大ダンジョン時代クロニクル   作:てんたくろー

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駆け抜ける嵐

 戦端が開かれる頃合いから少し時間を遡って、昼過ぎ頃。ちょうどエリスとヴァール達がエストニアを抜けてラトビアへと入国している頃合い──

 同国はイェーカブピルスの町中にて、店先で買ったサンドイッチとコーヒーを食べてエネルギー補給を行っていた能力者解放戦線メンバー火野源一とニルギルド・ゲルズは雑談にも似た今後についての話をしていた。

 

 とりわけニルギルドによる提案がなされており、それに火野が困惑している。

 頭のおかしい殺人鬼でも人並みに驚くことがあるのかと、半ば感動さえしながらもにかつて傭兵だった男は東洋人の同僚へと繰り返した。

 

「もう一度言うぞ……火野、貴様はここから自力でリガへ行け。殿というか囮は俺が務めてやるし、道中の隠蔽は俺の持つ《ステルス迷彩》、《気配遮断》、《デコイ》を駆使してサポートしてやろう。お前は逃げろ」

「あぁ? どういう風の吹き回しだよオメーさん。自ら連中相手に負け戦しにいくってのか」

「そうでもしなければ共倒れだと確信したからだ。結局追手は振り切れず、ここまで来たからにはそろそろチェーホワ達も追い縋ってくるだろう。詰み寸前だ、今の状況は」

 

 淡々と、冷徹に現状の袋小路を説明するニルギルドに火野は舌打ちを一つ打った。

 現実的にはまさしくそのとおりで、基本的に楽観的な刹那主義者である彼でさえ、その意見には同意せざるを得ないほどに今は進退窮まる有り様だ。

 

 わざわざ自分達を逃がすために動いてくれていたイルベスタ・カーヴァーンもすでに離脱している。

 しかし彼からの電報によってもたらされた情報から、ソフィア・チェーホワ率いる対能力者解放戦線パーティは確実に先回りしており、当初目指していたリガはすでに押さえられているということが知れたのだ。

 

 さらに悪いことに、であるならばと一路南下し向かうことにしたリトアニアからは、同じくソフィアが招集したと思しき妹尾万三郎とトマス・ベリンガムが北上中。

 このまま行くと確実に何処かのタイミングで遭遇することも予想されたと言う。

 

 WSOのエージェント達も今なおしつこく追跡をしてきている、まさしく四面楚歌の図。

 これにはニルギルドはもちろんのこと火野さえため息混じりに愚痴をこぼすしかなかった。

 

「チッ……クソッタレ。イルベスタの情報がどっかガセだったりしねえのかよ。特に妹尾とベリンガムとかよう」

「分かっているだろう、それはあり得ない。彼の仕入れた情報とはすなわち雇い主たる、あのオーヴァ・ビヨンドのもたらしたものに他ならないのだ。彼女の言うことならば、良くも悪くも確実だ」

「言ってみただけだよ!! ったく、"未来を見るスキル"なんて大層なもん持ってるのは良いんだが、都合の悪いモンまで見やがって。良い未来だけ見たりできねえのかよ」

「できないようだな。良くも悪くもすべてを見通し、そして見たものは見たままに確定させる──《未来予知》だったか。神に選ばれし者と自らを称するだけはあるがな」

 

 互いに苦く笑いあう。彼らを能力者解放戦線へとスカウトした謎の女、首魁オーヴァ・ビヨンドの持つ特異性の中でも最たるものはやはり、《未来予知》という能力だろう。

 彼女の腹心であるイルベスタはこれをスキルの賜物だと言っていた。そして彼女の見据えた未来の一切を、彼は共有して他メンバーに伝達しているのが能力者解放戦線の実体だった。

 

 それゆえオーヴァの《未来予知》の詳細、範囲や精度についてはイルベスタ以外、知る由もないことなのだが……これまでに幾度となく彼女の予言めいた予知を受けてきた火野もニルギルドも、その的確さについてはすでに白旗を上げて認めざるを得ないところだ。

 何しろ良いことも、悪いことも等しくすべてを当ててみせるのだ。イルベスタはこれを、"確定した未来を見るのではなく、未来を見ることでそれを確定させる奇跡"などと言っていた。

 

 その言が正しければ今回、二人が追い詰められているこの状況はある意味すでに確定したものだったと言えるのだろう。オーヴァの未来予知はこの状況をも見抜いていたと、イルベスタは電報にて記している。

 だが……その末路までは見通せていないとも。それこそが鍵、せめてもの間隙だとニルギルドは笑った。

 男臭くも、清々しい笑みだった。

 

「確定した未来の、その先にあるものは未だ誰にも見通せていない。ならば過程はなぞらざるを得ずとも、結果については俺達の意志次第のはずだ……少なくとも俺達の主観としてはな」

「難しい話は聞きたくねえな……要はお膳立てされたこの状況でも、二人まとめて始末されるなんてことは回避できるかも知れねえってことなんだろう? そんで、オメーは俺を生かそうとしていると。なぜだ? オメー単体のほうがよっぽど逃げやすいだろうによ」

「しょせん俺は傭兵だからな。雇われゆえ、優先すべきはやはり正規メンバーだ。それに──チェーホワ達とも一度、真っ向からぶつかりたかったからな。最期にこうした機会を得られること、幸運に思うよ」

「……オーヴァ・ビヨンド。あの女は俺はともかくテメェの未来を見やがったんだな。チェーホワどもと戦う、テメェの姿を」

 

 苦笑いしてうなずくニルギルド。すでに彼はイルベスタから、自身の末路らしい未来は確定されたと伝えられていた。

 そしてそのうえで、だからこそ戦い抜くのだと覚悟を決めたのだ。勝ち目のない戦い、それでも戦うことこそに価値があるのだと傭兵として信じ抜いての決断。

 さしもの火野も、それを茶化すことはなかった。

 

「わかったぜ、ニルギルド……あばよ。短い間だけの相棒」

「さらばだ、火野……きっと生き抜けよ殺人鬼。貴様のようなクズにも、それでも生を謳歌することは赦されているのだから」

 

 顔を見合わせて、最後の挨拶を告げておく。サンドイッチを腹に収めきって、二人はそして車に乗った。

 ──そこからイェーカブピルスを抜ける直前に、ニルギルドは自身の持つスキルで火野の偽装工作と隠蔽を施し離脱させ。自身はそのまま南下し、妹尾万三郎とトマス・ベリンガムの待ち受ける道へと駆け抜けるのだった。

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