俺が電話に出たのは、携帯の使用が許可されているフリースペースに移動してからだった。
そこに設置されていた小高い丸テーブルに肘を置き、若干の深呼吸を挟んでから、意を決してスマホの応答ボタンに指を掛ける。
『もしもし黒崎?』
「……どうした、お前? デート中じゃねぇのか」
首筋に流れる冷や汗を気にしないフリをして、何も知らないように電話越しの見知った声に応えてみせる。
『そうそう、そうだよ。それなんだけどさぁ』
俺の気苦労も知らず、電話越しの黒崎は意気揚々と喋り始める。一体どんな用事なのかと待っていると。
『俺、燈ちゃんに告白しようと思う』
「ハッ?」
頭が真っ白になった。
『いやだから告白を』
「待てっ! 頭が追いつかねぇって! どういう事だよ!!」
『お前、俺の事尾けてただろ』
頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃だった。一体どうして、いつから……もしかして最初から? いやそんな事はどうだって良い!!
一度スマホから顔を離して、呼吸を整える。そして落ち着きを取り戻すと、再度俺は耳を傾ける。
「……いつから気づいてた」
『服屋行った時に、お前の声がしたから、まさかとは思ってたけどよぉ』
あの時か───我ながら詰めの甘さに今更ながら後悔してしまう。だが、今更嘆いた所でもう遅い。それよりも大事なのは、コイツをどう止めるかだ。
初デートで告白なんてしてみろ。まだ大した関係性も無いのにそんな事をしでかせば、必ずフラれるに決まっている。現実はアニメや漫画のように上手く行く筈がない。
だというのに、この馬鹿は一体何を考えて物を言っているんだ───最悪の事態を避けようと、どうにか説得の言葉を探している中、先にアイツの方から仕掛けてきた。
『……なぁ黒崎、オメェにはバンド組んでた時から、散々迷惑掛けてたよな』
「今更何言ってやがる。それがどうしたって」
───そんなのは今に始まった事じゃない。コイツとバンドを組んだ時からずっと迷惑を掛けられ続けている。
だから今回も、俺がどうにかして。
『もう大丈夫だ。後は俺だけの力でやってみる』
───やれる事は無いと、言われた。
『そんじゃあな。全部終わったら、慰めてくれよな』
それを最後に、電話口から一定調の電子音しか聞こえなくなった。
「……」
「何処に行くつもり」
休憩スペースから出ると、その入り口で待っていた椎名に呼び止められる。
「アイツの所」
「行ってどうすんの」
「止めてくる」
そう簡単に答えると、俺は直ぐに水族館の出口に向かい出す───兎に角、今は時間が無い。暴発寸前の馬鹿を一刻も早く見つけて、止めないといけない。
だというのに。
「待って」
「んだよ。邪魔すんな」
椎名が、俺の袖を掴んで引き留めて来やがった。
「離せよ」
「燈の……アイツの所に行くつもりでしょ」
俺の話を盗み聞きしていたのか。だとすれば、椎名には俺を引き留める理由は無い筈だ。
「……良いのか? 愛しの燈ちゃんが傷つくかも知れないぞ」
「ッ! ……」
もし練馬が告白でもすれば、あの少女は恐らく、断るに違いない。すると、その断った自責で、心に傷を作るかも知れない。高松という少女を大事にしている椎名で有れば、尚更見過ごせないだろう。
俺はアイツが馬鹿な事を止めたい。そして、椎名はそのせいで高松が傷つくのを止めたい。互いに利害が一致している。
それでも未練がましく、俺の袖を掴む理由が分からない。
「……私だって嫌だ」
「だろ、だったら」
「でも、それだけじゃない」
───どうやら椎名には、俺が知らない理由があるらしい。
「もしかしたら……」
その理由を、椎名は僅かに震えた唇から教えてくれた。
「もしかしたらこのまま燈が、私の知らない所に行くのかもって───そう考えたら、お前の方が正しいのかもって思ってしまう」
俺は無意識に息を呑んでしまう───そんな事は思いつきもしなかった。でも言われてみれば、その通りだった。
……そうか、そういう事か。俺はアイツが馬鹿やって失敗するのを恐れているんじゃない。もし成功してしまったその後に、アイツが変わってしまうのが恐れていたのか。
アイツが変わって……俺が居なくても、やっていけるようになったその時、俺はまた独りになってしまう。そう思うと、怖くてしょうがない。
コイツはただ俺のエゴに違いない───それでも、俺は今を続ける為なら、泥くらい自分で被ってみせる。
「でも、それじゃあ駄目なんだよ!」
だが、今度は袖じゃ無く襟首を掴み挙げると、一際強く俺を揺さぶる。
「私も……お前も、燈じゃないし、アイツじゃない!!」
「ッ……!!」
───そんな事、知っている。俺はアイツのように、夢にも、そして恋にも真っ直ぐ突き進む真似なんて出来ない。出来る事と言えば、精々知ったようなフリをして誤魔化すぐらいだ。
だから本当は、練馬が高松と上手く行っているのは、俺のお陰じゃない……全部、アイツ自身が掴んだ物だ。それを俺みたいな横から出てきた奴が、手を付けられる訳がない。
「だから決めるのは、私でもお前でもない……二人なんだよ!!」
椎名、お前の方が正しいよ──なのに何で。
「それでも、行くの?」
お前の方が泣きそうな顔をしてんだよ。
俺が間違っているなら、ハッキリとそう言え。本当は間違っていても止めたくない癖に、強がってるんじゃねぇよ。
コイツは何処まで───本当に何処まで。
「……俺は」
俺と似たもの同士なんだよ。