呪いの王が生まれ変わるのは間違っているだろうか 作:名無し
湖の底で眠るそれは他のモンスターと何ら変わりなかった。
母なる『大穴』から生み出されて地上に進出し、遥か格下の同族と同じようにただ人類を殺し続けた。攻撃の巻き添えにして食らった同族の魔石の甘さに酔いしれず、ただ殺される脆い獲物の血肉の味に何も感じず、弱者を蹂躙する愉悦を抱くこともなく、死をまき散らした。
遠く離れた島国へ渡ったのもただの気まぐれ。自分が泳げて、地上でも問題なく活動できて、まだ沢山の獲物が湧いていることをモンスターの本能が感じ取った。本当にそれだけの理由。
その土地でも人を殺した。食って嚙み砕いて呑み込んで――ある日、それに出会ってしまった。
舌の上で広がる芳醇な味! 鼻腔を抜ける甘く涼やかな香り! 頭を蕩けさせ全身を愉快な気分で満たす酔い!
人類以外の獲物である『精霊』。逃げた『精霊』を追いかけて彼女が逃げ込んだ湖の水を口に含んだ瞬間、それは変質した水の味に酔いしれた。己の巨体が軽く沈み込んでしまう水たまりの底に誘導されようと、自身を包み込む水が冷えて微睡みに誘われようと、頭上に『氷の蓋』が生み出されようと全てが些事だった。
それからの時間は全て酔うことに――『精霊』の魔力が溶け込んだ水を味わうことに費やした。
欲しくなった時に水を飲み、酩酊すればそれに逆らうことなく眠りにつく。水の味が薄くなれば『氷の蓋』を舐めていたが、すぐに味が濃くなったので大人しくしていた。
だが、今日にいたっては違う。
何度も天地を揺らした『
それだけなら気にしなかった。その『精霊』の強大な力に乗って、今も己を魅了する『水の精霊』の香りを嗅ぎ取ってしまうまでは。湖の底にいて『氷の蓋』で遮られていてもわかる馥郁たる香りを間違うことはありえない。
そこへ向かうことを我慢することはそれ――『
『『『『『『『『ジャアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』』』』』』』』
水を滴らせながら黒く輝く鱗は『竜麟』であり、その鱗に覆われるのはツチノコのように寸胴体型で山を越える規格外の
首の長さは胴体の三割ほど。等間隔で生えるのは蛇の上半身を切り取ってくっつけたような八本の首。八つの首の背中にはまるで
口端を裂き、蛇のような牙を曝け出して、赤黒い舌をチロチロと震わせながら衝動のままに大陸を震わせる咆哮を上げた『ヤマタノオロチ』は――グルンッ、と一斉に全ての首をある方向へ向けた。
正気を失って揺れ動く瞳には映るはずのない『水の大精霊』の姿しか見えていない。
だから進んだ。前方に何が広がっているのかも知ろうともせず上機嫌に、信じられない鼻歌を奏でながら、崩壊の音と破滅の旋律を引き連れて。
全てを轢き殺す
「わぁああああああああああああああ!?」
「ぎゃああああああああああああああっ!」
「ひっ、ぅぁ、あはぁはあぁはははは!!」
巨躯をくねらせるだけで村が潰れた。口の寂しさを紛らわせるために集落が丸齧りにされた。気まぐれに開かれた口から吹いた炎が町を呑み込んだ。
恐ろしい怪物に泣き叫ぶ子供は初めての絶望を知りながら地面のシミになった。幸せな時間を過ごしていた夫婦は恐怖に包まれて怪物の腹の中で沢山の人と混ざり合った。誰かを守ろうと鍛えていた武士は己の生涯の無意味さを悟り、壊れた笑みを浮かべたまま黒焦げとなった。
無辜の民が泣き叫ぶ声、民衆が散らす慟哭、人々の助けを求める悲鳴。それらは破壊音にかき消され、火の海に焼き尽くされ、誰にも届くことなく失われていく。
雄大な山脈を轢き潰し、峻厳な峡谷を埋め尽くし、広大な平原を己の巨体で覆いつくして『ヤマタノオロチ』は進み続ける。
進んだ跡に、磨り潰した平和の残骸を残して。
――ここに『英雄』はいない。『希望』となって立ち上がり、『絶望』の怪物を討ち倒し、皆に笑顔を齎すような『理想の英雄』は、絶対に。
地面を揺らす鼓動は止まった。だが、その直後に轟く轟雷を共にする嵐の如き雄たけびが響き渡り、巨大な何かが這いずるような揺れは今も続いている。そして揺れは止むどころか確実に大きくなっていた。
極東の戦力ではあの漆黒のモンスターは倒せない。『古代』に討伐ではなく『封印』を選ばれたモンスターだ、同じ漆黒のモンスターとも一線を画す
