ニタモノドウシ   作:ビンカーフランス

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STEP4:お子様ランチ/抹茶パフェ

 失敗した───幾ら疎いと自覚している練馬で会っても、この状況が明らかな失敗だと言う事実は理解できている。

 

 完璧にエスコートする筈が、逆に気を遣われてしまうなど、これではイケてる男とは程遠いだろう。と言うより、寧ろ現在進行形でその対極へと全力疾走をしているまでもある。

 

 ───だが未だ練馬は諦めてはいない。例え此処がイケてるカフェじゃなく、パッとしない普通のファミレスでも、自分を気遣ってくれた燈に報いる為に、精一杯満足させてみる!! 

 

「と、燈ちゃん! 何頼む?」

「!? えと……まだ……その」

 

 会話の切っ掛けにと聞いたつもりが急かしてしまったらしい。驚いた小動物のようにビクリと身体を震わせると、アタフタと瞳をウロウロさせて、机の上に開きっぱなしのメニューに目を慌てて滑られる。

 

 また失敗したか……いや、違う。コレは寧ろである。此処で燈が満足する一品を選びさえすれば、挽回できる!!

 

 しかし、燈が満足する料理は一体何だろうか? やはりオシャレにたらこのスパゲッティか、それとも生卵たっぷりのカルボナーラ……いや寧ろ高級感溢れるイクラ丼とか!? 

 

「……!!」

 

 読めない……生まれてこの方、フラれた事は数あれど、付き合った経験は皆無の練馬に取って、意中の女子が好きそうな食事をチョイスするという高等テクなど出来るはずがない。

 

 出来るとすれば、恋愛マスター(自称)である黒崎にしか───此処に居る筈の無い親友へ祈るように、練馬は思わずクルクルとシーリングファンだけが回り続けている天井を見上げてしまう。

 

 その時だった───まるで祈りが神へと通じたかのように、ポケットに僅かにはみ出たスマホの画面に、黒崎()の啓示を現れたのは。

 

「くろさきぃ……!!」

 

 何故このドンピシャなタイミングで、連絡が来たのかは分からない。だが、コレが絶体絶命の己を救う神の一手だというのは直感で理解できる。

 

 流石はベストフレンド、遠くに離れていようが心が通じている───メニュー表に夢中となっている燈にバレないように、こっそりとポケットからスマホを取り出し、その内容を確認する。

 

 果たして、神からの答えは……。

 

『お子様ランチ頼め』

「嫌がらせか!?」

 

 クソみたいな選択肢だった。

 

 幾ら女心に疎い練馬でも分かる。初デートでお子様ランチを頼む異性とか、爆弾を通り越して核弾頭級の地雷である。一体、神は何を考えているかビンタしながら問い詰めたい。

 

 確かに燈はちょっと不思議系女子で、趣味が石や絆創膏集めと変わった趣味を持っていたりもするが、だからといってお子様ランチなどに興味を引かれるなど有り得ない。

 

 無言の同意を促そうと、スマホから目を離して、対面に視線を向けると。

 

「わぁ……」

 

 メッチャ見てた。それはもう初めてファミレスに来た子供のように、キッズメニューのお子様ランチを、キラキラした瞳で釘付けになっていた。

 

 え? マジで? お子様ランチを!? 確かに食べたくなる時はあるけども!? 頭の中で思考が次々と浮かんでは消えていく。動揺しすぎて、世界が揺れているように感じてしまうほどだ。

 

 一般的にだ。お子様ランチを頼むデート相手───いや、高校生はそうは居ない。きっと見間違いなんだと思い、練馬は一度確認しようと声を掛けてみる。

 

「燈ちゃん、そのぉ」

「ご、ごめんなさい! えと……!!」

 

 すると、燈は突かれたように身体を跳ねさせ、キッズメニューに向けていた顔を慌てて反らす。そして、再び目線を普通のメニュー表に移す。

 

 だがそのメニューへ目線を移す一瞬に、練馬は感じてしまった。その澄んでいた灰色の瞳に諦めたような黒色が差し込んだのを。

 

