レミリア様が現代入り 作:磨殊
小学生の頃は成績が良かった。これはよくある事だ。
中学生になって、好きな人が現れた。これもよくある話だ。
高校生になって、好きな人にフラれた。まあ、ある話だ。リア充爆発しろ。
大学を卒業して、無事に就職する事が出来なかった。こんなご時世だ。そんなやつそこらかしこにいる。
では、何もない目の前の空間が避け、そこから突如少女が飛び出してきてその勢いのまま頭突きを喰らわしてきた。そんな体験をした人は……さすがにいないだろう。いたのなら是非、その後の対処方法を教えて欲しい。
冬河はそんな事を思いながら、目の前の少女――先程頭突きををかましてこちらを吹っ飛ばしそのまま上に乗っかって気絶している子を、困った顔で見上げていた。
「どうすんの、この子」
冬河は溜息をつきながら上半身を起こし、周りを確認した。幸いなことに、周りには誰もいなかった。さすがにこんな寒い冬の夜に、好き好んで歩く人はいなかったようだ。
彼はしばらく悩んだ後、再び溜息をついて少女を背負い歩き始めた。
「しっかし、いったい何処の子なんだろう」
冬河は自分の部屋に少女を連れてきてベッドに寝かせ、自分は遅めの夕食を味わっていた。食べながらも気になるのは少女の事について。
ここ日本では見慣れないフリルのたくさんついたドレスに、青い髪。おまけに背中からコウモリのような羽まで生えていた。コスプレかと思って先程引っ張ってみたが取れなかったので、おそらく本物だ。接着剤で止めてる訳でもなさそうだし。
触ってみた時に血が流れている感触もあったから、どこぞの科学部が作った精巧な作り物という線もないだろう。やつらはリアル触感派ではなく、理想の手触り派だったはずだ。
そんな目立つ少女を運んでいたにもかかわらず、部屋に帰るまで誰にも見つからなかったのは運が良かったのだろう。彼はもしも警察に見つかっていたらと想像し、顔を青くした。確実に交番にお呼ばれしていただろう。少女にコスプレさせて、お持ち帰りだ。言い訳は聞いてもらえないに違いない。
さて、そんな変わった容姿の子だ。恐らく日本人ではないのだろう。というか、これで日本人と言われても信じられない。ハーフとしてもどんだけ日本人の遺伝子弱いんだよという話である。せいぜい身長が低いぐらいじゃないか?
なので彼は余計に頭を悩ます事になる。これ、少女が目を覚ました時に言葉通じるのか、と。これ、言葉通じなかったら誘拐犯と間違われても仕方ないよね、と。
まあ、そうなったらそうなった時で考えよう。今からあれこれ悩んでもどうにもならないし。
彼は悩むのを諦めてバイト先に電話をすることにした。流石に怪我人を放置して仕事をするのは躊躇われたからだ。
その後に食材買いに行こう。この部屋には自分の分の食材しかないしね。
「あ、店長すいません。ちょっとややこしい事態に巻き込まれて――」
「これだからあのオバサン共は苦手なんだ」
商店街にて食材を買い求めていたら、寄ったお店のオバハン全員が同棲したのかとかとうとう彼女出来たのとか聞いてくるとかどういうことだ。おまけにオッサンもとうとう年貢の納め時かとか。そんなんじゃねえって。
あの矢継ぎ早に質問という名の断定をしてくる商店街の住人を思い出し、彼はため息をついた。人は良いんだけど、どうしてこうもゴシップ好きなのか。
それだけ気にかけてくれてるんだろうけど、あれは勘弁して欲しい。そう思いながら家の鍵を開けて、誰もいないのを分かっていても癖で挨拶をしてしまう。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい。人を家に連れ込んで、本人は不在はどうかと思うわ」
「ああ、うん、ちょっと食材足らなかったんで買い出しに――!?」
ドアを開くと、そこにはさっきまで気を失っていた少女が笑顔でお出迎えしてくれていた。
ああ、もう起きてたんですねー。彼は冷や汗を流しながらどうこの場を凌ごうかと考えだした。気絶させるか。いやいや、それやったらそれこそ犯罪だ。なら口八丁でとりあえずこの場を誤魔化して――て、そもそも凌ごうするのが間違いでちゃんと説明するべきだよね!?
