『良いか。女ってのはな、流行りモンに滅法弱い。イ〇スタとかT〇ckT〇ckとかで紹介されてる場所に行けば、大体の女子高生はキャーとか言って喜ぶ』
「黒崎……サンキューな!!」
親友の黒崎からの若干偏見が籠った、最初の恋愛指南を思い出し、黒崎は緊張と不安で昂った心臓を落ち着かせる。
なにせ、このデートは───ようやく漕ぎ付けた片思い相手とのデートに失敗は許されない。それだけの覚悟を以て、練馬は今日と言う日に臨んでいる。
その為にアカウントすら持っていなかったイ〇スタやT〇ckT〇ckのショートを常日頃から周回し、如何にもスタイリッシュなコーディネートの研究、使えそうなカッコいいセリフの予習も、今日まで欠かさずにやって来た。
つまり、抜かりなく準備(寝坊を除く)を行った今の練馬は、この世のあらゆる女性が満足するエスコートが出来る、超イケメンの紳士の筈だ。
だが、だというのに───必死に今渡っている横断歩道の信号を見ているフリをして、チラリと隣で一緒に歩いている相手を覗き見る。
自分よりも頭一つ背が低い位置にある、その和らかな丸みを帯びた横顔は、思わず護ってしまいたくなる小動物のような愛嬌を持っている。それを見ているだけでも、マグマのような熱が心臓から湧き上がって、練馬の引き締まった意識がふやけてしまいそうになる。
緊張しない訳が無い。何故なら相手は、あの人気ガールズバンド『MyGo!!!!!』の高松 燈。ただの軽音楽部のボーカルである練馬如きでは全く届かない、正に雲の上のような存在にして、性癖ドストライクの守ってあげたくなる系の美少女だ。
そんな現代の女神とも呼ぶべき存在とデートしていると考えれば、気分はさながら地雷原を歩いている兵隊。一歩でも燈の機嫌を損なえば、忽ちにメンタルが大爆発する危険地帯を行軍しているような心境だった。
そんな練馬の心境など露知らないであろう燈の横顔に見惚れていると、まるで本人の純真さを表すような透き通った薄茶色の瞳が、不思議そうに傾く。
「? ……どう、したの」
「い、い、いんやぁ? 別にぃ!! 何にもねぇよ!!」
盗み見ていたのが燈にバレてしまい、慌てて視線を明後日の方向に投げ飛ばす。焦りの余りに両手をブンブンと振って必死に言い訳をしてしまう始末。
そして誤魔化そうとして、練馬は何か無いかと必死に口を忙しなく動かしていると、事前に用意していた百八の話題の内、頭の中に浮かんだその一つが咄嗟に喉から飛び出した。
「そ、そうだ! あ、燈ちゃんはどっか行きたい所ってある!?」
「うぅん……ごめん。特に思い浮かばなくて」
チャンス───これまで焦っていたのが嘘のように、練馬の動揺に狼狽えていた身体がピタリと硬直する。
デートが決まった直後、これまで協力してくれた親友の黒崎へ電話を掛けた時、こう言っていた───『甘いな、出来る男ってのは、女を1から100までエスコートできる奴だ』と、そして練馬はその言葉を信じて、既に今日の為の完璧なデートプランを用意している。
つまり、もしこれで自分が燈を満足させれば、もしかすればイケるかも知れない。自然と荒くなる鼻息を必死に抑え、興奮を悟られないように息を整える。そして、如何にも予め用意していましたよとばかりに、先程とは打って変わってハッキリと言ってみせた。
「なら俺に任せて! 絶対に燈ちゃんを満足させるから!!」
「つまり、アンタはあの最低男の友達で、燈を誑かした元凶って事?」
「人聞きの悪い言い方すんじゃねぇ。誑そうとしたのは、あのバカの方だ」
───そうやって、ストーカーじゃないと一通りの弁明をし尽くした後、俺はいつの間にか隣に並んで、2人の背中を仲良くストーキングしている黒髪女へ溜息を吹き付けてやる。
「ったく、どうしてこうなったんだよ……」