「……すみません!!」

「!? は、ハイ!? 何かご注文がお決まりでしょうか?」

 

 その瞬間、練馬は何もかもを忘れて、偶々近くに通りがかった店員に大声で叫んでしまっていた。相手はアルバイトなのか、呼び出しベルを通さない注文にオロオロと狼狽えている様子だが、今の練馬にはそんなのは映らない。

 

 映っているのは、燈の諦めたように濁る瞳の色───自分はそんな事をさせる為に、デートに誘った訳じゃ無い。

 

 キラキラしたランチも最高のデートプランも、全て目の前の好きな人に楽しんでもらいたいから。

 

 大好きな人をそんな目をさせるぐらいなら、大恥の一つや二つぐらい、練馬はやって見せる。

 

「お、お子様ランチ一つ!!」

 

 だから、店内に一等響き渡るくらいの大声で、お子様ランチを堂々と注文しても、練馬に一切迷いは無かった。


「抹茶おいしい~……」

「そりゃ良かったな。で、なんで俺達の席で抹茶パフェ食ってんの?」

 

 そう言って、向かいの椎名が座る隣の席で、今届いたばかりの抹茶パフェをモグモグと食べる少女を眺める。

 

 高松 燈よりも幼さが残る雰囲気から察するに、中学生ぐらいだろうか? だが、フワフワと揺れる白髪と言い、左が黄色、右が紫と珍しいオッドアイ、極めつけには掴み所の無いマイペース加減───何処となく大人びて見え、まるで気ままな猫のようだ。

 

「おい野良猫、何でアンタが此処にいんの」

「抹茶フェア」

 

 どうやら椎名の知り合いらしい。野良猫と呼ばれた少女は、掬っていたスプーンをパフェの中腹に差し込むと、キッズメニューの裏に隠されていた『期間限定! 爆盛り抹茶フェア!!』と銘打たれた期間限定メニューを、手に取った。

 

 成る程、限定メニューに釣られてファミレスに来ていたと。年の割に抹茶が好きなのは意外とは言え、女の子らしい理由に、ついつい納得はしてしまう。

 

 それでだ。

 

「そんで誰、この子」

「ウチのバンドメンバー……偶に練習来ないけど」

 

 それ、バンドメンバーとして数えて良いのか? と思ったが、気まずそうに顔を反らしている椎名の様子を見る限り、どうやら問題視はしているらしい。敢えて言葉を飲み込んで黙ってやる。

 

「ちょっと保護者さん(椎名)。この子どうにかしてくれね? ただでさえ暴走女一人でも手に余るってのに、こんなマイペース少女と一緒とかいよいよ処理が追いつかねぇんだけど?」

「分かってるって……てか、暴走女ってアタシの事?」

「分かってるじゃねぇか。なら責任持ってこの子を家に送り返せ。初めて会った俺でも分かるけど、あの子何しでかすか分からんぞ」

「それが出来たら苦労しないっての!!」

 

 パフェに夢中になっている野良猫少女に聞かれないように、机を挟んで椎名とヒソヒソと作戦会議を行う。だが一向に友好な手立てが見つからない。

 

 そんな感じでどうするのか決めあぐねていると、食べ終えた抹茶パフェのクリームを口元に付けたままの野良猫少女が、ふと俺達の間に割り込んできた。

 

「りっきー、どうして居るの?」

「うぐっ!?」

「後、隣の人、誰?」

「うぐぐっ!?」

 

 遂に触れられたかと、椎名の喉から聞いたことも無いダミ声が漏れた。それと同時に俺は飛び火しないよう、ガラス越しの路上の景色に向けてそっぽを向く。

 

「そ、それは……」

 

 ガラス越しに狼狽えている椎名の顔が、向かいの高層ビルの景色と重なる。気の強そうな顔に似合わず、どうごまかせば良いのかと困ったように眉を潜めている。

 

