1発ネタ
曰く、その男『最硬』。
その黒光りする筋肉の強度、測定不能。振るわれた武器の方が潰れるほどの強靱な筋肉は、何千、何万もの命を救ってきた。『地上最強の男』キングと並び、『地上最硬の男』と持て囃される男の名は──
曰く、ブラックホールの中に飛び込んだら、ブラックホールの密度が筋肉に負けてブラックホール側が崩壊しただの、火山噴火を火口に飛び込んで止めただの、この世界の神話の半分はクロビカリの誕生の伏線だのと呼ばれる大英雄。
『緊急避難警報 A市にて怪人が発生 災害レベルは竜 近隣にお住まいの方はお近くのシェルターへの避難を──』
『見てください、あの爆発を!!突如として出現した怪人の手によって物の数分で街は灰燼へ──』
文明の崩れ去る音がする。
神の光が街を薙ぎ、閃光は築き上げられた文明を喰らい尽くす。
「い、嫌だぁ!!し、死にたくっ...!」
「来るな、くるな化け物ぉ!!」
少女は、立ちすくんで動けなかった。破壊と混乱の中、親と逸れて、不安と絶望で胸がいっぱいだった。
怪人の手のひらが、自分の命を握りつぶそうとする瞬間にも動けなかった。
だから、その黒光りする背中を見た時、本当に安心したんだ。
『誰だぁ?貴様は...』
怪人は、自身の掌を不思議そうに開いたり閉じたりしながら肉塊を睨みつける。そう、その男は人間と呼ぶにはあまりにも立派すぎた。全身の筋肉は天を貫く山々よりも荒々しく、それでいて全てを包み込む海の様な包容性を併せ持つ。
「もしかして、おじさん...」
「はは、おじさんはちょっと傷つくかな...
私はクロビカリ。...全身全霊でヒーローをやっている者だ」
少女の体を傷つけないように、優しく安全圏まで移動させた後、文字通り一瞬にして怪人の元まで戻る。その速度、全力のフラッシュにも比肩しうるほど。
『ヒーロー...ヒーローだと!?笑わせるな!!』
その怒号に呼応するように、空気が震える。周囲の建物がその覇気に耐えかねたように倒壊し、瓦礫が弾け飛ぶ。
クロビカリの肉体へ哀れにも飛び込んでしまった建物だった物は残らず塵へ、怪人へ迫った瓦礫は光に飲まれて消失する。
『私は貴様ら人間が地球の汚染を繰り返したことで生まれた地球意志の化身、『ワクチンマン』だ!』
地球意志の化身。人類への最後通牒。天罰の具現。災厄がここに意志を持って具現化する。
『地球の命を蝕み続ける病原体たる人間がヒーロー!?笑わせるなっぁあ!?』
怒りによって我を忘れた一瞬。その一瞬にクロビカリは動いていた。目の前のいたはずの黒は、気付けば懐に潜り込んでいた。
その瞬間、念の為に地中に潜り込ませていた神通力の弾丸がクロビカリの肉体に殺到する。
(なっ!?...今、一瞬。確実に私は『死』を覚悟していたッ!!コイツは、一見ただの筋肉ダルマだが、ぶつかった瓦礫が塵になるほどの肉体強度と、少女を一瞬で離脱させた速さがあるッ!そして何より...
地球意志たる私を全く恐れていないその目ッ!コイツには、私を一撃で殺せるという自信が、それを為すことを私にも予感させる『スゴ味』があるッ!)
カウンターが間に合わなければ死んでいた。すぐさま地面を蹴り付け、背後に飛び退きながら無数の光弾を放ち、同時に自身の真の形態たる、10mを超える大きさの巨体へと変身する。
「屈辱だ...人間相手に地球意志たる私が死を覚悟させられるとは...楽には殺さんぞ、人間ッ!!」
ブゥゥンという奇妙な音と共に、一瞬にして創造された30を超える光弾がクロビカリに殺到する。
(さぁ、このまま燃え尽きろ、光の中で後悔して死ね!)
回避すらできずにクロビカリは光の雨を喰らう。
──いや待て、先ほど見せた速度があれば回避は余裕なはずだ。現に私は、回避された時のために周囲に光弾を隠しておいた。
──何故、コイツは避けなかった?
