エストニアから南方、ラトビアを挟んで存在する国リトアニア。国土の大半を森林に覆われており、数多くの湖を有する美しい自然風景を誇る北ヨーロッパ最南端だ。
その首都、ヴィリニュスの酒場にて。二人の探査者が酒につまみを飲み食いしながら話し合っていた。揃って男である。
「──それで教授。チェーホワ統括理事はいつ頃こちらに来なさるんで? 北欧最強レベッカ・ウェインもいるとんでもないパーティらしいですが」
「ああ、早ければ明日明後日には来るんじゃないかな。エストニアのタリンからこっちまで来るまで飛ばしても半日で到着できる距離だし、今日らあたりは自然公園での戦いを癒やすことに専念するにしても、そこから先は存外早いだろう」
「そいつは何より」
年の離れた男二人組だ。40歳手前ほどの東洋人と、20代半ばの西洋人と。彼らの関係は至ってシンプルに、師弟関係である。
青年の、弟子のほうが中年の師匠の男を指して"教授"と呼んだ。その呼び名が示すごとく、彼は探査者なのだが学者であり、大学で教鞭をも執る教授だ。専門はモンスター学……大ダンジョン時代が到来して以降、急速に学問として成立するようになった新進気鋭の分野である。
日本人、妹尾万三郎。そしてイギリス人、トマス・ベリンガム。
12年前の第一次モンスターハザードの際にWSO統括理事、ソフィア・チェーホワの三弟子の一人として活躍した英雄とその弟子がこの時、他ならぬ統括理事とその仲間達について話し合っていたのだ。
いかにも学者然とした小綺麗なスーツ姿で、ウイスキーをハイボールで飲みながらソーセージを食べつつ妹尾が語る。
「しかし何年ぶりだ、ソフィアさんにしろウェインくんにしろ……手紙や電話ではいくらか、年に一度か二度くらいはやり取りしていたけれど、まさか招集がかかるとは」
「第二次モンスターハザードってんでしょう? 驚きですよこいつは、まさか今頃になって能力者大戦の裏で繰り広げられてた騒動の続きをやろうっていうんですから。ですから教授同様に統括理事の弟子だった人らも、お呼びがかけられたんでしょう」
しみじみと、彼はこの地にやってくるまでの経緯を振り返っていた。ことの起こりはやはり半月ほど前、突然ソフィアというかヴァールから電話で呼び出しがあったことだ。
本拠地である日本で本業の研究に精を出していたところ、いきなり第二次モンスターハザードだなどと言われて協力要請を受けたのである。
これにはさしもの妹尾も目を白黒させつつも、けれど二つ返事でそれに応じた。
第一次の折、仲間達のなかでは明らかに実力で劣りかつ、囚われの身にさえなって足手まといになってしまった苦い記憶があり……それを払拭するだけの機会を常々、内心にて待ち望んでいたのだ。
今回のハザード騒ぎはそういう意味では、妹尾にとってリベンジマッチであると言えた。
弟子のトマスに、そんな胸中については打ち明けずとも当時の仲間達について聞かれ、懐かしさとともに彼は続けた。
妹尾の師とも呼べるソフィア・チェーホワと同門の弟子に近い間柄である、自身も含めチェーホワの三弟子と呼ばれた彼らについてを。
「君も知っての通り、すでにレベッカ・ウェインはソフィアさんと行動をともにしている。12年前は北欧最強と呼ばれつつも、まだまだ私ともども未熟者だった彼女だが……今やその名に恥じない女傑だね。なんだか遠い人物になってしまったものだよ」
「何を言ってるんですかねモンスター学における第一人者が。権威って面においちゃ、教授だってなかなか負けたもんじゃないでしょう」
「実力で足を引っ張らないようにするのが肝要だからね、そこは。まあ、先日も電話でやり取りしたけど相変わらず豪快そうだったから、トマスくんも少しばかり覚悟しておくと良いさ」
北欧最強の探査者レベッカ・ウェインについては、その二つ名の通りだとするならば心強い味方だろう。むしろこちらの実力不足が彼女にどやされやしないかと、若干不安になる妹尾だがトマスはそれを笑い飛ばした。
弟子として育てられてそろそろ10年になるトマスだが、妹尾の実力はむしろ年々、磨きがかけられているように感じている。探査者としての実力ではそろそろ肩を並べるほどかと自負しているのだが、総合力においては未だ師に敵う気がしないのだ。
そんな妹尾で力不足というのはありえないだろう。そこは信頼し、安心しているトマス。
弟子の信頼が重いと、そんな彼の様子に苦笑いしつつも妹尾はもう一人……同じく三弟子にして、けれど自分とレベッカにとっては兄貴分にあたる男について触れた。
「もう一人の同門、偉大なる星界拳のシェン・カーンについては……どうかな、どう動くだろうか? 実のところ彼とは手紙でのやり取りばかりだから、なんとも」
「星界拳……ですか。12年前の大戦で各地の戦闘に割って入ったってのでシェン・カーンは有名ですが、ここ最近はめっきり静かですね」
「当然だろう。彼は中国奥地で一族だけの里を興し、一族内で星界拳を磨き上げているんだから。何やらソフィアさんとの約束事が絡んでいるようだけど、仔細までは私にも分からない」
シェン・カーン。12年前当時では間違いなく、レベッカや妹尾さえ超えて大ダンジョン時代最強格の一人だった戦士。
独自の我流拳法・星界拳を駆使し能力者大戦から委員会との戦いまでを戦い抜いたその豪壮なる勇姿は、未だ妹尾の脳裏に焼き付いている。
多少目立ちたがりなところはあるが冷静沈着な人格者だったところも併せ、当時のソフィアの側近にも近しい立ち位置だった先輩探査者。
そんな彼が今どうしているのかについては、手紙からの断片的な情報しか妹尾も掴んでいない。だからこそ今回の騒動に際してどう動くのか、そこは分からないでいた。
「なんにせよ、もう数日でソフィアさん達とは合流できる。そろそろ休息は終わりだ、用意はしておくんだぞトマス」
「わかってますよ教授。俺達は観光のためにここにいるんじゃないんだ」
ともあれ、予定では近々ソフィア率いる対第二次モンスターハザードチームと合流する。レベッカについてもカーンについてもその時、やり取りすることになるだろう。
その時を予感し期待しつつも、静かに戦意を高めエネルギーを補充する妹尾、ベリンガム師弟であった。