「……もうお前は詰んでいるんだよ」
再び『封印』がされるまでにどれだけ被害を抑えられるか。もうその段階になっているとこの場で唯一理解しているスサノオは、まるで出来の悪い子供を諭すような口調で話し続ける。
「裏梅を『封印』に使わなかろうが連れている限り、『ヤマタノオロチ』はお前を狙い続ける。お前が自分で走ろうが馬を使おうが『
既に幾人かの人間が別の大陸に逃げようとしているだろうが、『ヤマタノオロチ』が海に囲まれた島国にいることを考えれば無意味だ。むしろ船に乗っている最中に迫られればそれだけで船が転覆して大破して死ぬだろう。
「それに『朝廷』は『封印』をしようがしまいが、『ヤマタノオロチ』を復活させたのが
スサノオは本気で宿儺のせいだと思っている。彼が大人しく裏梅を差し出していればこうはならなかった――漆黒のモンスターが生み出されたのは神々を狙っているからであり、それ等を産み落とす『ダンジョン』の発生にも神々が絡んでいるという事実は思考に入れることすらしない。だって、モンスターを倒すのは『ダンジョン』がある下界の人間の役目なのだから。
そして既に被害が出ている以上、誰かが責任を取らなければならない。被害が極東で留まろうが世界中に拡大しようが、民衆は不満をぶつける先を求めるのだ。石を投げつけてやることが賞賛されるほどの『悪』を。
宿儺が罪人の烙印を押し付けられるのは決定事項。『朝廷』が発表する声明によって誰もが宿儺を『悪』だと知る。エルフでありながらこの異形なら世界を滅ぼす怪物を復活させるだろうと
「だから、裏梅を差し出せ。お前さえ我慢すればまだ丸く収められるんだ」
極東全体が悪いと思われる前に一人に責任を押し付ける。一個人より国の方を優先する。一人の犠牲で百や千を救えるなら安いものだ。そのための礎になってもらうことに、良心など傷まない。それが平和だ。
世界のためという大義名分を盾に宿儺を説得しようとしていたスサノオだがふと気づいた。
(こいつ……ぼーっとしてる!?)
(ここが分岐点か?)
見苦しい顔で喚いていたゴミの言い分など聞くに値しない。顔も知らんような連中に何を思われようがどうでもいい。必要があれば力尽くで奪うし、襲ってくるなら返り討ちにするだけだ。
知るかと言って切り刻むのは簡単だった。だが、『ヤマタノオロチ』の話を聞いた宿儺は思考を深めていく。
(このゴミは腐っても武神。
今も感じ取れる振動から『ヤマタノオロチ』の体躯や膂力を測り、己の持つ手札と比べた宿儺は冷静に判断を下す。
(ここを去るか)
宿儺とて
(そもそも
今も死んでいっているであろう有象無象など心底どうでもいい。『ヤマタノオロチ』が目覚めた責任が自分にあると微塵も思ってない上に、仮に目覚めさせたのが自分のせいだとしても痛める心など持ち合わせていない。
弱者に力を貸せば増長しつけあがる。特にこの世界の住人はその特徴が顕著だ。この世界の英雄どもが弱者なんぞに寄り添って生きてきたからだろう。弱者のためにまともな勝算も持たずに勝ち目の低い戦いに挑むなど、宿儺には馬鹿の極みとしか思えない。
(とっとと極東を出るか)
裏梅を狙っているなら奴を捨てていけばいい。時間を稼ぐために逃げ回ってもらうのもいい。『封印』に身を捧げるのも宿儺の側を離れたなら好きにしろ。それでも『ヤマタノオロチ』が追ってくるなら迎え撃つだけの話。
だから、何も問題はない。
何も――。
『次があるなら、俺は――』
「ふむ……この世界の八岐大蛇に興味が湧いたな」
従者も武神も驚愕を露にする。裏梅は必要も理由もない怪物討伐に乗り気になっている主に驚愕し、スサノオは宿儺が嘘を吐いていないことに己の耳を疑った。
「でかいのと戦える場所に案内しろ男神。俺の気が変わる前にな」
――ここに『英雄』はいない。いるのは
スサノオを許す気は毛頭ないです。
黒閃ってあり?
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あり
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なし
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作者の自由