一陣の風が吹き抜ける、静かな道路の上で。
捕縛したニルギルド・ゲルズが応急手当を受けながらWSOのエージェントに回収されていく姿を、エリスは複雑な思いで見守っていた。
能力者解放戦線メンバーにして、火野源一の逃亡を幇助していた輩だ。
人々の安寧と秩序を脅かす犯罪者が逮捕されたのは掛け値なく喜ばしいことだが、しかして今しがたの戦闘から浮き彫りになった彼の本音に、衝撃を受けたのも事実だった。
12年前の能力者大戦。世界全土を巻き込んだ地獄の戦いを、けれど傭兵として喜び望んで戦場へと赴いた者達がいた。
その多くが戦いのなかで命を落としていくなか、ニルギルドは一人生き残り──そしてそこから、死に場所を求めるようにさすらった末に解放戦線に辿り着いたのだ。
戦いのなかで死なせてくれ。戦士の手で殺してくれ。
そう叫ぶニルギルドに、エリスは犯罪者への怒りとともに、そこまで追い詰められてしまった人への哀しみも抱かずにはいられない。
彼は他に道を見出だせなかったのだろうか? そして世界は、彼に別の行き場を提示できなかったのだろうか? 自分自身、答えは否だろうとしか思えない問いを、ついつい考えてしまう。
「戦争のなかで死にたかった。それが叶わなかったから、死ねる場所を求めてこんなことまでしでかした……そんな、そんなことって。なんて、悲しい……」
「エリス……ああいった者もいるのだ、世界には。一口に悪と断ぜられない背景を抱えて、ここにまで来るしかなかったような者もいる。それは悲しいことだが、しかし罪を犯した以上は赦すことはできない。それは、理解していると思うが」
「はい。犯した罪に、等しき罰を。どんな事情があれど、それだけは変わることのないものだと私も信じていますから。ですが、それとは別に……彼がどうか、違う生き様を見出だせることを、祈らないではいられません、私は……」
哀しみに暮れるエリスに、語りかけるヴァールもまた無表情にもわずかな無念を滲ませている。あるいは彼女こそ、ニルギルドの心情に共感できるところがあるらしいのも先ほどのやり取りからうかがえることだ。
ひどく、重苦しい事情なのだろう。死ぬべき時に、死ぬべき場所で死ねず死ぬべき人でない人に庇われたと語ったあの姿もまた、悲しみに堪えないものだとエリスには思える。
ニルギルドも、ヴァールも。もしかしたらソフィアでさえも。どうかその行く末に、自身の正しく救われる道を見つけることができますように。
自然と両手を組み、悼むように祈るエリス。それこそは無私の慈悲と慈愛、ただ一心に苦しむ人の心の安寧を願う聖なる願いの所作だ。
その姿を、ヴァールは魅入られるように見つめ……静かに、納得してつぶやいた。
近づいてくる旧知の仲、ある程度回復した様子の弟子の一人に語りかけるように、だ。
「《聖女》か。ああ、たしかにエリスこそはその称号にふさわしい。そう思わないか、妹尾」
「……ヴァールさん、お久しぶりです。久々の再会でなんとも血みどろをお見せして恐縮でしたが、こちらはこちらで大変なようですね。彼女は?」
「エリス・モリガナ。フィンランドでワタシが見出した若手探査者だが、いろいろ特殊なスキルの使い方をする子だ。才能と可能性に満ち溢れ、何よりその心根が素晴らしい。探査者としてすでに、掛け値なく尊敬に値する人格を備えている少女だよ」
「ほう……」
ベタ褒めに近い賛辞を口にするヴァールに、その男……妹尾万三郎は目を丸くした。
彼女がこうまで入れ込む様子など12年前には見られなかったものだし、一番弟子とさえ言えようあのシェン・カーンに対してさえ抱いていなかった大きな期待をも、エリスという少女に抱いている節が見られるのだ。
今しがた自身もまた、この少女のスキル《念動力》によって窮地を助けられた身の上だ。ヴァールがそうなるだけの素質はたしかにあるのだろう。
先ほど軽く話したもう一人の旧友、レベッカもエリスを気に入っていたようだ。まるで人誑しのカリスマのようだと、一心に祈る姿を見つつも妹尾は微笑んだ。
「日本でも、京都の御堂がずいぶん人気の人柄と言われているけれど……この子もまた、そういうカリスマを持つものなのだろうね。もし、モリガナさん?」
「────、はい、失礼しました。いかにもエリス・モリガナと申します。初めまして妹尾先生、お話はヴァールさんやレベッカさんから伺っております。遠い極東から来られた、とてもありがたい学者様だと」
「大仰だけど、まあ一応教職には就いているよ。先ほどは君に助けられたね、ありがとう……これから君達とともに能力者解放戦線を追うことになるけど、弟子のトマス・ベリンガムともどもよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。お恥ずかしながら私は探査者歴も戦闘経験も浅く、みなさまについていくのがやっとの未熟者ですが……それでも平和を望む気持ちでは負けるつもりはありません。どうか御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
祈りを終えたエリスと、改めて名乗り合い握手を交わす。堂々とした態度であり、また貴族の令嬢めいた所作の美しさと気品は話に聞く村娘とも思えないほどでそれが妹尾には意外だった。
何より、瞳に宿る気迫がすさまじい。見ているだけで圧倒されそうな正義と信念の熱量がそこに、渦巻いているのが見える。
なるほど、これはヴァールが気にいるはずだと妹尾はそこで改めて確信した。
何よりもまず探査者としての信念、正しいことへの強い想い。ソフィアもヴァールもまずは何よりそこを重視し評価してきた、昔からだ。
であれば、こうまで強い輝きを秘めたエリスに肩入れするのも当然だと思えていたのである。