「……」
夏に似つかわしくない涼しい風が、練馬の肌を優しく撫でる───スマホの時間表示を確認すると、既に時間は夜の7時半を超えていて、練馬に電話を掛けてから10分は過ぎている。
「……サンキュー、親友」
今まで付き添ってくれていた親友の影を振り払うと、練馬は背を向けて前を向く。そこに居るのは、噴水の縁に腰掛けて、自分を待ってくれていた燈が居る。
「さて、燈ちゃん。待たせてごめんな」
「ううん、良いよ」
そう気にしていないように言ってくれるが、理由も無く連れ出して、文句一つ言わずに感謝してくれるとは、一体何処まで優しいのだろうか。
「それで、練馬君……どうして、此処なの?」
「此処って夜になると、噴水がブワァって上がって綺麗なんだよ。最高だろ?」
───もし、告白する時に最高の場所は何処だって聞いた時、親友はスマホの地図を開いて、練馬にピンを刺した場所を見せてきた。
『そりゃお前、デートのシメには打って付け野場所と言えば、此処だろ』
それは西口公園の噴水前───夜空に向かって天高く吹き出した水柱が、ライトに照らされて幻想的に輝く景色だった。
「それに、アイツが来るかもだしな……」
そして今、その場所に練馬は立っている。
自分でアドバイスをしておいて、此処が分からないわけが無い。それでも来ないという事は───つまり練馬を信じてくれたという事だ。
本当ならば、こんな事をする必要はない、だからコレはタダのケジメだ。
今までこんな自分を支えてくれた唯一無二の親友へ、最後は自分を信頼して、格好付けさせてくれという意思表示。それを黒崎は受け止めてくれた。
だからこそ、その信頼に応えるために、ハッキリと言わなければならない。
「燈ちゃん。俺の話聞いてくれる?」
「……うん」
練馬がそう問い掛けると、燈は顔を紅潮させてコクリと頷いてくれる。それで練馬の覚悟は決まった。
「───俺、燈ちゃんに出会えて、本当に良かったと思ってる」
出会いは一方的だった───あの時の練馬は多くの観客の一人。燈にとって顔を覚えられていない誰かだった。
「燈ちゃんが出逢えたから、俺はこうやって立ち直れたし、大事な親友とも胸張って一緒に居れる」
でも、練馬は燈に出逢えたからこそ、全てが変わった。投げ捨てた夢にもう一度向き合えたし、こんなにも背中を押してくれる親友にも出逢えた。
「燈ちゃんは───俺自身を、繋ぎ止めてくれた」
今にも溢れ出そうな練馬の思いに合わさって、噴水がブクブクと水面を泡立っている。
そう───燈ちゃんに出逢えたから。
高松 燈という、不器用でも迷子になっても、それでも真っ直ぐに進もうとする少女を好きになったから。
「だから───」
でも、そこから先が───上手く言えない。もう頭の中では思い浮かんでいる筈なのに、喉で詰まってしまう。
「ッ……!!」
折角、此処まで来たのに。信じて送り出してくれた黒崎の為に、自分の為に涙を流してくれた燈の為に、伝えると決めたのに、普通で覆い隠していた時の過去が足を引っ張ってくる。
もし、これでダメだったら───自分を受け止めてくれなかったら、どうなる? そんなのは考えたくは無いが、ずっと練馬の頭の中に付き纏ってくる。
自分を変えてくれた燈ちゃんに、今の自分を受け入れてくれなかったら、その時は───。
───勇気を出せず俯いた時、視界の端に映った、手に持ったままのスマホには、親友の言葉が浮かび上がっていた。
『安心しろ、ケツは持ってやる』
───泡めき立っていた噴水の水面が、輝きに照らされて、天まで高く溢れ出した。
「好きです───俺と、付き合ってください」
やっと、言えた。
初めて出会ったその時から思っていた言葉を、今此処で漸く口に出せた。
黒崎のように上手い口説き文句なんて、言えないし言えるはずも無い。練馬に出来るのは。
ただ真っ直ぐに、それでいて空回りしても不器用に、思いを伝える事だけだ。
その先に、どんな未来が待っていたって、その後ろには頼れる親友が付いているから、練馬は怖くない。
「私は───」