「フンッ!」
気合いを込めた発声と共に、クロビカリはサイドチェストを見せつける。その筋肉の輝きは、鏡に映る太陽よりも眩しい。
『まさか...筋肉の輝きで光弾を反射したとでも言うのか!?』
無傷。街を壊滅させた攻撃は、たった1人の男を壊すことさえできなかった。
『巫山戯るな、巫山戯るなぁ!地球意志の化身たる私が、唯の人間に遅れをとるなど!!』
光弾よりも、強靱な攻撃手段。原始より人間の良き友であった最高の武器。両の拳を構えたワクチンマンは、がむしゃらに駆け出し、クロビカリの体を殴りつける。残像さえ置き去りにする速度の連打は、その余波だけで周囲の地面を抉り取り、アスファルトを捲り上げる。
そう、クロビカリの足元をのぞいて。
「超合金──
駄目だ、攻撃が押し返される。否、逆に殴った方の腕が砕けてッ!
それが、ワクチンマンの最後の思考になった。
『バズーカー』」
片腕をただ突き出すだけで、ワクチンマンの胸に穴が開く。しかし、絶命はまだ。ならばと追撃に放たれたのは蹴り。穴を拡大するように薙ぎ払われた足は、ワクチンマンの体を両断する。
『地上最硬の男』クロビカリ。今日もまた、その神話に新たな1ページが刻まれたのである。
そんな神話を成した男は困ったように呟く。
「やっぱりサイタマいねえじゃん」
と。
♦︎♦︎♦︎
クロビカリは転生者である。
トラックに弾き飛ばされたと思ったらその先で工事現場から落下した鉄骨に直撃し、既に死んでいた肉体に追い打ちをかけるようにして雷が体に落下すると言う近年稀にみるオーバーキルで死んだ男だ。
そんな彼は、前世の記憶を持ったまま、虚弱体質の少年の体に憑依した。元の世界と殆ど変わらない、強いて言えば少しだけ科学技術が発展した世界で、少年は力を求めた。トラックの跳ね飛ばされても耐えられるほどの肉体を。
齢一桁にして、虚弱体質の肉体に鞭を打ち、トレーニングを開始。あまりにも若い頃からの筋トレは体に悪いと言うが、そんなことをお構いなしに筋トレを続ける。
齢10にしてその肉体は鋼に包まれ、少年は家を飛び出して武者修行の旅に出た。(門限は18時)
その中で、流水岩砕拳の師範たるバングや、冥躰拳の師範と出会い、手合わせをする中で、筋肉だけでは届かない、理の力を知った。
行く先々で暴れ回っていた怪物──前世にはいなかった人類の天敵、怪人を倒すこともあった。時には強烈な毒や酸を扱う怪人に筋肉を壊され、心が折れそうになることもあった。そうして戦いを続ける中で、気づく。
あれ?この世界ワンパンマンの世界じゃね?と。
流水岩砕拳に冥躰拳。めちゃめちゃ聞いたことあるね、これ。ワンパンマン世界の武術だね。
そのことに気づいた瞬間、足元が崩れ去るような感覚を覚えた。
脳裏によぎる、コイツらどうやって倒せばいいんだと言う怪人たち。ボロスとかボロスとか、主にボロスとか。怪人ガロウについては予め知っていれば出現の回避も...駄目だねこれ俺の年齢的に多分手遅れだね。
アニメ版ボロス様だったら地球破壊規模の攻撃になってるんだよな、崩星咆哮砲。村田版ガロウだったらガンマ線バーストとかどうすればいいんだよ、あとONE版、そういえばボロス様復活しようとしていませんでしたか...?
今まで築き上げてきた筋肉が崩れ去るような感覚。
原作の傷一つなかったクロビカリの肉体と比べると、俺の体は古傷だらけ。あまりにも劣っている。
(いや、でも俺たちにはサイタマがいる!)
ハゲマントことサイタマ、あの最強の男さえいれば問題ない、と言うかそういう物語だ。なんなら、サイタマの実力を知っている俺が掛け合ってS級にでもすれば、原作よりも被害は抑えられるかも知れない。
(それはそうと、せめて原作クロビカリぐらいは強くならなくちゃな...そうしないと、サイタマがカバーしきれない範囲の被害が原作以上に大きくなる可能性がある)
これまで以上にストイックに訓練を重ね、今まで以上に積極的に怪人を狩り、サイタマの捜索を続けた。
サイタマを探して三千里。どこにもいない。
そうこうしているうちに、ワクチンマンが登場。原作開始のアナウンスである。
(やっぱりいねぇ、サイタマがどこにもいねえ...!)
おいボロスどうするんだよ、ガロウは宇宙的恐怖モードになられた時点で詰みだし、なんなら怪人協会編では手数不足で地球滅亡まっしぐら。あとあの御方どうするんだよ、サイタマだからワンパンできただけで普通に強いぞ、次元斬ってなんだよ筋肉貫通技じゃねえか。
ワクチンマンは完封できたが、サイタマならワンパンだったところが2撃必要だったし、どうするんだよコレ。確かに全力で訓練は重ねてきた。でもそれでなんとかなる問題じゃないんだよなぁ。
「クロビカリ先生、お勤めご苦労様です!」
「いや出所したての悪じゃないんだから」
冷静に考えると、何故かジェノスが俺に弟子入りしようとしている時点で気づくべきだった。多分サイタマはいないって。
あぁもう、クソッタレ!
