大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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決意。あるいは致命的な選択

 屋根から屋根へ飛び移り、血を撒き散らしながらも撤退するその男へ。ヴァールは一応ながら《鎖法》による攻撃を図ったが、捕捉しきれる範囲ではないと直感的に理解していた。

 半死半生並の深手を負ってなお、俊敏に動くその様子から相当な高レベル能力者だと悟ったからだ……少なくとも村民やエリスを気遣いながら同時に追い縋れるような相手ではない。

 

 流血の様子からして途中で力尽きているかもしれないし、逃げ延びるにせよ血痕から足跡を辿れるかもしれない。

 そのあたりは先程までこの村の村長宅の電話を借りて呼びつけていた部下達と話を詰めるとして、今はこれ以上の被害を増やさないよう、彼女は周囲に警戒しつつもエリスに声をかけた。

 

「大丈夫か、エリス。すまない、遅くなってしまった……村長の家で電話を借り、部下と連絡をつけていたのだ。じきに近くで活動しているWSOのエージェント達が来る」

「は、はい。ありがとうございます、ヴァールさん……それよりも、こ、殺された人が……」

「…………ああ。何があったか分からないが、先程のあの男によるものなのだろう? まさか、こうまで早くスタンピード鎮圧を察知して強襲してくるとは、な。《鎖法》」

 

 震えるエリスの声に、沈痛な面持ちでヴァールは答え、犠牲となった村民一家を見た。

 首を刎ねられた親子三人。血溜まりに沈み、否応なしに人の死というどうしようもないリアルを見せつけてきている。寒村の地獄。

 

 部下達が来ればすぐさま地元の警察とも連携して動くつもりであり、そうなると当然遺体の回収も丁重な弔いも行うのだが……それ以前の今も、こうして野晒しにしているままというのはあまりにも惨い話だ。

 ゆえにヴァールは《鎖法》を応用させた。左腕から無数の細かな鎖を放ち、三人の骸を覆い隠すようにドーム状の膜を形成したのだ。

 

 これで外からは誰も彼らを見ることはできない。ショッキングな光景に村人達が辛い思いをすることは、ひとまずは免れるだろう。

 同時にエリスの心身にも、これ以上の負荷をかけることは避けられる。ヴァールはそして、気遣いながらも彼女に告げた。

 

「……先程の男、おそらくは今回のモンスターハザードの首謀組織"能力者解放戦線"の一員だろう。予想外に身のこなしが良かったことから戦闘要員なのは間違いなく、明らかに高レベル能力者なことから組織内でもなんらかの役職についている幹部格の可能性さえある」

「能力者、解放戦線……! どうして、なんのためにこんな酷いことを!」

「それは未だ分からん。組織名から察するに、能力者に関する何かしらの主張をしたいのだろうが、それでやることがこんなことではどうあれろくなことになるまい。実際、奴らはすでに各地でスタンピードを引き起こしているからな」

 

 小さな手に握り拳を固め、能力者解放戦線への怒りを露わにするエリス。先程の二刀流剣士との戦いの中で感じた義憤が、同じく抱かされた恐怖心や嫌悪感を凌駕して胸に炎を灯すのが彼女自身には自覚できた。

 すなわち使命感、正義感だ……能力者解放戦線を野放しにはしておけない。これ以上、生命と尊厳を踏み躙られる人々を出させるわけにはいかない!

 

 ここに至るまで、ヴァールからの勧誘に対しても乗り気でなかった。地元に残り、ダンジョン探査者として日々を恙無く送る。愛する家族とともに。

 それがエリス・モリガナという自分の身の丈に合った暮らしだと信じていた。いや、今も信じている。

 

 それでも。

 それでも、このような無法を見てしまってはもう無理だ。何もかも忘れて、一人安全圏でのんびりと暮らすことなどできるわけがない。

 隣人を殺された、その時点ですでに日常は壊されているのだ。先程のスタンピードのような事態もまた起きないとも限らない、そうなれば今度は他の村民ばかりか愛する家族達まで犠牲になる。

 断じて、そんなことは認められない!

 

「……ヴァールさん。先程のお話、ぜひともお受けしたく思います。この、第二次モンスターハザードにまつわる戦いに、どうか私も連れて行ってください」

「! 良いのか? ワタシとしては助かるがしかし、君にはこれを拒否する権利があるのだぞ」

「能力者解放戦線を倒し、頻発するスタンピードの元から絶たなければこの村にも、この国にも、この世界にも安全なんてあり得ないのだと知りました。かけがえのない隣人達の無念、悔しさ、怖さを晴らし……そして今なお生きる大切な人々を護るためにも! 私にできることがあるなら、やりたいんです!!」

「エリス……モリガナ」

 

 恐れを知ってなお、勇気とともに立ち上がり悪と戦う決意を見せる。エリスの眼差しに、ヴァールは息を呑み静かに圧倒された。

 実力的にはまだまだこれから、才能の塊と言えるが伸びしろ十分の発展途上の若者。だというのに放つ気迫は歴戦の勇士さながらにして、眩いばかりの正義感も見せつけてくる。

 

 元よりエリスを見込んでいる彼女が、断る理由などどこにもなく、空いた右手を彼女に差し出すヴァール。握手を求める所作だ。

 上司と部下ではなく、ともに戦う戦友として、仲間として……尊敬すべきエリス・モリガナに、改めて共闘を申し入れたのだ。

 

「頼む、力を貸してくれエリス。この戦いには君の力が必要だ。ともに能力者解放戦線を打ち倒し、スタンピードの魔の手から人々と世界を護り抜こう」

「はい! よろしくお願いします、ヴァールさん!」

 

 差し出された手を強く握り返す。

 エリスとヴァール。ここに、新たなる絆が結ばれたのであった。

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