「で、貴方。誰なの?」
「どうも椎名 立希の兄です。この度は妹がご迷惑を」
「そういうの良いから」
椎名とは違った冷ややかな視線が、俺を殺しに掛かってくる。その目は完全に俺を人としてみていない、養豚場の豚か何かを見る目だ。
さっきのピンク髪の少女には通じたのに、このゆるふわ少女に嘘は効かないらしい。俺は観念して、片意地張っていた肩の力を抜く。
「じゃあそういうお前は何者で?」
「バンド仲間、って言えば分かるかな?」
バンド仲間、と言う事はあの野良猫少女と同じく、MyGo!!!!! のメンバーと言う訳か。すると、もう1人のピンク髪の少女も同じメンバーだろう。
「それで、どうして椎名ちゃんと一緒に?」
「まぁ……行きずりで一緒に居るだけだな」
「ふぅん……」
ゆるふわ少女は服を選ぶフリを続けながら、目線だけは俺から逸れて右側を向く。
「ねぇねぇリッキー、この服ちょー良くない? 絶対似合うよー!」
「要らない。というか邪魔だからどっか行って」
「えぇー? んもう、つれないな-」
その視線の先には、さっきのピンク髪の少女と椎名が、女子高生らしく服選びにいそしんでいる。最も、椎名の方は全く乗り気じゃないように見えるが。
「と言うか、何で俺に聞く訳? 椎名から聞けば良いだろ」
「良いの。大体分かるから」
ゆるふわ少女の目線が、次に俺の方───ではなく、その向こう側を行く。
『燈ちゃん任せて! 此処は俺が払うから!!』
『えっ、でも、それは……!!』
『安心して! この日の為にバイト10連勤してきたから! メッチャ金有るから!!』
『いや、でも、その……わ、私が払う! 私も、お小遣い、一杯持ってきたから!!』
そこにはレジカウンターの前で、丁度さっきの試着して貰っていたワンピースをどちらが買うかで揉めている練馬と燈。と言うかそんな下らない事で荒そうなな。店員のお姉さんがちょっと困ってるだろ。
「立希ちゃんって、本当燈ちゃんの事になると過保護になるよねー」
「見れば分かるよ。お陰で迷惑してるよ」
「あっ、そう」
呆れた溜息を吐き出しながら、ゆるふわ少女は自分に似合いそうな夏物の上着を、次々とハンガーから取り出しては、身体に当てはめては似合うのか吟味する。どうやらコッチの話には全く興味が無いらしい。
この女……見た目はゆるふわで母性に溢れてそうな癖に、中身は意外に冷たいな。
「全く、どうしてそんなに過保護なんかねぇ。女の友情って奴は理解出来ねぇよ」
「……本当にそう思ってる? 女の友情って、男の子が思うより薄情なんだよ」
こちらの話に全く興味が無かった癖に、ハンガーから次の服を取り出そうとしていたゆるふわ少女の手が止まる。
「じゃあどうして、そんなに固執してるんだ?」
「……何も知らないんだ。まぁそうだろうね」
それに興味を持って尋ねてみると、ゆるふわ少女は見せつけるような投げやりな声色で喋り始めた。
「……立希ちゃん。あの性格だし、色々と拗らせてるでしょ。だから私達とバンド組むまで独りだったの」
”バンド”の所に何か含みがあるようだったが、言葉を飲み込んで続きを待つ。アイツの過去に興味がある訳じゃ無いが、独りという単語が、嫌に俺を惹き付ける。
「でも、燈ちゃんはね。繋いでくれたの。バラバラだった立希ちゃんや私を、もう一度繋いでくれた」
「……」
「立希ちゃんは……燈ちゃんに救われたの」
───ようやく椎名の零した理由の意味が分かった気がした。それと同時に、ずっと頭の片隅に引っ掛かっていた似たもの同士の意味も、ようやく理解した。
「そうか……そっちも、救われたのか」
そりゃそうだ、確かに似ている。
俺もアイツも切っ掛けは違えど、確かに救われた身なんだから。
「ねぇねぇそよりん! コレ絶対リッキーに似合うよね!!」
「ちょ、アノンお前!」
その時、強引に椎名の手を引き連れて、向こう側のハンガーラックに居たピンク髪の少女が、可愛らしい柄の入ったTシャツ片手に、俺とゆるふわ少女の間に挟まってきた。
「うぅん、ちょっと立希ちゃんの好みとは違うかなぁ」
「えぇー!? そよりんまでそんな事言うのー?」
「だから言っただろ! アタシには似合わないって!!」
『そんな事無いって! 絶対似合う!!」
……このピンク髪の少女、メンタル強いな。あの
「そうだ! リッキーのお兄さんはどう思います! 絶対に似合いますよね!!」
だが一足遅かった。俺がさりげなく消え去ろう所を、この空気を読まないピンク頭がピンポイントで俺に飛び火を投げて来やがった。
もし此処で下手な発言をすれば、後ろで控えている今に飛びかかりそうな狂犬に何をされるか分からない。
だが、幾ら女心を知り尽くしている(自称)俺でも、流石にこの場面の切り抜け方は知らない。咄嗟にさっきまで話していたゆるふわ少女に目線で助けを求めるが。
「私も立希ちゃんのお兄さんの意見が気になるなぁ」
「お前なぁ……!!」
この女……冷たいだけじゃ無く、腹黒属性まで備えてやがるとは。一見すると人当たりが良さそうな顔をしている癖に、口元が笑いを堪えてヒクついている。
……しょうがない。この場で助かる唯一の方法は、これだけか。
「……アイツに似合うのは、コレじゃねぇのか?」
目の前のハンガーラックに掛けられた並みいる女性服を、一つ一つ手に取っていく。そして、その中で何となく、これだと思う服を一枚選び出すと、ピンク髪の少女に手渡す。
すると、俺が選んだその服を見た少女は、初めこそピンと来なかったようだが、直ぐにハッとしたように目が輝いて飛び跳ね始めた!!
