星の光に当てられて   作:デカフェ

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第四話 煌めき

 天使レイがエンペラー・ファーストに移籍してから二週間が経った。四月の夜はすっかり春めいて、店から出る姫を送り出す際に冷気に首を縮めることなどめっきりなくなっていた。

 夜も浅い時間に同伴で来店したレイは、姫がトイレに行ったタイミングで同卓の男に声をかけた。今夜は長髪を三編みにアレンジし、編み込みの端にはヴィヴィアン・ウエストウッドのブローチを留めている男に。

 

「お前はなんで主任に上がったんに俺の卓のヘルプなんぞに付いちょるん、暇か」

 

「来客二組ドタキャンされて暇なんだよ」

 

 ナルミは内勤の男性が灰皿を交換しているのを横目に返答する。片方は同伴だったのだが、臨時のパパ活が入ったから遅れると。片方はせきと発熱だという。言葉を続ける。

 

「片方はさっき今月分ってことで八〇くらいキャッシャーに来てもらったけど、結構フラフラだったぽい。もう今月店(風俗店)出るの無理そうだから売上計算狂うなぁ」

 

 ホストクラブに来店してもフロアで遊ばず、レジ機前で現金だけ払わせて『遊んだ後の体裁』だけ整えることをキャッシャー会計というが、ナルミは長電話の末に来店予定客の一人にさせていた。

 

「そんなんだからお前は三位なんじゃ。二人揃って払わせぇ」

 

「もう片方はじきに来るし、他の予約も立ってるから……それでレイ、いま洗面室行ってる姫ってひょっとして関西から出稼ぎどころか引っ越してきた?」

 

「おう、京都の南に住んじょったけど、俺の移籍をきっかけに東京でひとり暮らししたい言うてな。今は油塗って飯食うとる」

 

「太客移住とかいかついな。スカウトは」

 

「トーゼン俺の紹介や。キックバック五五パーセント」

 

「手数料エグッ。……にしても関西までカバーしてた東京のスカウトと仲良くしてたのかよ。前から思ってたけど交友関係広すぎない」

 

「仲良しとかサブイボ立つこと言うなや。連中は俺にカネを運ぶ、俺はカネんなる話を撒いとるだけじゃ」

 

 途中からトーンを落としながらの会話。視線を卓上の酒に向ける。低級のスパークリングワイン。

 

「今月は引っ越し代と敷金で厳しいから、来月から頑張るって感じか」

 

「言わんくてえぇことを。給与即日の仕事も紹介できるから、やる気次第じゃの……今んところギャラ飲み辺りが丁度か」

 

「ギャラ飲みって夜と肝臓を生贄に捧げるけど、そこまで儲からなくないか」

 

「アホ。客次第じゃ」

 

 ギャラ飲みの客層なんぞ、見目麗しい若い女と飲みたがり、金回りの良い人種。

 ナルミは目の前の青髪が元地下アイドルであったことを思い出す。今はオイル系のメンズエステシシャンらしい女から、レイ不在の時にアイドル時代の話を聞いていたのだ。

 ファンからカネを引っ張ってグループ解散に追い込んだらしいがこの男、今なお芸能界にもパイプが生きているのではないか。僅かな付き合いだが、金回りにはメンテナンスがマメになる同類を見つめながら想像を巡らしていく。

 金を持っており、口が硬くて若い女を求める男につなげ、ギャラ飲みからパパ活に進化。男の太客から継続的に安定した集金をし、その資金は売上に循環される。本音のルートはこちらだろうか。

 

「なんや急にこっち見てきて黙って。キモいんじゃけど」

 

「いや、金儲けのこと考えてた」

 

「その黒髪ロンゲをパッキンに変えたら金運増すんちゃうんか」

 

「前まで色抜いてて、今は黒に染めてるだけだから」

 

「男の髪なんぞ知らんわ」

 

 そう言うと、レイはナルミに目線を送った。不自然にならない性急さでナルミは立ち上がり、既に去った黒服のあとを追うように卓から消える。ナルミがフロアの端まで来て振り返ると、ちょうど女がトイレから卓に戻り、レイに笑顔を浮かべるところだった。

 

 ナルミは他の卓に着く直前に僅かに思う。白押しのルイ・ヴィトンの財布から、アイドル時代のレイとのツーショット・チェキ写真を見せられた一〇分前の女のことを。いずれ支払いたい金額に稼ぎが追いつかなくなり、メンズエステからより『稼ぎが良い』仕事に移っていくであろう女のことを。写真の中の今より幼いレイと、より若い女が浮かべる笑顔を。

 

 

 

 

