「わぁ……ありがとう……!!」
そう言って心底嬉しそうに声を弾ませながら、キラキラに光る瞳で、目の前に吊り下げたペンギンのキーホルダーに、燈は目を奪われていた。
「別に良いって! 燈ちゃんが喜んでくれるんなら俺としては万事OKだから!!」
それを見ていると、練馬は自分までついつい嬉しくなってしまう。公衆の面前で堂々とお子様ランチを頼んだ恥も、この純粋な燈の表情を見ていると、それすらも良かったと思えてしまうくらいだ。
それにだ。練馬もまた燈と同じくらい、
『あ、あの! わ、私も……!』
───練馬が大声でお子様ランチを頼んだ直後に、誰にも見えないように控えめながらも、燈もまた手を挙げた。
その時は、まさか燈までも頼むとは思っておらず、その時の練馬は呆気に捕らわれて頭が真っ白になってしまっていた。だから『しょ、少々お待ちを!!』と、ドタバタ足音を鳴らしながら、アルバイトがホールの奥へ引っ込んでしまうのも引き留められなかった。
「え、えとぉ?」
どうして燈ちゃんまで? 幾ら考えても出ない結論に頭を悩ませる───そうしていると、再び引き攣った顔のアルバイトが運んできたのは、お子様ランチ2人分、それとペンギンとイルカのキーホルダー。
『それじゃごゆっくりー!!』
それらを2人が座るテーブルの上にそそくさと並べると、まるで関わりたくないとばかりに、アルバイトのウェイターが再びホールの奥に消えていってしまう。
そして残ったのは、テーブルに並んだのは、どう見ても高校生の食事風景から掛け離れたファンシー満載の食卓───自分一人だけならまだしも、2人分も揃ってしまっては擁護は出来ない。
練馬が想像していた女子受けしそうなランチとは大凡掛け離れている───どうしてこうなってしまったと、自分が発端ながらに、思わず頭を抱えてしまう。
こんなランチじゃ絶対にドン引かれる───その時、絶望で目線が下がる練馬の視界に、まるで蜘蛛の糸のように、ブラブラとイルカのキーホルダーが垂れ下がった。
『あ、あの、その……これ……!!』
『へ?』
目線を挙げると、恥ずかしいのかギュウッと目を瞑って、少し赤らんだ頬をした燈が、練馬に向かって、そのイルカのキーホルダーを差し出していた。
『俺に? 何で?』
素直に意味が分からず声に出てしまった。それくらい練馬にとっては予想外だった。燈が自分にプレゼントを渡す理由が全く思いつかない。
『お礼……』
だが、燈にはその理由があった。
『その、私の為に頼んでくれたから……お返し!』
───その理由を聞いた時、練馬は心の底から良かったと思ってしまった。
自分だって恥ずかしかった癖に、それでも勇気を振り絞ってくれた練馬の為にプレゼントしてくれた。それこそが高松 燈という少女の人柄を示していた。
高松 燈というのは、最初からそういう少女だった。如何にも臆病な物大人しげに見える癖に、その中身を開いてみれば、大事な人の為にトンデモナイ事だってやってみせてしまう。
その大事な人に、自分が含まれていることを知って、嬉しくない訳が無い。
『燈ちゃん……ありがとう!! そんじゃコレをどうぞ!!』
『ッ!! ……うん、ありがとう』
練馬は喜んでイルカのキーホルダーを受け取ると、お返しとばかりに今度はペンギンのキーホルダーを向けて差し出す。
燈はそれを恭しく受け取ると、漸くギュウと瞑っていた目を開いて、その贈り物が宝石かのように、クルクルと宙を回るペンギンに見惚れている。
練馬もまた、その好きな少女の嬉しそうな表情に、思わず見惚れてしまいそうになるが、視線をキッズメニューへと切り替え、高鳴り掛けた鼓動を差し抑える。
『そ、そんじゃ食べようぜ! お子様ランチなんて何時ぶりだっけ? 燈ちゃんは覚えてる?』
『え、えっと……多分、10歳くらい、かな?』
『覚えてんの? 俺は覚えてねぇわー! でもオマケだけは覚えてるぜ! 確か……クルン! って忍者が回る奴!』
『フフッ……』
───傍から見れば、良い年した高校生2人がお子様ランチを食べているなんて、どう見ても普通じゃないだろうが、そんなのは関係ない。
練馬にとって今この時間こそが、何よりも幸福な時間であれば、それで充分だった。
とまぁ、そんな幸福な時間を過ごした訳だが、まだ練馬の一日は終わっていない。いや寧ろ、今からが本番と言えるだろう。
