

 涎すら垂らしてエリスに追いすがる男が、続けて片腕だけでも剣を振るい襲いかかってくる。それをエネルギーブレードで応戦しながらも、エリスは率直なおぞましさを口にした。

 血を流して、それでも笑って向かってくるモンスターなどいなかった。目を大きく開き、口元を限界まで吊り上げた笑みで迫りくるモンスターなどいなかった。

 

 ましてや……ここまで危害性を剥き出しにしてくる、悪意に満ちた暴言を放つモンスターなどいなかった!

 ダメージの深度は間違いなく敵のほうが大きい、けれどあまりの気迫にエリスは、心が呑まれてしまっていた。

 

 あからさまに怯えながらもナイフを振るう。その刃には未だ《念動力》によるエネルギーの刃が伸びており、受け止める男の剣を確実に削り、断ち、へし折っている。

 男もそれは分かっていた。この近辺のスタンピードがなぜだか鎮圧されたことを受け、上司に言われて偵察してきてみればこの有り様。

 

 まさかこんな田舎の寒村に探査者がいるとも思わなかったし、ましてやいかにも楚々とした純朴でただ美しいだけの田舎娘が、こうまで強く、己を瀕死にまで追いやってくるなどとは!

 間違いなく彼は今、窮地に瀕していた……だというのに、男は自分でも不思議なくらい、燃え滾る何かに突き動かされて剣を振るっている。

 

「ああぁぁあぁぁあ〜!! イイ、イイぜその面ァ! ふっ、不思議だァ、お前の泣きヅラ見てると力が湧いてくるぅッ!!」

「な、何を、このっ……!」

「オメーみてぇな女は初めてだッ!! なんだこの感覚は、お前をブチ殺したくてブチ殺したくて堪らねぇぇっ!! 見てくれよ、なあ、なんか知らねえが俺ぁ今よ、わけわかんねーくらい興奮して──」

「そこまでだっ!! 《鎖法》、鉄鎖封縛!!」

「ッ────ちいいっ!!」

 

 信じがたいほどの興奮を、まさに象徴しているかのようにいきり立つ己を自覚して叫ぶその瞬間に、あらぬ方向から声が飛んできた。

 瞬間、野性的な本能を剥き出しにしていたがゆえか即座に感知して男は大きく飛び退いた。寒村の家、その屋根にまで能力者特有の跳躍力で移動したのだ。

 

 そうして余計な邪魔をしてくれた、何者かに半死半生のまま苛立ちを隠さず視線をやる。

 思わぬ顔がそこにいた。彼でも知っている、WSO統括理事の姿だ。

 

「…………ソフィア・チェーホワだとォ? なんであんなのが、こんなド田舎にいやがるんだ」

「エリス! 無事かエリス・モリガナッ!!」

「ゔ、ヴァール、さん……!」

 

 こんな場所で遭遇するには、あまりに違和感のある大物。彼の属する組織においてはまさしく不俱戴天の怨敵たるチェーホワが、なぜだかここにいて今しがたまで戦っていた女を庇い立てている。

 疑問は尽きないが、それでも一つ、ソフィアとエリスのやり取りから男は察したことがある。それこそがここに来て得られた最大の収穫だと、流血もそのままに男は嗤う。

 

「────エリス・モリガナ。モリガナ、かァ」

 

 男本人にも理解不可能なまでに目を惹く、あの美しい田舎娘。

 屈服させ、踏みにじって殺したくて堪らない、そうすることを想像するだけで心が昂って仕方ない、まるで運命のような相手。

 

 その存在と名前を知ることができたのが、ここに来た一番の収穫だったのだと男は何度も、何度でもその名をつぶやいていた。

 そしてそのままに、男は屋根から屋根へ飛び去って村から離脱したのである。

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