───椎名と別れてから、人の波に流れに流されて、漸く誰も居ない路地裏にまで辿り着くと、俺は。
「……ハァ、らしくもねぇ」
アイツと同じように真っ赤に染まった頬の熱に触れて、溜息を吐いてしまった。
別に告白紛いの言葉を残したから、こういう風になっているんじゃない。自分で言うと決めた以上、恥ずかしがるのは道理が違う。
多分、これは去り際の雑踏の中、一度だけ振り向いた時に聞こえた、あの言葉のせいだ。
『───ありがとう』
───あんな顔で言われたら、誰だって顔が真っ赤になるだろうが。勘違いさせんじゃねぇよ。
「勿体無い事、しちまったか?」
自分でしでかしといて何だが、もしかしたらチャンスがあったんじゃと、後ろ髪を引かれてしまう。だが、冗談じゃ無い。あんな狂犬を手懐ける自信なんて無いし、ラブロマンスは、練馬と高松だけで充分腹一杯だ。
それに俺にはやる事がある。
「さて……行くか」
───大体、アイツが行きそうな場所は知っている。きっと近所の公園で暇している頃だろう。
慰めるにせよ、祝うにせよ、尻拭いをするって言った責任は取らないとな。
「何アイツ……有り得ない、有り得ない有り得ない!!」
スニーカーの底がゴリゴリ削れるのにも構わず、怒りに任せて半ばヤケになって、椎名は帰り道を走り出す。
息が絶え絶えになっても、椎名は走るのを止めない───そうでもしないと、昂ぶる心臓の音をごまかせなくなる。あの男の告白紛いな言葉に、自分がときめいていると錯覚してしまいそうになる。
「ハァ、ハァ……」
だが遂に体力が底を尽きると、足が言う事を聞かなくなって、自分の意思とは関係なく、丁度近くにあった電柱に寄りかかってしまう。
それでも、まだ早くなった心臓の音と、頭の中で纏わり付く黒崎の顔が消えない───良い加減に自覚しろと、本能が訴えているかのようにさえ思えてしまう。
「アイツは……」
───電柱の元に照らされた、自分と姿形がよく似た影を眺める。
アイツは、黒崎は───本当に嫌な奴だった。一々人を小馬鹿にしないと喋れないし、デリカシーの欠片すらも見せない男だ。どうしてそんな奴にトキめいていると錯覚を覚えるのかすらも分からない。
「でも、感謝は……してる」
だが、悪い奴では無かった。所々で椎名に対して気遣いを見せていたりもしたし、自分と同じように、本気で親友の為に真剣になる姿は、そう格好悪くは無かった。
それに───だ。
『俺、お前の事結構好きだぜ。付き合っても良いと思うくらいにな』
「アイツ……あんな顔するとか、聞いてない」
あの気取った澄まし顔が、照れくさそうに真っ赤に染まるのは反則だ。こんなの、意識しない方が可笑しくなる。
「次会ったら、絶対にぶん殴る……!!」
やっぱり、今からでも黒崎を見つけ出して、あの赤くなった澄まし顔をぶん殴ってやろうかと、椎名は拳を握る。
でも、その前に胸ポケットに入れていたスマホの着信が、椎名の暴発寸前の感情に蓋をした。
「誰……って、燈!?」
誰からの電話かと思えば、その名前は『燈』と記載されている。反射的に直ぐ出ようとするが、応答ボタンを押そうとするその手が、一瞬だけ止まる。
きっとこれはさっきの───告白された事についてに違いない。電話に出なくても、そう直感的に椎名は理解してしまう。
告白を受けたのか、それとも断ったのか───それを知ってしまうと、もしかしたら何かが変わってしまうかも知れない。そんな弱音が心の内を掠めてしまう。
「……もしもし」
───だけど、椎名は恐れずに電話に出てみせた。
燈が、大事な人が変わってしまうのは確かに怖い。でも、黒崎が練馬を信じたように、椎名もまた、自分を救ってくれた燈を信じている。
アイツの真似をするつもりは無いが───コレだけは断じて言える。
例え自分の知る燈が変わってしまっても───燈は自分を置いていかないと信じている。
「よぉ、なんでそんなシケた面してんだ?」
「……フラれた」
「そりゃ災難な事で」
「燈ちゃん……俺の事は好きだけど、今は無理だって」
「なんだ、まだ脈有りじゃねぇか。良かったな」
「でもフラれた事には変わりねぇだろうがよぉ!!」
「それは知らねぇ、こっぴどくフラれるよりマシだと思え」
「なぁ、黒崎ぃ」
「んだよ。野郎の慰めはしねぇぞ」
「ありがとな、心配してくれて。やっぱ俺、お前が居ないとダメだわ」
「……俺が居なくても、お前は上手くやってたよ」
「もしもし……立希、ちゃん」
『どうしたの、燈……』
「私、その、実は……練馬君、っていう男の人と、デートしてて」
『……知ってる』
「えっ……」
『それで、どうしたの?』
「うん……その、告白されたけど……断った」
『……どうして? 好きなんでしょ』
「好きだけど……今は無理だから」
『どうして……』
『アノンちゃんにらーなちゃん、そよちゃん……」
「それに立希ちゃんの為に───今は一生懸命になりたいから」
「……燈がそれを選んだったら、私は良いと思う」