ニタモノドウシ   作:ビンカーフランス

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STEP1:待ち合わせ/出会い

 荻窪から丸の内線、有楽町線と、通勤ラッシュでも無いのに寿司詰めになっている休日の東京メトロの電車に押し潰されて25分。更に普段慣れない複雑かつ長い通路を彷徨って10分。

 

 そしてようやく自分と同じぐらいの若者でごった返す大通り───池袋駅東口に這い上がった時には、既に約束の時間から15分も過ぎていた。

 

「ヤッベェェ!! かんっぜんに遅刻だって!! 不味いってぇ!!」

 

 往来の、それも人がごった返しているど真ん中で、寝ぐせだらけの茶髪を掻き毟りながら叫ぶ。その視線の先にあるデジタル腕時計は、無慈悲にも『10:15』と、その青年が寝坊した事実を叩きつけて来る。

 

「何処だぁ……何処だってぇ……!!」

 

 休日で人通りの激しい駅前通りで立ち尽くし、ギョロギョロと行き交う群れの中で必死に目線を右往左往させると、不意に自販機の隣で隠れるように待っていた薄い灰色髪の少女を見つける。

 

 夏場に吹き抜ける風に柔らかく揺れるショートカット、人混みに慣れなくてウロウロと足元を見る丸ッとした瞳。そして、一目見るだけでフワフワとした気持ちになる不思議な雰囲気。

 

 その不思議にして可憐な少女に向けて、青年は恥じらう素振りも見せず、人混みに埋もれないよう高らかに手を振ってみせる。

 

 間違える筈も無い。アレはきっと。

 

「居たぁ!! とっもりちゃーん!!」

 

 青年の───練馬 来斗の片思いの相手にして、最近巷の人気バンド『MyGo!!!!!』のボーカル。高松 燈に違いない。

 

「あっ……練馬、くん」


「あのバカ、何やってんだ」

 

 とまぁ、悪友のやらかしを電柱の陰から見守っていた黒崎 則望()は、思わず重い溜息を吐き出してしまった。

 

「アイツ本当にやる気あんのか? 初デートで遅刻とか、世の女性に一発でブチ切れられんぞ」

 

 練馬当ての留守番電話履歴だらけのスマホをジーパンのポケットにしまい、再び自然に佇まいを意識して、電柱の陰からそれとなく様子を探る。

 

「ごめん! ほんッとうにごめん!! 何でもするから許して!!」

「あの、大丈夫……お陰で、綺麗な葉っぱ見つけられたから。ほら、此処の形がハートみたいで……」

「えっ!? 本当じゃん!? ナニコレ!? 何処で見つけたの! スゲェ!!」

 

 どうやら遠巻きで見る限りだと、気まずい雰囲気にはなっていないようだ。寧ろ遅刻したと言うのに和気あいあいしているように見えた。

 

「何とかなった、って感じか……ハァ、心配させやがって」

 

 と言うか、どうして俺がこんなにハラハラしなくちゃならないんだ? と額に流れた嫌な汗を拭いつつ、そのキッカケをふと思い返してみる。


 確か───そうだ、キッカケは夏休みに入る前の放課後の部室でだ。

 

『黒崎ぃぃぃ!! 俺に女の子の落とし方を教えてくれぇぇ!!』

 

 俺が文化祭で演る流行りの曲を練習している時に、あのバカが叩いていたドラムの音よりもバカでかい叫び声で頼み込んで来た事が始まりだった。

 

『ハッ? お前に何言ってんだ? 遂に頭ぶっ壊れたのかよ』

『頼む! 訳は聞かないでくれ!! そして俺に女の子とイー感じになるモテテクを教えてくれ!!』

『ねぇよ。逆に何で知ってると思ってんだ』

 

 使い込んだドラムスティックをケースにしまいつつ、目の前の霞んだ茶髪頭を見下す。コイツとは一応、軽音部のバンドを組んで早一年が経つが、何時もこんな感じなので、付き合っていたらキリが長い。