昼間の月に向けて思いっきり中指を立てる。
やってやろうじゃねえかこの野郎!俺がサイタマの代わりをできる限りやってやる!
(とりあえずはマルゴリに進化の家...あぁ、モスキート娘もいたっけな。地底人と海人族も忘れちゃいけないな)
ここから先は、自惚れでもなんでもなく、俺の一手で世界の命運が変わりかねない。
「ジェノス...このままだと、地球がヤバい。コレからの戦いは激しいものになるだろう。付いて来れるか?」
「!?(先程の怪人は自らを地球意志だと名乗っていた、先生はそこから何かを読み取った...?)勿論です、先生!」
「じゃあ、とりあえず...焼肉でも食いに行くか」
クロビカリがサイタマより優れている点、それはただ一つ。好きな時に高級焼肉を食べることができる財布の余裕のみである──
♦︎♦︎♦︎
(あー、やっべぇ)
完全に忘れていた。ボロス以前に、街一個消し飛ぶレベルの災害が一個残っていた。
とりあえずマルゴリはいい感じに打ち上げて、そのまま海の方へ誘導して被害は最小限に抑えた。サイタマのパンチを喰らっても原型保ってたしお前やっぱ鬼のタフネスじゃないよ、ワクチンマンよりよっぽど硬かったわ。竜はあるって絶対。
進化の家もいい感じに壊滅させたし、しばらくは安泰だと思っていた矢先にコレだ。
巨大隕石である。
巨大隕石である
巨大隕石であるッ!!
「いやぁ、
空を覆い尽くす巨石。大気と擦れ合い、発火しながら落下するそれは、ヒーロー協会曰く、30分後に落下するとか。
「で、バングさん。行けそうです?」
「まぁ、無理じゃろうて」
ヒーロー協会からの招集に応じたのは俺とジェノス、そしてシルバーファングことバングのみ。
その昔、俺の拳を悉く捌いたバングさんならいけるかな、と思ったが無理か。
「あの拳...爆心開放拳を身につけた俺なら?」
「...わしはお主にあの拳を教えるつもりはない。お主なら、そんな物なくとも隕石を撃ち破れようて」
村田版でガロウが使用した、若かりし頃のバングが開発した超攻撃型の邪拳。ひょんなことから、バングの道場に居候していた時期。そこで教えてもらおうとしたが一蹴された、そんな過去がある。
まぁ、当然っちゃ当然か。俺はバングの弟子ですらない。
「お主は、自身の力を過小評価する癖がある。謙遜は美徳じゃが、その癖はいつか致命的なミスを生むじゃろう」
ばん、と力強く背中を叩かれる。
「師匠のお主がそんな調子では、弟子も不安になる。しゃっきりせんかい!」
本当の怪物を知らないからそんなことが言えるんだ、という反論の言葉がでかかり、それを抑え込む。
そうだ、俺が不安になってどうするんだ。そもそも、俺がやるしかないじゃないか。
「適当でいいんじゃ、適当で。土壇場こそ、な。結果は変わらん。それがベストなんじゃ」
ジェノスの、先生を信じるという力強い目線が突き刺さる。
適当がベスト、か...
自身の大岩の如き拳を見つめる。
「ジェノス、俺は今から隕石を破壊する。破片に漏れが出るだろうから、迎撃は頼んだ。バングさんも、破片ぐらいならいけるでしょう?」
メタルナイトは来なかった。大方、俺のデータを取ることに集中したいとかそんなところだろう。
適当でいい。イメージするのは、究極の脱力。仮に俺の技術を1だとすれば、バングさんのそれは10や100に迫るだろう。だが、未熟な技術でも、圧倒的肉体を持つ存在が振るえば、その威力は1000にも10000にも拡大される。
硬さと柔らかさを兼ね備えた究極の状態へ変化した筋肉は、バネのように弾み、一度のジャンプで隕石の目の前までクロビカリの体を運ぶ。
「超合金──『ダブルバズーカ』ッ!!」
「なんだ──
柔けえじゃん、隕石」
隕石に隈なくヒビが入り、粉砕される。
そのまま、破片を踏んで飛び回り、残った破片を破壊する。ジェノスの焼却砲や、バングの拳が撃ち漏らした破片を破壊する。
その日、人類は新たな神話の誕生に歓喜した。
超大型隕石による被害、0。
続くかもしれない