ニタモノドウシ   作:ビンカーフランス

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STEP10:決心/戸惑い

 俺が電話に出たのは、携帯の使用が許可されているフリースペースに移動してからだった。

 

 そこに設置されていた小高い丸テーブルに肘を置き、若干の深呼吸を挟んでから、意を決してスマホの応答ボタンに指を掛ける。

 

『もしもし黒崎?』

「……どうした、お前? デート中じゃねぇのか」

 

 首筋に流れる冷や汗を気にしないフリをして、何も知らないように電話越しの見知った声に応えてみせる。

 

『そうそう、そうだよ。それなんだけどさぁ』

 

 俺の気苦労も知らず、電話越しの黒崎は意気揚々と喋り始める。一体どんな用事なのかと待っていると。

 

『俺、燈ちゃんに告白しようと思う』

 

 

 

 

「ハッ?」

 

 

 頭が真っ白になった。

 

 

『いやだから告白を』

「待てっ! 頭が追いつかねぇって! どういう事だよ!!」

『お前、俺の事尾けてただろ』

 

 頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃だった。一体どうして、いつから……もしかして最初から? いやそんな事はどうだって良い!! 

 

 一度スマホから顔を離して、呼吸を整える。そして落ち着きを取り戻すと、再度俺は耳を傾ける。

 

「……いつから気づいてた」

『服屋行った時に、お前の声がしたから、まさかとは思ってたけどよぉ』

 

 あの時か───我ながら詰めの甘さに今更ながら後悔してしまう。だが、今更嘆いた所でもう遅い。それよりも大事なのは、コイツをどう止めるかだ。

 

 初デートで告白なんてしてみろ。まだ大した関係性も無いのにそんな事をしでかせば、必ずフラれるに決まっている。現実はアニメや漫画のように上手く行く筈がない。

 

 だというのに、この馬鹿は一体何を考えて物を言っているんだ───最悪の事態を避けようと、どうにか説得の言葉を探している中、先にアイツの方から仕掛けてきた。

 

『……なぁ黒崎、オメェにはバンド組んでた時から、散々迷惑掛けてたよな』

「今更何言ってやがる。それがどうしたって」

 

 ───そんなのは今に始まった事じゃない。コイツとバンドを組んだ時からずっと迷惑を掛けられ続けている。

 

 だから今回も、俺がどうにかして。

 

『もう大丈夫だ。後は俺だけの力でやってみる』

 

 ───やれる事は無いと、言われた。

 

『そんじゃあな。全部終わったら、慰めてくれよな』

 

 それを最後に、電話口から一定調の電子音しか聞こえなくなった。


「……」

「何処に行くつもり」

 

 休憩スペースから出ると、その入り口で待っていた椎名に呼び止められる。

 

「アイツの所」

「行ってどうすんの」

「止めてくる」

 

 そう簡単に答えると、俺は直ぐに水族館の出口に向かい出す───兎に角、今は時間が無い。暴発寸前の馬鹿を一刻も早く見つけて、止めないといけない。

 

 だというのに。

 

「待って」

「んだよ。邪魔すんな」

 

 椎名が、俺の袖を掴んで引き留めて来やがった。

 

「離せよ」

「燈の……アイツの所に行くつもりでしょ」

 

 俺の話を盗み聞きしていたのか。だとすれば、椎名には俺を引き留める理由は無い筈だ。

 

「……良いのか? 愛しの燈ちゃんが傷つくかも知れないぞ」

「ッ! ……」

 

 もし練馬が告白でもすれば、あの少女は恐らく、断るに違いない。すると、その断った自責で、心に傷を作るかも知れない。高松という少女を大事にしている椎名で有れば、尚更見過ごせないだろう。

 

 俺はアイツが馬鹿な事を止めたい。そして、椎名はそのせいで高松が傷つくのを止めたい。互いに利害が一致している。

 

 それでも未練がましく、俺の袖を掴む理由が分からない。

 

「……私だって嫌だ」

「だろ、だったら」

「でも、それだけじゃない」

 

 ───どうやら椎名には、俺が知らない理由があるらしい。

 

「もしかしたら……」

 

 その理由を、椎名は僅かに震えた唇から教えてくれた。

 

「もしかしたらこのまま燈が、私の知らない所に行くのかもって───そう考えたら、お前の方が正しいのかもって思ってしまう」

 

 俺は無意識に息を呑んでしまう───そんな事は思いつきもしなかった。でも言われてみれば、その通りだった。

 

 ……そうか、そういう事か。俺はアイツが馬鹿やって失敗するのを恐れているんじゃない。もし成功してしまったその後に、アイツが変わってしまうのが恐れていたのか。

 

 アイツが変わって……俺が居なくても、やっていけるようになったその時、俺はまた独りになってしまう。そう思うと、怖くてしょうがない。

 

 コイツはただ俺のエゴに違いない───それでも、俺は今を続ける為なら、泥くらい自分で被ってみせる。

 

 

 

 

 

「でも、それじゃあ駄目なんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 だが、今度は袖じゃ無く襟首を掴み挙げると、一際強く俺を揺さぶる。

 

「私も……お前も、燈じゃないし、アイツじゃない!!」

「ッ……!!」

 

 ───そんな事、知っている。俺はアイツのように、夢にも、そして恋にも真っ直ぐ突き進む真似なんて出来ない。出来る事と言えば、精々知ったようなフリをして誤魔化すぐらいだ。

 

 だから本当は、練馬が高松と上手く行っているのは、俺のお陰じゃない……全部、アイツ自身が掴んだ物だ。それを俺みたいな横から出てきた奴が、手を付けられる訳がない。

 

「だから決めるのは、私でもお前でもない……二人なんだよ!!」

 

 椎名、お前の方が正しいよ──なのに何で。

 

「それでも、行くの?」

 

 お前の方が泣きそうな顔をしてんだよ。

 

 俺が間違っているなら、ハッキリとそう言え。本当は間違っていても止めたくない癖に、強がってるんじゃねぇよ。

 

 コイツは何処まで───本当に何処まで。

 

 

 

 

 

「……俺は」

 

 俺と似たもの同士なんだよ。

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