 

『ほら! お前って、何かちょっと不思議っぽい子にモテんじゃん? 例えば、帰る時いつも後ろ付いて来る子とか、お前が帰った後に座ってた席に頬ズリする子とか」

『ちょっと待て。初耳なんだが? マジで言ってる?』

 

 それは不思議っぽいではなく変だ、と言うか変態じゃねぇか。そんな層に俺はモテていたのか? と言うか、何故知ってて教えなかったんだ、このクソ野郎は。

 

『兎に角! 何でもいいから女の子との接し方を教えてくれ!!』

 

 とまぁ、そんな俺の心情も無視して、練馬は一心不乱に軽い頭を下げ続けている。だが、生憎とコイツの馬鹿な頼みに付き合うつもりはない。

 

『今回はマジなんだよ……頼む!!』

 

 だが、下げていた頭を一度上げた時、思わず練馬と目が合ってしまった。

 

 その目は何というか……詩人でも無いオレでは上手く、言葉で言い表せないが、今までの宿題写させてくれなんてのとは、違っていたような気がした。まぁ、有体に言ってしまえば。

 

 その時の練馬は、本気だと思ってしまった。

 

『……連絡先、知ってんのかよ』


 ───とまぁ、我ながら甘いなと思いつつ、誰とも知らぬ練馬の想い人の落とす方法を考えてやって一か月、ようやく初デートに漕ぎ付けたアイツの雄姿を確かめる為に、こんなストーカー紛いの事をしていると。

 

「つか、相手はあの高松 燈かよ……一体どこで知り合ったんだぁ?」

 

 チラリと、浮かれて鼻の下を伸ばしまくっている練馬と向かい合っている少女をもう一度確認する。そして、記憶に焼き付けてから、スマホを取り出して、『MyGo!!!!!』と検索すると、いの一番に同じ顔をした少女の画像がトップに上がる。

 

 高松 燈───メジャーにこそなっていないが、戦国時代とも揶揄されるガールズバンド界隈で、最近頭角を現し始めた人気ガールズバンド『MyGo!!!!!』のボーカル担当。その透き通るように澄み渡った歌声が特徴で、魅了されたというファンが多くいるというらしい。

 

 そんなガールズバンドに詳しくない俺でも知っている有名人と、今アイツはデートをしようとしている訳か……その事実が目の前にあるというのに、思わず自分の頬をつねりたくなってしまう。

 

「まぁ……何にせよ。アイツ一人じゃ何しでかすか分かんねぇし、付いていくか」

 

 だが、一度は手を貸してやった身だ。相手が有名人だろうとバケモンだろうと、最後まで付き合ってやるのが道理だろう。

 

「それじゃあ行こうぜ!!」

「う、うん……!!」

 

 今までの経緯をそうこう考えていると、どうやら二人が駅前から移動し始めた。それに合わせて俺も電柱の影から動き出そうとしたその時。

 

「───何アイツ。折角、燈が約束の15分前から待ってたのに、遅れて来るとか有り得ない……!!」

 

 雑踏の足音に紛れて、何やら気になる言葉が不意に耳を通って意識の内に入り込んだ。

 

 ───今にして思えば、無視してやれば、今日一日はこんな面倒事に巻き込まれる事は無かっただろう。だが、その時の俺は愚かにも、つい反射的にその言葉の元を追ってしまった。

 

 少し前にあるオフィスビルの陰に、如何にも気が強そうな髪の長い女。それが吊り上がった目元を更に引き立たせて、眉を苛立ち気に歪ませながら、俺と同じように2人の行方を覗き見ていた。

 

 その時、女が俺の視線を感じたのか、駅から離れて歩き出す二人から逸れて後ろを振り向く。すると必然的に、呆然と眺めていた俺と目が合う。

 

「「……」」

 

 ……そして暫し見つめ合って数秒後。

 

「誰? ストーカー?」

「お前こそ誰だよ。新手のストーカーか?」

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