そして、燦燦と照り付ける太陽を睨みながら、熱中症ではない頭の痛みに額を抑える。言い訳を散々こねくり回した舌の上は、干上がったようにカラカラに乾いているのもあって、更に気分が悪くなる。
───つい数分前、運命的?な出会いをした俺とこの女は、どうやら
俺は変な因縁を付けられぬように、目線だけで女の姿を眺める。
今も二人の動向を噛み付く野犬のように鋭さで睨み付けているが、ガワは悪くない。切れ長なアイラインや気の強さが滲み出る整った顔立ち、それにジーンズスカートを着こなすスタイルの良さも相まって、読モと言われても信じてしまいそうだ。
まぁ言うなれば、『クラスに一人は居る。不良みたいな黒髪ギャル』って感じだろう。そして、俺はそんなギャルは大嫌いである。つまりコイツは俺の天敵に違いない。
「つかお前はだれ……いや、待て。確か……えぇっと……」
そういえば名前を聞いていなかった事を思いだし、ふと聞こうとしたその時、頭の中で最近読んだ音楽雑誌が浮かんだ。
そうだ、ガールズバンド特集で見た事があるような気がする。確か……そうだ、『MyGo!!!!!』のバン写で高松 燈の隣に居たドラム担当の……し、しい……たき……。
「しらたき しいたけ……だっけ?」
「喧嘩売ってんの?」
ですよね。ドスの聞いた女の声に、夏場なのに俺の周囲だけ温度が氷点下に達して、途端に身体がブルブルと震え上がる。だが、そのショックのお陰で、ようやくこの女の名前を思い出す事が出来た。
「悪い悪い。『椎名 立希』、だったよな。確か『MyGo!!!!!』のドラムやってる」
「覚えてるんだったら最初から言えっての」
今しがた名前を思い出したというのに、それは無理があるだろ。と言う言葉を優しい俺は飲み込んでやる。
「はいはい、俺は黒崎。一応お前と同じドラマーやってる。まぁ、そっちと違って高校の軽音楽部でだけどな」
「ふぅん……お前、ドラマーなんだ」
ドラマーと言うのに、何処かシンパシーを感じたのか、何やら興味がありそうに、俺の顔をジロリと切れ長の瞳で睨んでくる。と言っても、コッチとしては寧ろ関わって欲しくないくらいなのだが。
「そんで、何でストーキングしてるのか聞いても?」
「はぁ? そんなの燈に悪い虫が付いてないか見守りに来たに決まってるでしょ」
悪い虫って言えば、まぁ十中八九、練馬の事に違いないだろう。確かに、アイツの外見は如何にも頭の緩そうなチャラ男だ。と言うか、中身もそのまんまなので余計にドンピシャである。
これは所謂、女子特有の仲間意識っていうやつか。『かわいい系マスコット女子をみんなで護ろうね!』みたいなものだろう。
「アイツ……燈になんかしたら絶対にタダじゃおかない……!! 許さないから……!!」
この女の場合は、若干違う気がするが。元々ドギツイ切れ長の目つきが鋭くなって、もう飢えた野生動物のそれみたいになっている。
───兎も角、この女は危険だ。タダでさえ俺の
「さいですか。そんじゃ分かった。俺は俺でアイツが上手くいくのか見守る。そんで、オタクはオタクで大切な友達を見守る。オーケー?」
「ハ? 何言ってんの。責任取らないつもり?」
早々にこの危険物から逃れようと実をひいたその時、ガシリ!! と上着の裾を力強く捕まれた。
「責任……何のこと?今俺と貴方は知り合ったばっかですけどぉ?」
「アンタが余計な入れ知恵したせいで、燈があんな変な男に捕まったんでしょ。責任持って付き合えよ」
「ハイ?」
何その超理論。確かに入れ知恵はしたけど、それで回り回って俺に責任が飛んでくるってどんな物理方程式? これが女子お得意の同調圧力って奴ですか?
「そんなの付き合うわけ」
そんな謎のロジカルに俺が付き合う必要は無い。コイツとは此処でオサラバして、何処か別の場所から、練馬を見守ってやるのがベストの選択肢だ。
しかし……
「言っとくけど、逃さないから」
本気で掴んだドラマーの握力から逃れられる術など、非力な俺には持ち合わせていなかった。