彼が混乱しているのを、彼女は表情を変えもせずじーっと見ている。彼が次に何と発言するのかを楽しみにしているかのように、彼女はひたすら沈黙している。
「あー、とりあえず」
「お腹が空いたわ」
「……食事作ってくるから、あの部屋で座っといてくださいな」
「後ろから眺めておくよ」
「見ていて楽しいものかねえ?」
それは私が決めることよ。そう言って彼女は背に回り、後ろをついて歩き出した。どうやら本当に見学するらしい。
料理するのを見ても楽しかったかねえ。冬河は昔の自分はどう思っていたかを思い出してみた。
米を洗剤で洗おうとする父。包丁で指ごとザックリ斬った父。胡椒の瓶を置いたら、蓋が緩んでいて中身が空中に拡散してくしゃみを連発していた父。何故か全裸にエプロンのみを着用して炒飯を作り、油が跳ねて熱がる父。
ああ、たしかにこれは楽しいかもしれない。しかし、そうするとこの子はそんな光景を期待しているということになるのだが。
後ろを振り返り、少女の顔を見る。
「あら、どうかしたのかしら?」
「いんや、ちゃんと着いてきているか気になっただけ」
「迷うほど広い家でもないじゃない」
「たしかに、そらそうだ」
特にそんなハプニングを期待してる訳でもなさそうだよね。
少女の表情を確認した冬河は安心した。もし期待されていたら、その期待に答えるのもやぶさかではないがやはり嫌だからだ。
ただ、家を狭いと言って呆れていたのを見てちょっとませてるかなと思ったが。別に狭いという程ではなく、この国では標準的な広さだ。それを狭いというのだから、本当に住んでいるのか、それとも迷うわけがないと見栄を張っているのか、どっちなのやら。
どちらにせよ、この年頃の女の子の扱いは気をつけないとな、と冬河は改めて気を引き締めた。
妹がいないので真実は分からないが、この子ぐらいの妹がいる友人たちはそれはもう苦労しているとのことだ。繊細だしわがままだしどうしたら大人しくしているのか分からないとの事だ。
「ところで、食べられない物とかあるかな?」
「ニンニクとタマネギを入れたら殺すから」
「タマネギ駄目?」
「ダメ、絶対」
入れるつもりで買ってきたんだけど。タマネギだめかあ。
少女が冬河を殺しかねない目線で睨みつけてきているので、彼はタマネギを使うのを諦めた。まあ、自分が食べる時だけつかえばいいかということにして、彼はタマネギをカゴに仕舞っておく。
「捨てなさいよ」
「そんなもったいないこと出来るわけないでしょうが。自分で食べる時だけ使うからさ」
「絶対に私に食べさせないでよ。食べさせようとしたらその首縊るよ」
「おぉ、怖い怖い」
「絶対怖がってないわね、この人間」
まるで自分が人間じゃないかのように言うね、この少女。やっぱあの羽、本物だったのな。
冬河はやはり厄介事を引き当てたと嘆きつつ、作るつもりだった料理を諦め、何を作ろうかと悩みだした。と言っても、彼が作れるのはいわゆる男料理だけなのだが。
「まずまずの出来ね」
「自分が食べられたら満足してたからな。まあ、人が食べても大丈夫な程度には作れたみたいで何より」
人間の血が混ざっていないのが欠点だが、それでも食べられないほどではないなというのがレミリア・スカーレット少女の抱いた感想だ。
これ、この人間の血を混ぜたらそれなりの味になるのかしら。それよりも怖がらせて血を直接啜った方が美味しそうよね。
目の前のこの人間、程よく筋肉がついているから、きっと血が美味しいわ。碌に運動をしていない人間の血は、ドロドロしていて美味しくないのよねえ。ああ、アレは不味かった。いくらお腹が空いていたからって、拾い食いはするもんじゃないわ。咲夜には怒られるし、パチェには笑われるし、良いことなんて全然なかった。
「なんか、首が狙われている気がする」
「気のせいよ」
おっといけないジロジロと見過ぎたせいで気づかれた。でも、最低限の血は欲しいわ。私、吸血鬼だし。
冬河が首筋を気にしているのを見て、レミリア・スカーレットはどうやったら目の前の青年から血を吸えるかを考えていた。生きる為には血を吸う必要があるが、この青年を殺してしまうとここでの生活が難しくなるから手段を選ばなければいけない。何せ先程彼女は家の外を見て確認したが、ここは明らかに幻想郷ではない。幻想郷に帰る手段を見つけるまでは、この青年を生かしておいた方が何かと便利だ。なので、出来れば青年を服従させて自ら血を献上させるのが一番なのだが、どうやったら上手く行くかを彼女は考え続けていた。考えて考えた結果、シンプルに行こうと決めた。
――やっぱり押し倒してサクッと血を吸おう。
そう思って青年に目を向けると、彼は先程よりも後ろに下がり、いつでもドアを開けて廊下に出られる位置にいた。
レミリアは悩み事に夢中で気づいていなかったが、その間ずっと青年の首筋を見つめ続けていた。なので、青年は身の危険を感じていつでも逃げられるように足音を立てずに後退していたのだった。
