・ピノコニー編までのネタバレ含む
・主人公は穹、読みは「そら」
・完全なるホタル贔屓
・一部を除いて多くの女性キャラに沢山塩が振り掛かっている(特に1名は物理的に被害を被っている)
・姫子やヴェルトなど大人達への呼び方が異なる
宇宙を駆け巡る列車――星穹列車。
その列車に出会い乗り込んだ、「星核」を埋め込まれし開拓者の少年――穹。
彼は仲間達とともに様々な星を旅し、謎のエネルギー「星核」に纏わる事件に関わり解決してきた。
そしてピノコニーという星に辿り着いたとき、彼は一人の少女に出会った。
ホタル――天真爛漫な一方、儚い印象を抱かせる少女。
もう一つの顔は、宇宙規模の企業スターピースカンパニー(通称:カンパニー)に多額の懸賞金が掛けられ追われている全身装甲の星核ハンター・サム。
ピノコニーで出会い一緒に街を観光して楽しみ――
ピノコニー全体に関わる事件に巻き込まれて、穹は嗚咽を漏らしたいほどの怒りを抱き――
まさかの再会に歓喜し――
こうしているうちに、彼の心に変化が現れていた。
――彼は、穹はホタルに恋をしていると。
ホタルと話しているときは楽しい。
ホタルと何処かに出かけることは楽しい。
ホタルといるとどこか安心する。
再び街を一緒に駆け巡ってから、ホタルへの心は熱く焦がれていた。
だが、一抹の不安が過り、やがてそれは彼の胸の内で大きく広がった。
それは、彼女は悪名高き星核ハンターの一員であるという事実。
宇宙に災いをもたらす謎の物体――星核。それらを集める謎の組織――星核ハンター。一体何が目的なのか未だにわかっておらず、一員は揃って『脚本』に従ったまでと答えるのみ。集めた星核を匂わせて宇宙を征服するつもりなのか、それと宇宙全体を滅ぼすつもりなのか…。
カフカは殺し屋、銀狼はハッカー、刃は刺客、そしてホタルはサムという冷酷な鉄騎。肩書きの時点で、彼らはいい組織だと主張されても通用しないことは目に見えている。
ピノコニーで共に戦ったというのに、そんな冷酷な印象を思わせなかったのに、もしホタルも彼らと同じく、自分の知らない間に取り返しのつかない悪行を犯していたならば、もし対立が避けられないのならば…。
「もしそうなら、この先誰かを愛することなんて二度とないかもな…」
ホタルという存在に脳を焼かれ拗らせた反動で、彼の接し方に変化が現れていた――どちらかというと、悪い方向へ。
***
一人の少女――ホタルが星穹列車に駆けつけてきた。
実は彼女にも穹に関する連絡が入っており、このことで駆けつけてきたのだった。
星穹列車と星核ハンターは水と油の関係なので、ホタルが列車に乗り込むのは本来ならばご法度であるが、姫子の一存で黙認となっていた。
元はと言えば彼女がピノコニーを訪れていたのは、星核ハンターのリーダーであるエリオの『脚本』に則り、星穹列車とともに使命を果たすため。ところがその過程でホタルも穹のことを、ピノコニーで出会ってからかなりというほど気にかけていた。自分が星核ハンターであること、そして独自に知り得たピノコニーの真実を穹にいち早く伝えるようとして、『脚本』に逆らうことができずに11回も失敗するほど。
「ホタル! あんたどうしてここに!?」
「やはりか、姫子さん」
三月なのかは彼女が来たことに驚き、姫子やヴェルトの会話を聞いて事情を察していた丹恒はこれ以上追求することはなかった。
「私がホタルさんに知らせたの」
「あの、穹は!」
「ああ、彼は今自室にいる。ひとつ先の車両の2階だ」
ホタルに連絡したのは姫子であり、このことはヴェルトも了承済みだった。ちなみに、「穹がホタルに会いたがっている」という事実は敢えて伏せている。
ホタルはヴェルトの指示通りにパーティー車両に駆けつけ、2階に登る。ここに来るまで息を切らしているが、疲れだけではない。部屋のドアの前で、穹への心配と緊張で心が締め付けられていた。
以前ならば人が来れば自動で開き、なのかが遠慮なく入り込んでくるのがいつもの日常。しかし、穹が新たに設置した鍵のせいでホタルが来ても開かなくなっていた。
一度胸に手を当て息を吐いてから、部屋の扉にノックした。
「ねぇ穹、姫子さん達から聞いたよ」
穹の直近の様子を姫子から聞いた時、ホタルは動揺していた。
おかしい…。自分の知る穹とは大きくかけ離れている。穹は内向的な性格の持ち主ではないし、上手く表情を見せることができなくても、ここまで冷淡な人ではなかったはずだ。
