ニルギルドとの戦いの後。妹尾、トマスと合流したヴァールとエリス達はそのまま南下してリトアニアへと入国し、最寄りの都市の宿に泊った。
そしの町にあるWSO支部施設に立ち寄り、会議室を借りて一同で今後の動きについて話し合っていたのだ。
「ニルギルド・ゲルズを打倒し捕縛できましたが……ともに逃亡していた火野源一の行方は知れないのが現状ですね。ラトビアのリガ含め、近隣都市にエージェントと警察による捜査網を展開しています。こうなると私達は一旦、結果待ちの形になります」
「フィンランドからこっち、奴らを追うのに割と強行軍してきましたからね、私らも。負傷した妹尾教授の回復もあるし、ここらで一旦腰を据えてみるってのもアリですね、ソフィアさん」
会議の音頭を取るのはヴァール──ではなくソフィアだ。宿を取った時点で彼女達は人格を切り替えていた。
相変わらずの奇妙な感覚が、エリスやシモーネにはあった。まったく同じ顔でしかし、表情が彩り豊かで声色まで変わっているため、完全に別人なのだから。
初めてソフィアとヴァールの真実に触れるトマスなどは、すっかり絶句して目を丸くしているほどだ。
そんなソフィアとレベッカがやり取りしているなか、妹尾が身体の至る所に包帯を巻いた状態で、軽く頭を下げた。
「手間を取らせてしまって申しわけない……なるべく静養して、すぐに戦線復帰できるよう回復に努めます」
「謝らないで、妹尾くん。あなたはやるべきことを過不足なくやって、その結果そうなったのですから。統括理事としてあなたとトマスくんの奮闘に感謝します」
「まーさっきも言ったが私ら的にもちょうど良い休憩期間さ、教授よう。アンタが傷を癒やしてる間、私らは私らでスタンピードの対応やら捜査協力やら、あとエリスちゃんの修行やらやることやっとくよ! ダハハハハハ!」
「…………えっ! 私の修行ですか!?」
「エリスを、鍛える……?」
合流時点で怪我をしており、そのために足止めをさせてしまっているのではないか。そんな思いから謝る彼を、ソフィアもレベッカも笑って労う。
彼の負傷を問わず、現状ソフィア達にはできることが少ないのだ……能力者解放戦線を打倒する旅路も、最低限メンバーの足跡を辿れなければ続けようがない。
すなわち捜査の結果が出ないことには、次なる一手も打てないのだから。
ゆえに、今できることを行うのだとレベッカは続けた。未だ各地で起こるスタンピードの対応もそうであり警察やWSOエージェントの捜査に協力するのもそうだ。
そしてもう一つ。パーティの一員であるエリスの強化もまた、そのうちの一つに数えられた。
驚く彼女に、ソフィアは微笑む。
「今後、能力者解放戦線と戦うにあたっては各個人の戦力増強は必要不可欠。そのなかでもヴァールは特に、あなたの成長にこそ期待を寄せているのよ。もちろん私もだけれどね」
「このレベッカ様もだぜ、エリスちゃん! アンタは立派な心根をしたすげぇ探査者だが、実力についてはまだまだこれからのひよっ子でしかねぇ。そこを私らがこの旅路のなかで少しでも鍛え上げていくのさ! ……その強い心と信念を、実現できるだけの力をつけてもらいたいからね」
「ソフィアさん……レベッカさん! はい、そういうことでしたらぜひとも御指導御鞭撻よろしくお願いします! どんなに辛い修行でも、きっと乗り越えてみなさんの期待に応えてみせますっ!」
戦力の充実。そのために今、一番必要なものはエリスの強化である──そう判断したのが、他ならぬヴァールだということにエリスは闘志を燃やした。
フィンランドでのスタンピード。あの時、死に瀕していた自身を助けてくれたあの人。無表情でクールだが、その実誰よりも強く優しい彼女が寄せてくれる期待に、どうしても応えたいと思うのだ。
同時に、今も逃亡中の火野源一や先ほど戦ったニルギルド・ゲルズのこと。そしてスタンピードによって脅かされるすべての生命のことをも想う。
冷酷な殺人鬼への怒りであり、死に場所を求め流離うしかなかった哀れな人への祈りであり。そして無辜の生命がその尊厳を踏みにじられないようにしなければならないという、強い信念である。
自分自身や尊敬する人のためだけではなく。この力、この心はすべて生きとし生けるものの平穏と安寧のために──
ここに至るまでの旅路で、元来持っていた正義感と使命感がより強く確固たるものとなっていることに自覚を持ち、エリスは強くうなずく。
それに応え、ソフィアもまた力強く笑うのだった。
「──それではこれより何日か、あるいは何週間か何ヶ月か。捜査に進展があり、それをもって私達の進路が確定するまでの期間はこのリトアニアに滞在し、それぞれにできることをしていきましょう!」
放たれる号令。今この時よりしばらくは、敢えて一つところに留まり各自にできることをする。
そうして力を蓄えて、来る時には動き能力者解放戦線を再び追うのだ。
エリス、レベッカ、シモーネ、妹尾、トマス。ソフィアの下に集いし仲間達が揃ってうなずく。
かくしてフィンランドから始まりエストニア、ラトビアを縦断してきた旅路は、リトアニアにおいてひとまず中断することとなった。
次に彼女達が本格的に旅を始めるのは、ここから数ヶ月の後。
1957年、春から夏に移り変わる頃合いの季節である────