 だが、俺は敢えて助け船は出さない。この女に対してそこまでの義理も感じてないし、何よりこういう天然系は相手にすると面倒だ。

 

 なので、此処は徹底的にシラを切る。俺は場の空気となって幕袖からソォーと……。

 

「そう……コイツ! コイツに呼ばれて!!」

「俺!?」

 

 と思ったらこの女。俺の袖を掴んで引きずり出してきやがった。

 

「誰?」

 

 野良猫少女の興味が椎名から俺に向く。その左右のオッドアイが真っ直ぐに俺を捉えて、さもオモチャを見つけた猫のように、応えるまで逃がさないと言っている。

 

「え、えぇっと……俺は黒崎、このおん、じゃなかった。椎名とは……」

 

 思わず俺も椎名と同じくしどろもどろになってしまう。この1mも知らない野良猫少女に、どう言い訳したモンかと考えると、頭の中がグチャグチャに掻き混ざってしまう。

 

 馬鹿正直に言えば絶対に面倒なことになる。此処は適当な関係で嘘付いて煙に巻けば……でも、コイツとは、椎名とはさっき出会ったばかりだし何も知らない。

 

 何か、何かコイツと自分が繫がる物は無いか───そう必死に動揺でロクに回らない頭を更に掻き回して、ようやく思い浮かんだのは。

 

 独りぼっちの音楽室と、夕焼けに背を向ける練馬の馬鹿笑い。

 

「に、似たもの同士……」

 

 ───ふと何故だか口から勝手に言葉が出てしまった。

 

「そう、似たもの同士の友達、です……?」

 

 それが何故か無性に自分の中で噛み合い、勝手に言葉が飛び出てしまう。今までこんな経験が無かったからこそ、言っている俺でさえも何を言っているのか良く分からない。

 

「ちょ、お前何言って!?」

「ふぅん……」

 

 椎名が慌てて俺の口を塞ごうとするが、その前に目の前で俺を見つめていた野良猫少女が、更に興味深そうに俺の顔を眺めてくる。

 

 そして、その何を考えているか良く分からない無表情から二、三度瞬きを挟むと、納得したように首を振った。

 

「似てる」

「へ?」

 

 似てる───そう確かに野良猫少女は言った。俺とこの子は初めて会ったと言うのに限らず、一体に何を見て思ったのかは知らないが、その顔つきからは嘘を感じられない。

 

「帰る、ごちそうさま」

 

 その言葉の意味を考えさせる暇も無く、野良猫少女は座っていた席から抜けると、元々座っていた後ろの席から、自分の伝票を抜き出す。

 

「サッキー」

 

 サッキーとは俺の事だろうか。野良猫少女は、俺の方へ一度だけ振り向いて、まるで気まぐれのようにニヤリと笑う。

 

「面白ぇ男、の子」

 

 それだけを言い残すと、野良猫少女はそのままこちらを振り返ること無くカウンターの方まで行ってしまった。

 

「……何だったんだ、あの子」

「……悪い、ウチの野良猫が」

「いや、別に良いっての」

 

 野良猫少女が去って行くと同時に、椎名が深々と申し訳なさそうに頭を下げてくる。別に気にするほどでも無いので、軽く会釈して受け流してやる。

 

 でも、気になることは一つだけある。

 

 最初から最後までそうだが、結局あの野良猫みたいな少女───略して野良猫少女は、ずっと野良猫のように気まぐれだった。

 

 だが、知り合ったばかりの俺に対して、まるで何かを見透かしているかのようだった。しかも俺と椎名を似てるとまで言ってみせた。

 

「似たもの同士、なぁ……」

 

 今更ながら自分が付いた言葉を思い返す。似たもの同士───それが何に由来するのかは分からないが、あの野良猫少女が見ていたのは、少なくとも上っ面な物じゃない気がする。

 

 もしかしたら、それは……。

 

『すみませぇん!! お子様ランチ一つ!!』

 

 だが、深掘りしようとしたその思考は、店内に響き渡るほどの馬鹿の大声一つで全部掻き消されてしまった。

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