一方その頃────
エリスの村を襲撃し、ヴァールからの追撃をも逃れた男はすでに遠くの草原まで離脱しており、半死半生の傷を負いながらもどうにか生き永らえていた。
エネルギーブレードによって貫かれた肩口からは鮮血が流れて止まらない。大した威力だと、自身でも不思議なまでに沸き起こる愉快さに彼は笑みを禁じ得ないでいた。
「くひ、くひゃはははははは……! 田舎娘、モリガナ……エリス・モリガナァ……! や、やるじゃねえかよ本当に、うひ、うひへへへへへっ」
「…………気色の悪い光景だ。意気揚々と出撃した男が、見るからに瀕死の重傷を負ってなお嬉しそうに笑っている。何がどうした? マゾか、貴様は」
興奮冷めやらず、肩口の傷を愛しむように無で擦る。当然走る激痛さえもあのエリス・モリガナからのものだと思うと余計に嬉しくて、男はさらに昂りの哄笑をあげた。
そんな彼にかけられる声、一つ。赤色のシャツと青色の肩掛けカバンがやけに目立つ、北欧系の青年が気づけば男の側に立っていた。
男にとっては馴染み深い青年だ……同じ組織の同士であり、かつ今回の作戦行動においてはタッグを組んで動いている、相棒。
けれど今は余韻に浸る楽しい時間に水を差されたことへの苛立ちで、血まみれの男は牙を剥き出しにして呻くしかない。
「ニルギルド……! 邪魔すんなよ、俺ァ今、素晴らしい宿敵から受けた傷を感じるのに忙しいんだよ」
「…………マゾだな、貴様。というか宿敵だと? 日本から来たばかりの貴様に、この北欧での知人がいたとでも言うのか」
「なわけねーだろ。さっきのスタンピードを鎮圧しやがった田舎娘の探査者だよ、エリス・モリガナっつってなァ……大したもんだぜ、俺を一人でこんな目に遭わせやがった。情けねぇが半殺しにされたぜ。くひゃはははは!!」
「……………………血を流しすぎて錯乱しているな。とりあえず帰り、傷を癒やせ。すぐにWSOの犬どもも来るだろう。急がねばな」
ニルギルド。そう呼ばれた青年は男の異常行動に呆れ、ひとまずこの場を離脱することを提案してカバンから医療キットを取り出した。
中から針と糸、消毒薬と包帯を取り出す……ニルギルドにも医療の心得はないが、この手の処置は慣れていた。男の頭を鷲掴みにして強引に引き倒し、馬乗りになって動きを抑える。
突然の暴力。しかし男のほうはまったく動じずにそれを受け入れる。抵抗する力さえもはや残っていなかったのもあるが、相方の行動の意味を理解していたというのもある。
ここに来るまで、散々に血を垂れ流してきた。離脱間際に現れたソフィア・チェーホワならばすぐさま部下を使って追跡を図るだろうし、そうなれば当然血の跡を負って来る。
つまりすぐにここまで追手はやって来るのだ。逃れるにせよまずは止血を図るのは彼の生命維持のためにも逃走のためにも必然の成り行きだった。
消毒薬が傷口にぶち撒けられ、すぐさま針が男の身体を貫く。朦朧とした意識に気付けとなるような鋭い痛みが、彼の意識を一気に引き戻した。
「────!! が、ぁぁぁあぁぁぁっ!!」
「この傷でよくもここまで逃げ延びられたな。常人ならば即死だろうに、さすがは高レベル能力者といったところかな」
「に、にる、ぎるど……!」
「動いてもいいぞ、手元が狂ってもやることは変わらん。というか、生存本能か知らんが貴様……男に乗りかかられて興奮するな、殺すぞ」
「テメェに、じゃねえ!! モリガナ、あの田舎娘と殺り合ってたら変に、こ、興奮しちまったんだよ……!?」
「…………ふむ」
意識を多少明朗なものにさせて悪態をつく男だが、ニルギルドは気づいていた。生理的なものか本能的なものか、この男の股ぐらがいきり立っていることに。
ひどい薄気味の悪さを覚えつつ処置していると、男は釈明するかのように語る、エリスという名の謎の探査者らしい存在。
どうもその女がこの男をここまで痛めつけたようだが、しかしそれで興奮するのは明らかにおかしい。異常だ。
いや、世の中にはそういう癖の人間もいるのだろうから異常とまで言うのは良くないが、しかし────
針を指し、糸を通し、傷口を縫う。機械的にそれを繰り返しながらも幾ばくかの逡巡。
傷に呻く男の心理状態に、ニルギルドはそれなりに理屈のつく推測を立てて己を納得させた。それを踏まえた上で、端的にこの男を罵る。
「変態だな、貴様」
「ん、んだとぉっ!? ……ぐぅぅぅううぅっ!!」
「そのエリス・モリガナとかいう田舎娘も気の毒に。正しい行いをした結果、とんでもない変態を覚醒させてしまったとは。こうなるとこの男は止まるまい────なあ、火野源一。貴様、そのエリスとやらとまた戦うのか?」
「ぬぅううっ! ぬぅあ、ぬがぁああぁぁっ!? ──ったりめぇだァ! 俺ァ、すっかりあの女が気に入ったァ!! どっちかが死ぬまで追い縋ってよう、どっちかが死ぬまで殺し合ってやるのさァ!! そ、そうしたいんだよ無性によぉぉぉぉっ!!」
どうやら男──火野源一本人にも自覚はないようだが、とニルギルドは会ったこともないエリスへと同情を向けた。
彼は雇われて組織にいる人間だが、己の行いが悪であることは重々承知の上だった。当然、コンビを組む火野も大概な悪党であり人殺しを愉しむクズなのだが、さらには変態性癖にまで目覚めてしまったとは。
痛みと苦しみ、それと裏腹のエリスへの想いに顔を火照らせ恍惚とした叫びをあげる火野。
辟易しつつもニルギルド・ゲルズはそのまま彼に施術し、傷口を塞ぎ止血をして彼を連れてその場を後にしたのであった。