「そんなに後退りしなくてもいいじゃない」
「いやあ、命の危険をビシバシと感じていてなあ」
「お兄さん、こんな幼い少女を怖がってどうするのよ」
「人は見かけによらないって言葉を実感してるところだよ、と!」
言うやいなや、青年は踵を返して部屋を走り去っていった。
まあ、そりゃたしかに最後の方はわざと威圧してみたけどさ。でも、だからと言ってすぐに逃げるってどうなのよ。
「ふふ、鬼ごっこをするなんて初めてだわ」
私、吸血鬼だけど。吸血鬼が鬼の真似をするなんておかしな話よね。咲夜がここに居たら、何て言うかしら。パチェなら呆れた顔をして溜息をつくわね。
早く帰りたいな。
「さあ、鬼は鬼らしく、追いかけて追いかけて力ずくで奪いましょう。それが鬼ごっこの鬼の役割よね?」
「どこの世界の鬼ごっこだそれは」
逃げてきた部屋から世にも恐ろしい鬼ごっこの概略が聞こえてきて、背筋が凍る思いをしているんですがどうしようこれ。どこをどう間違ったらそんなアグレッシブな鬼ごっこになるんですか聞いた事ねえよそんな鬼ごっこ。
「見ぃつけたぁ」
「耳も良いですねえ!?」
柱の影に隠れて、少女が通り過ぎる時に足を引っ掛けてこかそうとしていたのに、一言喋っただけで位置を特定されるなんて。
おまけにこの少女、部屋からは廊下挟んで少し距離があったのに、足音もたてず急に目の前に現れたぞ、と冬河は目を擦って少女が幻影でないことを確認する。
レミリアは青年が信じられないものを見たような顔でこちらを見ているのを確認し、満足気な笑みを浮かべる。
そうそう、こういう反応が欲しかったのよね。
霊夢にしろ魔理沙にしろ、あっちの人間は妖怪に慣れすぎて、こっちがちょーっと人間には出来ない事をしても驚いてくれないもの。やっぱり人間はこう、驚いてくれないとダメよね。それでも霊夢は面白いから好きだけど。
魔理沙は泥棒辞めてから出直してきなさい。パチェが泣いてるから。
とりあえず青年を掴みそのまま床に投げつけ、青年の上に跨がり動きを封じてふとレミリアは考えた。
どうしよう。血を吸おうと夢中でその後の事考えて無かったわ。これ、殺してしまう程血を吸ったら、この世界での生活拠点失うじゃない
「とりあえず、殺しはしないと思うわ?」
「何で疑問形なんですかねえ!?」
あら、意外と元気ね。怯えて声もでないと思ったけど。
冬河は逃げようとレミリアを自分の上からどれようとするが、見た目が少女にも関わらず、体をピクリとも動かすことが出来なかった。何せこの少女、見た目はチンマイが妖怪である。吸血鬼である。普通の人間では力で敵うはずがなかった。
「だって、お腹空いているんだもの。目の前に好物があったら、ついつい食べ過ぎてしまうかもしれないでしょう?」
「ちなみに、その好物とは?」
「人間の血」
「おいおいおい、この手の本物は俺じゃないくってアイツの担当だろ!」
目の前の青年が何やら喚いているが、レミリアはこんな至近距離で美味しそうな血管を見続けていると我慢出来なくなってきた。
そうだ、これも全部この健康そうな首筋と規則正しい脈拍で流れている血が悪い。よって私は悪くない。いただきまーす。
そして、レミリアの牙が青年の首に刺さろうとするその瞬間。
「ちょっと待ったー!」
「何よ。今良いところなんだから邪魔しないでちょうだい。餌が喋るな」
「いやいやいや、こっちとしても死活問題だから」
とりあえず右手に握っている物が見えるかと青年が言うので、今まさにポケットから取り出したそれを確認する。たしかに何やら平べったいものを握っている。青年が言うには、これはリモコンという物らしい。ボタンを押せば遠くの物を動かせるそうだ。
「で、それがどうかしたの?」
「これ押すと、天井開く」
「は?」
彼が言うには、この部屋は吹き抜けになっていて、天井を開けば太陽の光が差しこんでくるから昼間は光源が要らないそうだ。
え、ちょっと待って。それはマズイ。太陽の光はマズイから。ちょーっと、お互い話しあいましょう?
「ちなみに、しっかり握っているから。少しの衝撃でも押せるよ?」
このまま殺そうとしたり、無理矢理血を吸おうとしたら天井が開くぞ、とニヤニヤ笑いながら脅してくるこの人間が初めて恐ろしく、そして憎たらしく感じた。
殺されそうになってるのに、どうしてそう笑えるのよ。もっと怖がりなさいよ。外の人間って、こんなのばかりなのかしら。ほんっと、妖怪には住みにくい世界になってるじゃない。
こうして、お互いに妥協した結果、吸血鬼が幻想郷に帰るまでの奇妙な共同生活が始まった。
カワカミンっぽく書く練習してたら何故か現代入りに。
3話ほど書けたら公開するつもりが、周囲にせっつかれて1話完成した時点で公開する事になりました。
たぶん、次からはレミリア様が主役で、都市伝説と遭遇していく予定です。
冬河の存在感はどんどん消していきたい。