「……ったく、テメェのせいだぞ。責任取れよ」
スッカリ暗くなった夜空を見上げた後、俺は駅前の自販機で買ったコーラの口を開ける。
「自分で決めたのに私のせいにするとか、どういう神経してんの」
「あぁーはいはい、そうですね。悪かったよ」
隣にはまた何時ものように、キツい目元をつり上げた椎名が睨み付けている。そんな冷たい視線を交わしつつ、コーラを一口煽る。
何時もの飲み慣れた甘ったるコーラが、ヤケに今日は美味しく感じる。夜とは言え、未だに残る夏の暑さのせいか……いや、そうじゃないか。
これはきっと、やり遂げたからこその達成感のお陰に違いない。そう思えば、この味も悪くない。
「……結局、どうなったのかねぇ。あの二人」
「さぁ、なるようになるでしょ」
ヤケにアッサリと言い切ってくれる。吹っ切れたというか何というか……最初に会った時と比べて、少しトゲが抜けたと言うべきか、成長したと言うべきか悩む。
───でも、それは俺も同じだろうな。
「私と同じと思ったでしょ」
「どうして分かった?」
「似たもの同士だから」
そう悪戯のようにフッと笑う椎名。それに釣られて、俺も思わず口元が緩んでしまい、こっちまで同じ顔になってしまう。
───結局、練馬の所へは行かなかった。椎名に説得されたからじゃなく、俺自身がそう決めたからだ。
でも、椎名に大事な事を気づかせられた。
「……あの馬鹿も、お前の大事な高松も、いつかは変わる」
「そう……だよな。燈もいつか……」
椎名も、俺も目を伏せる───これから先、どんな道を歩むのかは見当も付かないが、俺達の知る親友の形は無くなっているかも分からない。
「でも、二人は俺達を置いていかない」
スマホを取り出して、今さっき送ったばかりのメッセージを見る。
───いつか、アイツはきっと変わってしまうだろう。だけど、その隣にはきっと俺が居る。一生バンドをやろうと言ったあの時から、アイツは俺を置いていかないと、そう信じている
だからアイツを信じてやらないと釣り合わない───そう思ったからこそ、俺はそれに応えただけだ。
「そんじゃ、俺はもう帰るわ。これ以上、此処に居てもしゃあねぇしな」
これ以上アイツの恋の行く末に関与しないと決めた以上、此処に用はない。飲み終えたコーラ缶をゴミ箱に投げ捨てると、俺はその場から立ち去ろうとする。
「あっそ。じゃあサヨナラ」
それに対して、椎名の反応は素っ気ない。ずっと一緒にストーキングをしていた仲だと言うのに、相も変わらず冷たい奴だ。本当に高松にしか興味が無い。
───だったら良いぜ。折角だから最後に仕返ししてやる。
「あっ、そうだ。最後に一つ」
「なに。また悪趣味な冗談?」
「違う違う。って」
何時でも逃げ出せるように、軽めに足を回してウォーミングをする。
───思えば、コイツには散々振り回されていた。急に暴走しそうになったりして、コイツの知り合いにも一々モヤモヤさせられたりもした。
だけど、そう悪くは無かった。ふとした時に見せる笑顔には、本当に少しだけトキめかされたし、試着室で見せた思わず言ってしまった言葉も、認めたくないが本心だ。
それに───コイツは止めてくれた。自分だって変わるのが怖い癖して、それでも俺の袖を引いて引き留めてくれた。
もし椎名が居なかったら、俺は真っ直ぐに親友を信じる事が出来なかった──だからコレは、俺なりのお礼だ。
アイツ程じゃないが、俺だって真っ直ぐに言える。
「俺、お前の事結構好きだぜ。付き合っても良いと思うくらいにはな」
「……ハッ? ……ハァァァァァァァ!?」
そして、一瞬にして椎名の顔は、まるで爆発したように真っ赤に染まって壊れた。
「と言うわけで……」
その隙に俺は全速力で交差点の向こう側まで駆け抜けて、椎名の魔の手から逃れてみせる。
「じゃあな椎名! もうこんなストーカー紛いの事すんじゃねぇぞ!!」
「ちょっと待て! 今のはどういう!!」
赤く点灯した信号機が、俺と椎名の間を遮ると、引き留める椎名には目も暮れず、そのまま通りの向こうへと流れていく群衆の中に紛れ込んだ。