大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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音と光と熱のなかで

「このまま戦っても痛み分けになる。今のお前を相手に加減はできん……レベッカ・ウェイン」

「なァァァにを、吐かしてやがんだァッ!!」

 

 懐に手を入れたまま、ローブ男が静かにつぶやくのをレベッカは、一切意に介せず一気に距離を詰めて斬撃を放った。

 エリスへの友情に燃えたベストコンディションでの勢いは、これまでのいかなる斬撃にもない威力と速度を付与している。

 

 やはりまずい、と男は咄嗟に後退しつつも一筋、冷や汗を流す。元より相手は名高い北欧最強、今しがたも戦って理解したことだが、真っ向勝負ではまず勝ち目がない。

 "閣下"から賜った力あればこそ、初手に致命傷を負わせるだけの奇襲を放てたのだ。それにもしくじった以上、もはや余裕はない。

 

「閣下の御業はもう少しばかり残っているが……ッ!!」

「《剣術》!! ヘビースラッシュ・ゴッデススマッシャー!!」

「……使ってもよくて相討ちッ! ここは逃げの一手あるのみと心得ているのだ! このイルベスタ・カーヴァーンは! ゆえに!!」

 

 迫りくる巨体と斬撃が鼻先を掠める。剣風だけでも魂ごと引き裂かれそうな錯覚さえ覚える威圧に、正直な戦慄に震えながらも男……イルベスタ・カーヴァーンは叫んだ。

 そして懐から手を取り出す。その手に握るのは、特製の閃光弾! 放てば轟音と閃光、そして煙幕さえも垂れ流す逃走用のアイテムだ。

 すぐさまそれを、地に叩きつける!

 

「ここは逃げるのだ! ただ逃げるのだ!! 閣下の下へ、ただ閣下の下へッ!!」

「んぐぬぉぉあっ!? なんじゃこりゃ、光と音がぁっ!?」

「レベッカさん、危ないっ!! ──うああっ!?」

「いかん、スタングレネードかッ!!」

 

 瞬間、迸る熱と光と音とが自然公園を覆った。

 至近距離で受けたレベッカは即座に防御したがそれでも目と耳とに一時的なダメージを受け、少し離れたエリス並びに探査者達もまた、突然の衝撃に地に伏せて避難するしかできない。

 

 絶好の逃走機会だ。イルベスタはその隙に一目散に逃走した。

 これを攻撃に利用することは不可能だった……彼自身の視覚と聴覚もやられている。それでも正確にレベッカ達を掻い潜って逃げ出せるのは、これもやはり"閣下"の力の賜物なのだと彼は口元を歪めた。

 

「見えない、聞こえない。それは恐ろしいことだが……閣下の御業が我が身を守っている限り、このイルベスタ・カーヴァーンだけは対抗し得る。ここは痛み分けとして逃げさせてもらおう、WSOの者ども」

「ちいいっ! どこいやがる、舐めんな、叩っ殺したらァッ!!」

「まったく大変な任務だった。火野とニルギルドを逃がすためだけのことで、私まで危機に踏み込まねばならないとはな。だがまた会おうレベッカ・ウェイン。それとエリス・モリガナ。閣下の大敵ソフィア・チェーホワがいないのだけが気がかりだが、そうも言ってられん。ではな──偉大なるオーヴァ・ビヨンドに栄光あらんことを!」

 

 叫ぶレベッカも、つぶやくイルベスタもどちらも互いの声を認識できていない。視認もできていないがしかし、それでも男のほうは正確な進路で戦場から離脱していく。

 次に会う時こそ、真正面からのぶつかり合いなのだろう。その時が恐ろしくもあり楽しみでもある。

 

 "閣下"──オーヴァ・ビヨンド。

 能力者解放戦線を率いる偉大なる者の名を口にしつつ、そしてイルベスタはその場から完全に立ち去っていった。

 たっぷり30秒ほど熱閃光と轟音の響くなかでの、極めてスマートな逃走劇であった。

 

「く……くそっ! 襲ってきやがれば良いものを、こいつぁ逃げやがったか!? チクショウ、あの優男が好き放題さらしやがってぇっ!!」

「光と熱が、収まる……! レベッカさん! ご無事ですか、ひとまずこちらへ! モンスターもまだいくらか残っています!!」

「っ……分かったよエリスちゃん!」

 

 完全に周囲の警戒が不可能になった今、それでもイルベスタが襲ってこないことにレベッカは即座に結論づけた。逃げられたと。

 怒りが込み上げるままに声を張り上げる。せめて一撃でも入れたかったものを、完全にしてやられてしまった。エリスの期待に応えることが、できなかった。

 

 しかしてそのエリスからの声を、閃光弾の威力が徐々に収まるなかで微かに拾うことができた。まだモンスターが残っているのだ、明らかに能力者解放戦線の一員だろう男を逃がしたのは痛恨だがやれること、やらなければならないことはある。

 剣を握り直して、少しずつ戻ってきた五感でモンスターらしい影を把握する。あと10体ほど、同じように、熱と光と音にやられて苦しんでいるようだが纏う人間への殺気は変わらず、《気配感知》にも反応がある。

 

 となれば、ひとまずはこいつらを殺るのが先決か。

 どうにか戦える段取りを整えて、レベッカが再び剣を握り締めた、その時。

 

「《鎖法》鉄鎖乱舞!!」

「ぐぎょえええええっ!?」

「ぴぎぎぎぎーっ!?」

「ぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろー!!」

「────こいつは! ヴァールさん!!」

 

 蘇りつつある視界に、ワームホールとそこから無数に伸びて敵モンスターを一度にまとめて串刺しにする、鉄の鎖が見えた。

 こんな芸当ができるのはこの世にたった一人しかいない……ソフィア・チェーホワの裏人格、ヴァール!

 シモーネとともに別行動を取っていたWSO統括理事が、ついにこの地にまで現れたのである。

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