レベッカ・ウェインとの電話でのやり取りを終えてヴァールは、後ろに控えるエリスに向き直った。
敵襲撃者との交戦から数日。WSOエージェントの懸命な追跡の結果、連中の足取りが一応でも掴めたことを受けての今。仲間であり部下でもあるレベッカと合流して敵を追うべく、村長の家の電話を借りて今後の予定を彼女と詰めていたのだ。
その結果を、期待する若手にも伝える。
「……連中はおそらく港町へ向かったようだ。それらしい風体の男が二人、エストニア行きの船便を使った形跡が見られた。これからその港町へと、途中で拾う予定の仲間と行くぞエリス」
「エストニア……!? え、あの、海外まで行くんですか? ええと、ビザとかパスポートとか今すぐには用意できないんですけども」
「心配するな、すでに手配は済ませてある。お前にはただでさえ無理を言って同行してもらうのだ、余計な手間は食わせんさ」
隣人を殺されたことから、件の男が所属しているとされる組織・能力者解放戦線に立ち向かう決意をしたエリス・モリガナ。当然誘ってくれたヴァールとともに連中を追う覚悟ではいたのだが……まさかいきなりフィンランド外に向かうというのは予想外だった。
動揺して困惑がちに相談する彼女だが、ヴァールとて当然そのあたりは把握している。そもそもが言っては悪いが田舎の寒村に住む、18歳の村娘に海外渡航をする用意などできているわけがないのは自明の理だ。
ゆえに、ヴァールは彼女を引き入れた時点ですぐさま部下に連絡して手筈を整えていたのだ。それは言い換えればエリスという探査者に寄せる期待の大きさの表れでもある。
完全に偶然見出だせた若手。極めて特異なスキルの用い方をして凶悪なモンスターや犯罪者にも立ち向かう正義の信念を持った、新時代の探査者。
あえて言うならばヴァールは、エリスにはいつか自分さえ超える探査者となってほしいと思うほどに気に入っていたのである。
「エリス。君がその身に秘めた力、素質は莫大なものだ。ワタシやこれから合流する仲間達とともに能力者解放戦線と戦うなかで、少しずつでもその才覚を引き出していってくれるのを期待する」
「は、はい……ご期待に添えられるかはともかく、このモンスターハザードからは一歩だって退くつもりはありません。絶対に、何があっても最後まで戦い抜く気概でいます」
「それでいい。その気構えさえ持っていてくれるならば、自ずと力は引き出されるだろう。あまり気負うことなく行け、ワタシ達が必ずフォローしてみせるとも」
「…………分かりました!」
あるいはそれは、過剰なまでの期待だろう。けれどエリスはヴァールの、無表情のなかにも情熱を秘めた眼差しから目を逸らすことなくしっかりとうなずいた。
単なる村娘である自分に、どれだけのことができるか分からない。秘めた才能など、言われたとて引き出せるのかも知らない、あるのかさえ分からない。
それでも、決して敵から目を逸らすことはしない。決して逃げ出すことはしない。自身が一歩下がればそれだけの分、多くの人が危険に晒され犠牲になる。数日前殺された、あの一家のように。
優しい隣人達だった。あんなふうに殺されて良いはずもない一家だった。今は葬儀の上で丁重に弔われたけれど、生前の姿と最後の叫びは今もエリスの胸を痛ませる。
許すことはできない。彼らを殺した異様な男も、その男が所属していると思わしい能力者解放戦線も。そしてスタンピードをもって人々を脅かすモンスター達も。
復讐心ではなく、それはエリスの信念から。彼女は自身の信じる、一つの理を胸にやつらと戦う決意をしていた。
すなわち──犯した罪に、等しき罰を。
罪を犯したのならば罰はあるべきであり、そしてそれは法の下に定められた、適切なものであるべきだという信念。
田舎の村に暮らしている彼女だが、備えた美貌と教養は天性のものだ。称号にもある《聖女》とはまさしくエリスにこそふさわしいと、周囲ばかりか近隣の村や町の者達みんなが讃えるほどに、彼女はまさしく才媛なのだ。
「よろしくお願いします、ヴァールさん……今すぐに出発するんですか? 一応、荷物の準備はしてますけど」
「ああ、直にWSOの者が車を寄越してくる。それを使って合流地点へと向かうぞ……だがその前に、ワタシもやることがある。君に、もう一人のワタシを見せておかなくてはな」
「え?」
旅支度も済ませた、家族にも暫しの別れを告げた。きっとこの村に返ってくる時は、すべてを終わらせて平穏を取り戻せた時だ。
準備万端のエリスにうなずくヴァールだが、ふと意味深なことを言って彼女を見つめ返してきた。もう一人の自分、という言葉に、エリスは瞬間的に目の前のWSO統括理事の秘密を思い返す。
ソフィア・チェーホワ──そのもう一つの人格、それが目の前で話している無表情の少女ヴァールだ。
であるならば、今の物言いから察せられることはただ一つ。もう一人のヴァールこと、ソフィアが出てくるのだ。
静かに、ヴァールが目を閉じた。そしてすぐに目を開く。
穏やかな眼差し、薄く微笑む口元。先程までの無表情な冷淡さとはかけ離れた、日向のごとく温かで柔和な表情は同じ顔だと言うのにまるで別人の印象を与える。
いや、まさしく別人なのだ。エリスが息を呑む中、彼女はそして、口を開いた。
「────あら。ええと、うふふ」
「…………っ!? あ、あなたは、ヴァールさん、ではありませんね。WSO統括理事の、そ、ソフィア・チェーホワさん……!」
「さすがね、モリガナさん。あのヴァールがやけに推してくるだけはある聡明さだわ。私達のこの体質この状態に、すぐさま合わせてくれるだなんて」
ウインクを一つして、彼女……ソフィア・チェーホワはいたずらげに笑った。
ヴァールとは似ても似つかない、豊かな感情表現だった。