翌日、早朝。日の出から少しした頃合いにエリス、ソフィア、レベッカ、シモーネの四人はWSOエージェントが手配した車に乗って港町へと向かった。
今日はここから午前中に船へと乗って、昼前にはエストニアへと向かう……時間にして数時間。夕方には十分宿を確保しているペースとなる。
港町までは車でさほど遠くはなく、精々一時間くらいだ。
車を運転するシモーネが安全第一で走行する中、後部座席に座るレベッカが、隣のエリスに話しかけた。
「っつーわけでよエリスちゃん。エストニア着いて宿取れたら全探組行ってダンジョン探査の依頼取ろうや。規模の小せえ、簡単にこなせそうなやつで良いからよう」
「え……」
「レベッカさん?」
「何を言いだすのかしら、レベッカちゃん」
突然の提案。
不敵な笑みを浮かべる女傑に、話を振られたエリス本人はもちろんのこと運転席のシモーネも、助手席にて地図を広げていたソフィアですらも怪訝な面持ちとなる。
全探組──各国にある政府直属の探査者管理運営組織である全国ダンジョン探査者組合協会の略だ。
普段から探査者はそこの施設に出入りして各地にあるダンジョンを探査する依頼を受け、実際に踏破し、そしてその報酬を得て生計を立てている。
つまるところレベッカはエストニアに到着次第、その町にもある全探組施設へ向かいダンジョンを探査する手続きをしようと言っているのである。
これは探査者としてごく日常的な、当たり前のことをしようという提案なのであるが、さりとて今現在の状況に沿ったものであるとは言い難い。四人はこれから犯罪者を追ってエストニアへと向かうのだ。
10年以上の付き合いとなるソフィアは、またこの子は何か変なことを思いつきで言って……と深々ため息さえ吐いている。これを受けてレベッカは笑みを収めて、真面目な話だと師匠とも言うべき統括理事へと言ってみせた。
「実際問題、このエリスちゃんの実力がどんなもんかってのは把握しとかにゃあならんでしょう? だったらぶっつけ本番じゃなし、路銀稼ぎがてらにでもダンジョン潜って実地で見聞するのがいっちゃん合理的と違いますかねソフィアさん。エストニア着いたらひとまず、宿を取るわけですし?」
「…………そうねえ。一理はあるわね。私はヴァールが強く推すからそれを信じてエリスちゃんに期待しているけれど、レベッカちゃんやシモーネちゃんの立場からするとそうもいかない、か」
「もちろんヴァールさんの言うこった、万に一つも間違いはねえって確信してます。エリスちゃんは間違いなく天才なんだろーし、実力もあるんだろーし、何よりその意志の強さとか筋の通り方みてーなのは、ここに至るまでの立ち居振る舞いでももう分かってますし。なぁシモーネ」
「えっ……あ、あーと? えーとその、意志だか信念はちょっとアレですけど、強さについては正直半信半疑なところはあるかなーって、あはは」
いきなりヴァールが連れてきた、期待の新星らしき新米探査者エリス・モリガナ。その瞳の煌めきや意志の強さはレベッカもすでに一目置くところではあるが、肝心の実力については未だ分からぬままで、そこが引っかかるポイントだった。
もう一人のソフィアといえるヴァールの言うことに嘘偽りはなく、であればエリスは相当な素質と才覚を持つ探査者なのだろう。けれど話に聞くだけでは、シモーネほどではないにしろ若干疑い気味になってしまうのも当然の話ではある。
ゆえに、手漉きのタイミングを見計らってダンジョンに潜り、実地見聞と行くのだ。これからともに戦う仲間の強さを、正しく評価し見積もるために。
それは翻ってエリス自身のためでもある……もしも、万一にもヴァールが過度な期待を寄せているだけでそこまでの実力でないのならば、悪いことは言わないから故郷に帰るべきだと告げたほうが彼女の今後の人生にとってきっと良いだろう。
そう、レベッカは考える。
(田舎の村娘だってぇ話だし、よっぽどのもんじゃねえんなら帰してやったほうが良い気もするんだよなあ、これが。ヴァールさんは言わずもがな、私や、あとシモーネなんかも一応これでも今の探査者ンなかじゃ上澄みだもんでよ。半端な子じゃあ、きっと能力者解放戦線との戦いにはついていけねえ。そいつは、善くねえ)
隣の、困惑しつつもやはり強い意志を秘めたエリスを見る。
いくらか話た程度だが品が良く優雅で美しく、それでいて優しさと芯の強さを秘めた良い子だ。豪放磊落なレベッカや実力がある割に卑屈で嫉妬深いシモーネとは異なるタイプながら、人として好意に値する娘だとすでに思えている。
だからこそ、そんな彼女が分不相応な戦場に駆り出されて消耗されるようであるなら、それは止めてやりたいと思うのだ。
モンスターハザード。12年前の第一次を乗り越えて今また第二次を迎えるレベッカにとって、能力者同士の戦いで摩耗する者などいないに限ると考えるがゆえに。
「まあ、ちょっとした見定め、テストさエリスちゃん。悪いんだが付き合ってくれねえか? 頼むよ、このとーり」
「……分かりました。私も今よりもっと成長するつもりではいますが、まずは現状がどのくらいなのか。伸びしろがどのくらい残っているのかをぜひ、先輩のみなさんに御指導御鞭撻いただけたらと思います。よろしくお願いします!」
そんな内心を隠しつつ、軽く茶目っ気めかして頼むレベッカに、エリスは強くうなずいた。
敵を、能力者解放戦線を追うWSO統括理事達についていくのだ。それ相応の実力を示さねば足手まといになる。それだけは避けたいがゆえに、教えさえ請いつつの承諾。
かくして一行はフィンランドの港町を経由してエストニアへと向かう。
そして到着次第、宿を確保できればそのままダンジョン探査へと挑むこととなったのである。