エネルギーもすっかり補充して、いよいよダンジョン探査である。
エリスがレベッカ、シモーネ両名にその力を認めさせ、今後もともに戦うに足るか、仲間として扱うにふさわしいかを示すための重要な探査だ……それゆえかヴァールは半ば、立会人めいたポジションに立っていた。
港町から少し離れた広野、拓けた草原にポッカリと空いたダンジョンの入口たる大穴。
そこに今回潜り、エリス達はモンスターと戦うのだ。確認するようにヴァールが話し始める。
「今回、探査するダンジョンはそこまで規模は大きくなさそうだ。事前調査の結果、おそらくは3階層で部屋も8から10個程度だと目されている。とはいえ外からダンジョンの内部を推し量る調査技術はまだ発展途上だ、現状ではあまり信用し難いところはあるがな」
「情報を信じるならまあそこそこってとこっすかねえ。後は出てくるモンスターの質と量……エリスちゃん、アンタを見定めさせてもらうためのこの探査だが、だからって無理して死ぬまでやれとか言うつもりは一切ないからね。ヤバそうだったらすぐに助太刀すっから、そこは安心してまずは普通に戦ってみてくれよな」
「わ、分かりました!」
エリスの力試しということもあり、何を置いても見るべきは当然彼女の戦いぶりだ。
それゆえまずは一人で戦うように頼んだレベッカだが、さりとて無謀な戦いをさせるつもりなど断じてなかった。
別段、エリスが嫌いだったり憎かったりして力を示すよう言ったわけではないのだ。
今後予想される能力者解放戦線との戦い、繰り広げられる対モンスターハザード作戦においては実力のない者はいても危険ゆえに……彼女が相応しくない程度の力の持ち主であるなら、今のうちにヴァールを説得してでも戦線から離脱させて故郷に帰すべきだという想いがあった。
その場合はせっかくだから、エストニアの地を優雅に観光でもして故郷に土産の一つ二つでも買って帰れば良い。それだって大事なことだと、レベッカは優しくエリスを見やる。
力についてはともかく、その性格や人格面にはなんら問題のない良い子だ。そういう意味では、すでにレベッカはエリスを精神的には認めていた。だからこそ実力面にも目を向けるのだ。
「エリス、くれぐれも気負うなよ。今、持てる力を発揮すればそれでいいのだ。お前はワタシが見込んだ才能ある探査者だ、そのことをこの師弟に示してやるが良い」
「と、統括理事……あらためてですけどめちゃくちゃエリスのこと、高く見積もってますね……」
「それだけのものを初対面の時に見せてもらったからな。レベッカ、エミール。お前達もきっと驚かされるだろう、エリス・モリガナという探査者が秘めた力の、そのポテンシャルの高さと可能性の奥深さにな」
「は、はあ。むー……」
一方で弟子のシモーネは、エリスにやけに肩入れして力説するヴァールに対し、ジェラシーを隠しつつもそれでも漏れる羨ましさを自覚していた。
今がモンスターハザードという一大事の渦中にあるというのも理由だろうが、ここに至るまでヴァールのなかでシモーネはずっと"レベッカの弟子"でしかない……と、シモーネ自身には思えていた。
レベッカがソフィア、ヴァールとは昔馴染みなのだから仕方ないところはあるにせよ、だったらエリスはどうなのかという気持ちが湧き上がるのだ。
昔からの関係性の延長にすらない、完全なるぽっと出の小娘。それがどうしたことか、シモーネをも差し置いてヴァールに重用され期待を一心に受けている。師匠のレベッカですら、その実力こそ疑っているものの彼女のことを気に入っている様子だ。
統括理事からの期待も、師匠からの好感も、本来は自分だけに与えられて然るべきものではないのか? 私はシモーネ・エミール、あのレベッカ・ウェインの弟子であり今後の探査者界隈を牽引する、期待の新星だというのに!
……そこまで考えて、シモーネはさすがに傲慢な考えが過ぎると軽く首を左右に振った。嫉妬深い気質や謙虚を超えて卑屈にも近しい性格が、時にこうした被害妄想や自尊心の肥大につながりがちなのは、彼女自身にも自覚のある短所だ。
(いずれにしても、エリスの力はこれから分かるんだ……きっと大した事ないよ。大丈夫。いや、別にエリスのことは嫌いじゃないけど、それでもきっと私には勝てないから。絶対大丈夫。ぜったい、絶対……)
内心にて思う。決して他者には打ち明けられないその想いは、誰しもが持ち得るものであるが、だからこそ秘すべきものでもある。
エリスを下に置きたい。紛うことない劣等感と嫉妬と不安感から来る屈服への意欲を隠して、シモーネはエリスに笑いかけた。
「頑張って、エリス! 大丈夫、どんな結果になってもエリスは立派だよ!」
「シモーネさん……はい! どこまでやれるか分かりませんが、精一杯、頑張ってみます!!」
表面上はにこやかに、頼れる姉貴分を気取っての言葉と態度。当然その内面を知る由もないエリスは、先輩からの温かな言葉に微笑み答え、そして真剣な眼差しでダンジョンの入口を見た。
これは試験だ。だがそれ以前に人々をダンジョンとモンスターの脅威から守るための、探査者としての使命の遂行でもある。
臆すわけにはいかない。退くわけにはいかない。どれだけ怖くても、どれだけ敵わなくても──自分は一歩だって譲らない。自分の後ろにいる無辜の人々を、いつだって守り抜くために。
その想いでいつだってエリスは、戦っているのだ。
「────エリス・モリガナ! 参ります!!」
勢いよく先陣を切って飛び込む。手にはすでにナイフを持ち、いつでも戦闘に入れるよう意識は探査者としてのそれに切り替わっている。
追随してヴァール、レベッカ、シモーネも飛び込んだ。ダンジョン探査の始まりだ。