「うわっ凄い! リッキーにピッタリ! 早速着てみよ!!」
「おまっ! 離せって!!」
その勢いのまま、俺が選んだ服と立希を片手に、直ぐ後ろにあった試着室へと半ば飛び込むように押し入った。
「ほら早く! 着替えてみて!!」
「や、止めろ! 手を離せ! 脱がすなぁ!!」
入った試着室が揺れるぐらいにドタバタ暴れていたが、暫くして漸く観念したのか、途端に静まりかえった。
「……よし、オッケーだよ」
そして、カーテンの内側から、先にピンク髪の少女が出てくると、自慢げな笑みの後に試着室の中をバッと勢い付けて開いた。
「じゃじゃーん!! リッキーfeatアノンのお披露目ターイム!!」
試着室の扉が開いたその先に居たのは。
「あんま、見んな……!!」
俺が先ほどまでとは違った姿───薄藍色のカジュアルシャツを着こなす赤面顔の椎名だ。
元々外見は悪くないのもあってか、モデルさながらのスタイルも相まって、俺が選んだカジュアルシャツは、椎名が放つクールビューティのイメージに合っている。一見すると、その凶暴性も忘れて、本当に見惚れてしまいそうになる出来具合だった。
だからなのか───その姿を見て、俺はつい。
「……似合ってるぜ。それ」
「なっ!? お前……!!」
どういう顔をすれば良いのか分からないのか、椎名の表情がグシャグシャに歪んでは行き場所を見失ってコロコロと変わる。俺だってどういう顔をすれば良いのか分からずに、ただ身体が固まってしまう。
何で俺は似合ってるなんて言ってんだ? これじゃあ俺と椎名がデートしてるみたいじゃねぇか!! 何か一瞬だけ初恋みたいな甘酸っぱい気持ちになったんだけど?
「でしょでしょ! やっぱり、リッキーに似合うと思ったんだー!! 流石リッキーのお兄さん!!」
一旦心の整理を落ち着けたいというのに、この空気を読まないピンク頭は、俺をグイグイと未だ恥ずかしがる椎名の方へ押しつけようとする。止めろ! 俺にこの姿を直視させるんじゃねぇ! 頭が可笑しくなる!!
「はいそこまで。ほらもうすぐ映画始まるよ」
だがそこで、示し合わせたかのように助けが入った。今まで黙ってみていたゆるふわ少女が、背中を押される俺と、試着室でうずくまる椎名の間に割って入ると、その手に持っていた映画チケット2人分をちらつかせた。
「あぁ! 本当だ!! それじゃあねリッキー! それとリッキーのお兄さん! バイバーイ!!」
映画の上映時間が迫っているのに気がついたのか、混乱する俺達を尻目に、ピンク髪の少女は手早く挨拶を済ませると、慌てふためいた様子で走り出した。
「じゃあね立希ちゃん。それと……」
その背中を追いかける形で、ゆるふわ少女も俺達の前から立ち去ろうとする。だが、去り際に俺の裾を引き寄せると、まるで内緒話のように俺だけ聞こえるぐらいの囁きで、こう呟いた。
「ねぇ君」
───それをどういう意図で言ったのやら。どちらとも取れる言い方だ。
「立希ちゃんを宜しくね」
コイツもまた、野良猫少女と同じく、俺の頭を悩ませる。