練馬はチラリと、今居る広場の時計塔で時間を確認する。今の時刻は13時ちょうど───まだ夕方まではタップリと時間がある。
「そんじゃ燈ちゃん、行こうぜ!!」
「うん……」
連れて行こうと燈の手を握りかけるが、その手を練馬は直ぐさま引っ込める。大事な人だと認定されて、つい舞い上がってしまいそうになるが、まだまだ早すぎる。
いつか、ちゃんと手を握る時には、もっと相応しい場所で握りたい。そして、それを叶える為に───この時間をただの一瞬にさせない為に、練馬は絶対にデートを成功させる。
そう決意をしかと心の内に刻みつけながら、練馬は目の前に大きくそびえ立つ、次なるデートスポットを睨み付けた。
次のデートスポットは大型ショッピングモールか───アイツにしては、中々良い場所を選んでいる。まぁ、そうアドバイスしたからだろうが、珍しくあの馬鹿に対して、俺は素直に感心をしてしまう。
野郎からすれば、ショッピングモールなんてゲーセンぐらいしか用が無い場所だろうが、女子からすれば180度印象が異なる。服屋にコスメショップ、靴屋にetc……と、正しくオシャレに敏感な現代女子にとって、夢のようなスポットだろう。
「だが、まだ油断するんじゃねぇぞぉ……」
休日の家族連れが目立つショッピングモールの人混みに紛れつつ、あの特徴的な茶髪頭と、その隣に並ぶ少女を見失わないように、注意深く観察を続ける。
ショッピングモールは一見すると、女子受けしそうな店が並んでいるように見えるがその実、見えない地雷で埋め尽くされた超危険地帯だ。少しでも入る店を間違えれば、忽ちに最悪の印象を与えてしまう。
果たして、アイツはその地雷原を切り抜けて正解を選ぶ事が出来るか……いや、うん。無理だな。だって練馬だし。
「……さっきから何ブツブツ呟いてんの」
「気にすんな、タダの独り言だ」
半日足らずの付き合いだというのに、慣れてしまったその呆れ顔を軽く一瞥しつつ、俺は再度、群衆の中で茶色い頭半分だけ見える姿を目で追い掛け続ける。
───ファミレスで堂々とお子様ランチを頼みやがった時はどうなるかと思ったが、なんだかんだで上手くいっているらしい。気づかれないように距離を取っているせいで分かりづらいが、此処からでも良い雰囲気が流れているのを感じられる。
「どうやら、2人とも良い感じに仲良くなってる感じだな」
「良い感じになったら困るんだけど。お前分かってる?」
隣から無言の圧が掛かってくるが、敢えて俺は気がつかないフリをして逃れる。下手に突いて爆発されたら堪ったモンじゃない。
「あんな軽そうな男が燈と良い感じになるなんて……あぁ、でも燈は楽しそうだし、どうすれば……!!」
何か椎名の頭の上で天使と悪魔がバチバチにやり合っている幻覚が見える。最も、どっちも人相が悪くて、どっちが天使で悪魔か分からないが。
───と言うか。
「つぅかさ。どうしてそこまで高松って子にご執心な訳?」
「……それどういう意味」
「変な意味じゃねぇよ。そんなに大事にしてる友達なんだろ? ちょっと知りたくなっただけだ」
別に悪友が狙っている女が気になった訳じゃ無い。単純にそこまでこの女が気に掛ける理由が気になっただけだ。
それに、幾ら友達だからと言って、俺みたいにこんなストーカー紛いの事をするなんて、何か相当な事があるんだろう。
するとだ───何故だろうか。俺はそんなに深い質問をした訳じゃないのに、その瞬間だけ椎名の横顔が褪せて見えた。
「……燈は、私を救ってくれたから」
そして、ふと零れた言葉が嫌に重く聞こえた。
「……それ、深く聞いても?」
「今日会ったばかりの奴に教える訳無いでしょ」
「だよなぁ」
少しは心許してくれたかなと思ったが、やはり狂犬は狂犬のままらしい。だとしても、少しだけ理由を零してくれた辺り、僅かでも信用はしてもらえたのだろうか。
でも───救ってくれた、か。椎名が零した理由を頭の中で反芻する度に、あの野良猫少女の顔が勝手に思い浮かぶ。
「……似てるのかねぇ」
「何か言った?」
「いんや、何も。サッサと2人を追おうぜ」
聞き返す椎名を煙に巻いて、俺は一歩前を速めに歩き出すそんな言葉は忘れるに限る。馬鹿みたいな妄想も感傷も思い返すだけ無駄だ。
「……変な奴」
何か聞こえた気がするが、それも無視して俺は2人の行方を追いかける。
───そうして追いかけ続けた先に見えたのは、通路の突き当たり一角を占める巨大なアパレルショップだった。