「黒崎ぃぃぃぃ! 大変だぁぁぁぁぁ!!」
「練習の邪魔すんじゃねぇ」
俺が日課のドラム練習をしていると、これまたいつも通り、ギャアギャアと騒ぎ立てながら、黒崎が部室のスライドドアを乱暴に開いた。
「大体どうして何時も俺が練習中に……」
「ま、ま、また燈ちゃんとデートする事になった!! しかも向こうから!!」
「チケェよ! つか押しつけんじゃねぇ!! 見えねぇだろうが!!」
パーソナルスペースなんのそのに、俺の顔面にスマホを押しつけてきやがる。それを無理矢理引っぺがして、そのやり取りを確認してみると……確かに、一方的だった練馬とのチャット欄に、高松からのデートの誘い文句が送られてきていた。
「……マジか。どういう手を使いやがった。脅しか?」
「そこは俺の魅力を信じてくれよ!?」
コイツに魅力があるのかどうかは置いておくとして、まさかフラれて早々に次のデートに誘われるとは、俺でも予想が付かなかった。一体コレはどういう奇跡だ?
「いやぁ! またデートかぁ! 今度は何処に行こうかなぁ!」
混乱している俺を余所に、目の前の馬鹿はデートのお誘いメールに心躍らせて、だらしなくニヤけている始末。
本当にコイツ大丈夫なのか? また、前のデートみたいにトンデモナイ事しでかしそうで、始まる前から失敗する匂いがプンプンしてくる。
だがまぁ、コイツならきっと大丈夫だって、今はそう思える。
俺を救ってくれたあの時のように、不器用で空気を読めなくても───普通とは掛け離れていようと、アイツの芯が真っ直ぐである限り、あの高松って子に何時か届くと、俺は信じている。
「そうか、まぁ楽しんでこいよ」
そして、その日までに俺が出来る事と言えば、こうやって親友が馬鹿をやらかす姿を笑いながら、その尻拭いをしてやるくらいだ。
それもまた、悪くは無い。
「何言ってんだよ。お前も一緒だからな」
「ハッ?」
「ねぇねぇともりん! 彼氏出来たって本当!?」
「い、いや……ね、練馬君は。まだ、彼氏じゃ……」
「あぁー! まだって言ったぁ! ねぇリッキー聞いた!? ともりんがまだって言ったよー!!」
「うるさい」
相変わらず騒がしいピンク髪のギター担当───愛音を一瞥すると、椎名は叩きっぱなしのドラムスティックを一度スネアの上に置く。
───今日は
「というか良い加減にしろ。燈が困ってるだろ」
「えぇ!? リッキー、ノリ悪くない? ともりんの事なら直ぐ反応するのに?」
「成長したって事でしょ。何時までも変わらない愛音ちゃんと違って」
すると、珍しくゆるふわ少女───そよが質問攻めをしている愛音とひたすらオロオロしている燈の間に入った。何時もなら面倒事はごめんだと我関せずに居る癖にだ。
「そよりん酷いー! 私だって日々成長してるんだからぁ!!」
「だったら成長した所を見せて貰おうかなぁ」
「わ、私は愛音ちゃんは、成長してる、と思う。だって、ギターとか凄く、上手くなったし」
「ともりーん!!」
愛音が燈に抱きついてしまい、いよいよ練習をする雰囲気じゃ無くなってしまう。これはもう今日は出来ないなと思いつつ、椎名はスネアに置いた自分のスティックをケースにしまい込む。
「リッキー」
すると。野良猫のような雰囲気をした少女───楽奈がスティックをどかしたスネアの上から。覗き込むように顔を出していた。
「なに、野良猫」
「ちょっと、嬉しそう」
楽奈に指摘されて、自分の口元が知らずの内に緩んでいるのに、椎名は漸く気がつく。どうして、この状況を楽しんでいるのか───いや、それも仕方がないか。
本来であれば、再び見る事が出来なかった光景───燈が大事な人達に囲まれて、心の底から笑顔を見せる姿には、それだけの価値がある。
この
そんな事は最初から気が付いていた筈なのに、椎名は今まで気が付かないフリをしていた───だけど、それはもう終わりだ。
これからは、目を逸らさずに高松 燈という大事な人の可能性を信じる。そして、燈がどんな道筋を辿ろうと、その隣に必ず椎名は一緒に歩いて見せる。
───その覚悟を持つ事が出来たのは、自分と似た者同士な、あの嫌味な男のお陰かも知れない。
「なんてな……」
らしくも無い感情に振り回されるなど、自分らしくない。椎名は再び口元をキュッと締め直すと、仕舞い込んだスティックを再び取り出す。
明日も、この先もずっと、燈と大事な人達と一緒にバンドをし続ける為に、今はただ真っ直ぐに突き進む。
「───よし! これでオーケー!! じゃあWデート頑張ってねリッキー!!」
「ハ?」
だが、愛音からブン投げられたキラーパスによって、持ち直した筈のスティックが掌からポロリと落ちた。
愛音に突きつけられた燈のスマホには、『練馬』という相手宛にデートの誘いをする文言が送られている───しかも、お互いの大親友を一緒に連れてという一言を添えてだ。
「そよりんから聞いたよ! リッキーも良い感じの人が居るんでしょ?」
「そよお前ぇぇ!!」
「何の事かなぁ?」
親の仇のように最大限の憎悪で、
わざわざ面倒事に自分から首を突っ込んだのは、その為だったのかと、今更ながらに気がついてしまう。事実、無警戒だった椎名はその術中に嵌まってしまっている。
───しかし、まだ逃げ道はある。燈が嫌だと言ってくれれば!!
「立希ちゃんと、一緒、なら……」
「燈!?」
ダメだった。時折発生する謎に掛かったバイタリティのせいで可笑しな方向に暴走している。今の燈からは、『大事な友達の為に恋を応援するぞ!』というオーラで溢れている。
最早、八方塞がり所か、360度全てを塞がれている。しかも身内の手によってだ。
デートの相手は間違いなく、アイツだろう。わざわざ去り際に告白紛いの台詞を残して、未だに自分をモヤモヤとさせ続ける最低男とまた会うなんて有り得ない。
───だけど、そんな男ともう一度会えると思った時、少しだけ心臓が高鳴ったのは、どうしてなんだろうか。
もしかして、自分はあの男に───
「ない……絶対無い……!!」
一体自分はどうしてしまったのか───コロコロと揺れ動く感情に振り回される椎名へ、まるでトドメを刺すかのように、楽奈が悪戯に微笑んだ。
「リッキー、頑張れ」
「今度は俺がフォローしてやるからな! 頑張れよ黒崎!!」
「立希ちゃん……私、頑張るから! 絶対、成功させようね!!」
「「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」」