練馬がアパレルショップに来たのは、『女子なら服とか好きだろ』という安易な考えからだった。
女性経験どころかマトモにデート一つすらもした事無い身としては、上々な選択だろう。きっと黒崎も見ていれば『ほぉ……中々やりますねぇ!!』と言わざるを得ない筈だ。
それにだ───。
「ど、どう……かな。変、じゃ……ない?」
女物の服に囲まれて居心地の悪い中、ドキマギしながら試着室の前で待っていると、閉めきっていたカーテンが恥ずかしそうに少しだけ開く。
その奥に待っていたのは、この世に舞い降りた妖精───夏らしい青色のワンピースを身を包んだ燈。
「良い……凄く良い……!!」
「な、泣いてる!?」
そう、これこそデートの醍醐味───好きな女の子に自分チョイスの服を着てもらえるとか、正に世のリア充共のみが味わう事が出来る喜び。今まで憧れていたそれを実感してしまっては、涙を抑えられない。
「もしかして、似合わなかった……とか」
「断じて違う! 凄く似合ってるから! 本当にマジで!!」
勘違いして再びカーテンの奥に戻ろうとする燈を、練馬は食い気味になって引き留める。
「ほんとう……?」
「本当本当! 俺、マジ、嘘付かない」
半信半疑で問い掛けてくる燈を前に、何故か片言に応えてしまう練馬。オマケに顔からは冷や汗がダラダラ止まらなくなってしまう。
だが必死に訴える目を見て分かってくれたのか、固まっている練馬をジッと見つめて少しすると、途端に安堵で顔を綻ばせた。
「良かった……この服、ちょっと気に入ってたから……」
「ぐわしっ!!」
突然間近から放り投げられた笑顔の爆弾に耐えきれず、練馬は首がねじ曲がる勢いで後ろを向く。そうしないと嬉しさの衝撃で、全身が粉々に砕け散りそうになりそうだ。
「だ、大丈夫!? 首、凄い回って」
「生きてて、良かった……!!」
自分の事を心配してくれるその表情もまた、とても可愛らしくて思わず鼻血が出そうになる。だがそんな所を見せる訳にもいかない、鼻を抑えてどうにか差し留めてみせる。
「ちょっと待ってて!!」
練馬は次に似合いそうな服を探すべく、手探りに女性物の服をハンガーからかき分ける。
まだだ、まだボーナスタイムは始まったばかり。愛しの燈ちゃんの初めて見る姿は、今しか見れない!!こんな機会は逃してなる物かと、それはもう死に物狂いで女物の服を練馬は漁り尽くす。
燈にピッタリな服と言えば、ガーリッシュ系が似合うか、清楚系が似合うか……バニーガール!?何でバニーガールが紛れてる!?ちょっと着て欲しい───駄目だ、絶対にドン引かれる。
そうして、鼻息を荒くしながら女物の服に塗れて数分、ようやく練馬は燈に似合いそうな花柄のシャツを見つけると、土下座でもするような勢いで、それを差し出した。
「じゃあじゃあ! 次はこれとかどう!! 燈ちゃんに絶対似合うと思うんだけど!!」
「女物の服とか全然分からねぇ……何が楽しいんだか」
「普通、それを女子の前で言う?」
「言うね。男女平等の世の中なんだから、それぐらい言わせろよ。つか、アッチで楽しそうだなぁ……もうコレ、俺ら要らなくねぇか?」
女性物が並ぶハンガーの隙間を覗くのは、試着室の前で身悶えている
だがそんな事よりも気になるのは、あの2人の雰囲気。最初こそはどうなるやらと思っていたが、この様子だと早々ヘマをしない限りは上手くいきそうだ。
「……そんな訳、無いでしょ」
椎名も同じ気持ちらしい。反論する言葉にキレが無くなっている。それでも練馬を認めたくない気持ちが勝るのか、いつもより表情が険しくなっていた。
そんな椎名の気持ちは置いておくとして、あの様子だと本当に大丈夫らしい。だとしたら俺が見張る必要も無いようだ。
「俺が出しゃばる必要はねぇかな……」
そう考えた時、何故だか物寂しさが胸の内に吹いた。どうしてそんなのを覚えたのかは分からないが、そろそろ潮時だというお告げのように感じられる。
───いや、本当はもっと前から、俺が居なくても良かったかも知れない。ただ俺が未練がましくアイツの傍に居るだけだったのか……って、それは考えすぎだな。
とにかく、これ以上アイツに付き合う必要は無い。練馬にバレて面倒事になる前に、椎名だけ置いてアパレルショップから立ち去ろうとしたその時。
「やっぱり!リッキーじゃん!」
「おわっ!?」
女性物のハンガーを挟んで向かい越しから、ピンク色の髪をした元気そうな少女が、何やら驚きながらヒョッコリと顔を出した。
「アノンお前!?」
「こんな所で何してるの、ってえぇ!! リッキーが男連れてるぅぅぅ!?」
「馬鹿! 声がデカい!!」
「むぐっ!?」
椎名がその少女の口を無理矢理塞ぎに掛かると、直ぐに身を屈めさせる。それと同時に、俺もハンガーに掛かった女性物の服に紛れるように身を隠す。
『あれ……』
『どうしたの燈ちゃん?』
『ううん……立希ちゃんの声が、聞こえた気がして……』
『? そ、そうか……』
……少し遠巻きから2人の怪訝な声が耳に入る。聞こえてくる会話からするに、バレては居ないらしい。一先ず安心していいようだ。
「はぁ……バレてないみたい」
「ぷはっ! 誰この人!? もしかしてリッキーの彼氏!? 結構イケメンじゃない! ねぇねぇ彼氏さん! リッキーと何処で知り合ったの!?」
だが、安心で椎名の手が緩んだ瞬間、強引にその拘束からピンク髪の少女が抜け出した。そして、自由になったその口からは、また喧しいくらいのマシンガントークが繰り広げられる。
「おい、お前の知り合いだろ。なんとかしろよリッキー」
「分かってる! と言うかリッキー言うな!!」
「ねぇねぇねぇねぇってばー!!」
「だから黙れって!!」
不味いな……この調子だとバレてしまうぞ。リッキーも役に立たなそうだし、どうすれば……!!
「ちょっと愛音ちゃーん。いきなり走り出してどうしたのー?」
ゆるふわ系の格好をした何処となく優しそうな少女が、ハンガーで作られた通り道を縫ってトタタッと駆け寄ってくる。だが、地面に這いつくばってピンク髪の少女を抑える俺達の姿を見ると、ピタリとその足を止めた。
そして、途端に据わった目になると、冷ややかな口調と共に、俺達を見下した。
「……何やってんの。立希ちゃん」