 明くる日に『ナルミ主任昇格記念パーティ』が店内で開かれた。昇格記念はバースディ・イベントと並んでのシャンパンの卸し時。ホストの売上を支える姫たちがここぞとばかりに諭吉をばら撒く日だ。

 開店前の店内で目立つのは、仮説スポットライトの下で真紅に光る八段のシャンパンタワー。二〇〇万円強の代物を築いたのは、証券会社勤務の姫──アミだった。

 日本最大の証券会社に勤務しているとはナルミは聞いていたが、タワーを作りたいと聞いたときはそこまで稼いでいたのかと予想外な驚きがしたものだった。

 そして、いざタワーを目の前にすると気になったのは金の出元だった。店外をしながらあらかじめ話した際には「営業のインセンティブ」が多額に入ったのだと聞いた。その時、ナルミは帰りの道で歩道の脇に立ち止まり、スマートフォンから検索し、確かに証券営業という職種では販売手数料から一定の分が懐に入ることを確かめた。

 

 ナルミは明るいネイビーのスリーピースの首元を絞め直しながら、来店してくるアミの容姿を思い出す。茶色く染められた髪は首元で切り揃えられており爽やかではあるが、一六〇センチメートルに満たない上背におっとりした容貌は百戦錬磨の営業ウーマンには到底見えない。

 初めてエンペラー・ファーストに同僚に連れられて来店した際に、たまたま彼女の目の前に座ったのが自分だった。初めてのホストクラブに緊張し切った表情は今もなお思い出せた。

 

 ナルミはアミと寝ていなかった。店の営業終了後のアフターも三度程度。いずれもバーで会ってからタクシーで送るのが通例になっていた。そもそも知り合って二ヶ月に満たないにも関わらずこれ程に高額な出費をされるのは、ナルミにとって意外の一言に尽きた。

 

「まあ、普通に貯金から引き出したんだろ」

 

 三七、八の社会人で金融業ならその程度は溜め込んでいても決しておかしくないだろう。一人ごちたところで、ナルミに影が差した。

 

「今日の主役の割には浮かない顔をしてるね」

 

 店の代表、源リキヤが微笑みながらそう尋ねてきた。今日も王子様然とした容姿は健在で、胸元にバレンシアガと書かれたカットソーにイージージャケットを合わせている。リキヤが言葉を続ける。

 

「ぽっと出の姫がそれまでのエースを差し置いてタワーを建てた。そのハレーションの沈静化、いや調整に忙しいのかな」

 

「ご明答。真っ先に卸せなかったお前が悪いで大体通したけどさ……今日はリキヤも俺が卓にいない時のヘルプに入ってくれるって聞いた。ありがとう」

 

「何を改まって。前から暇な時は入ってたじゃん」

 

「そうだとしても、開店前からそう決まってるのと、営業中の流れの中のヘルプとはやっぱり違うと思う」

 

「どういたしまして、ってところだけど。まるで特別扱いだけど、それ俺にだけ言ってるわけじゃないよね」

 

「アーハッハッハ。見てよリキヤ、このタワーこっちから見ると紅だけど、向こうからだとシャンパンの黄金色になるんだぜ」

 

 雑に誤魔化したナルミはリキヤに白々しい視線を送られながら、話題を変える。

 

「次のでかい出費は夏の賞与に照準合わせてたから、アミちゃんの今回のタワーは計算に入れてなかったんだよねぇ」

 

「定期でも崩したのかな。それか、よっぽど儲かってるのか。この間もいいボトル卸してたし。ほらこの間もなんとかって新規上場株を売りまくったって言ってたじゃない」

 

「五〇万のを卸したやつね。貯金崩したのが一番それっぽいんだけど、あとどのくらい吐き出せるか…家行って通帳見ようかな」

 

「ネットバンクなら店来た時にスマホから確認できるのに、紙通帳だとその辺不便だよねぇ」

 

 もう直に開店前のミーティングが始まる。リキヤがスマホを差し出してくる。画面は過去のニュース記事らしく、『証券マン、大麻不法所持で逮捕!密売か!?』と文字が踊る。意外とこんなので稼いでるかもよ、と笑みがこぼされる。

 

「あの歳から夜職は厳しいかもだけど、さすがにそんなんで稼いではいないって」

 

 初来店のどこか怯えた表情と、首元の匂いを想起する。大麻の匂いは両方の意味でしない。

 

 冗談、冗談と言いながら去っていくリキヤの背を見ながら、ナルミは自分のスマートフォンの画面を操作する。

 閉店後にインスタグラムに上げるべく、静かなうちにシャンパンタワーを撮影し始めた。紅に染まったグラスの錐体は、いつまでもあやしく輝いていた。

 

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