記憶に残っている彼と全く一致しないことに処理が追いつかなかった。自分が彼と合わない間、星穹列車に乗って旅をして一体何があったのか。思考に入ろうとするも、思い当たりが見つからない。
「君に何があったか聞きたいの。あたしが話し相手じゃダメかな?」
無理に入り込もうとはせず、かといって力になりたい意思を伝えた。自分が拒絶されたら嫌という不安を心に奥深く抑え込んで。
返事がない。その懸念が的中しようとしていた。
「そ、ら――」
「ごめん、ちょっと散らかってるから待ってて」
ショックのあまり彼を呼びかけた途端、穹からの返事が被った。早とちりだったことに、ホタルの頬が熱くなった。しかし、予想とは裏腹に、申し訳無さを感じる調子だった。
何かをずらしたりするような物音が聞こえ、しばらくするとロックを解除する音が鳴り、ドアが横に開いた。その先には穹が自分の知っている姿で迎え入れており、彼女に微笑んでいた。
「上がって」
「う、うん」
穹の言葉に頷き、部屋に入った。
入ってすぐ横にはバスルームの仕切り、更に歩くと冷蔵庫、コレクションエリア、ゲームデスク、ベッドが順々に目に入る。先程片付けていたのだろう、ベッドは綺麗に整っていれば、本や小物なども整頓されていた。
内装を見回して、感銘を受けていた。
「すごい…。ここが君の部屋なんだね」
「最近まで物入れ部屋みたいだったんだけど。作りたてなんだ」
冷蔵庫から2本の缶ドリンクを取り出し、ホタルに1本差し出した。プルタブを引いて開け、ホタルは一口飲んでソファに座った。
穹も合わせて座った。缶を開けず両手で握りながら、気まずそうな表情をしていた。
「さっき君は言ってたけど、姫子さんから話は聞いたんだよね?」
「その、最近の君は酷く落ち込んでいるようだって。それに…、会いに来た知り合い達に余所余所しくなって酷いことを言ったそうだけど」
「……ああ」
ホタルは手に持っていた缶ドリンクを机の上に置いた。
「穹、一体何があったの?」
ホタルの問いに対し、穹は答えようとして言葉を詰まらせた。顔を伺おうとしても自然に目が泳ぎ、顔を直視することができない。ホタルはそんな彼を気に揉んでいた。急かすこともなく、彼が口を開いてくれるのを待っていた。
彼もプルタブを引いて一口飲むと、一息置いて口を開いた。
「俺さ…、……ホタルのこと――好きなんだ」
「……へ?」
穹に対する問いに対しての最初の言葉。
突然の告白に、ホタルは言葉を失った。
「その…友達じゃなくて…、それ以上」
緊張で言葉をつまらせながらそう告げた。気遣わしげな表情でホタルを見つめていた。
「えっ!? 君ちょっ――何!? いきなりどうして――!?」
ホタルは頬に手を当てて慌てだした。顔が一気に紅潮して、言葉がしどろもどろになりうまく伝えることができずにいた。
彼女の狼狽ぶりに穹は微笑んでいた。それから、詰まることなく話しだした。
「ピノコニーでホタルと過ごしたのが今でも忘れられなくて。君と一緒に黄金の刻とかドリームリーフとか回ったことも。あと……一度背後からミームに刺されてしまったことも…」
彼の言葉にホタルは曇り、俯いてしまった。
「あのときは、ごめん…。君に辛い思いをさせたね…」
「ううん、気にしてないよ。あれは色々事情があってのことだし、今俺の目の前にいてちゃんと生きてるし。……ただ、あの時胸が苦しくなる感じがした」
穹は自分の胸に触れていた。
あの瞬間は『脚本』が示した『3度の死』の内の1つであるが、どれもその死が決して本当の『死』を指しているわけではなかった。しかし、それでも穹の脳裏から完全に消すことはできず、昨日のように思い出すこともあった。
「そんでサムが来て、それがホタルだって知ったときは、嘘つかれたとかどうでも良くてホント泣きそうになった…。それからだなぁ、この気持ちに気づいたの。一目惚れ…? いや違うわ、それどころじゃないな」
弾むような声で穹が話していたので、ホタルは目を細めていた。ところが、その調子はすぐに終わり重く溜息をついて言葉を続けたので、彼女から笑顔が消えた。
「その…、ホタルが好きだとわかってから、他の女性との付き合い方がわからなくなっちゃってさ」
もちろん買い物の時の店員とかは普通に接することはできるけどと、穹は続けた。
「食事とか誘われたりしたことあるけど、嬉しくなくて断ってたし。抱きついてきたりされてきたら、咄嗟に払ったりしてた。丹恒となのに言われて気づいたけど、しつこかったら背筋が凍るぐらい冷たい目してたっぽい」
ホタルは違和感を抱いていた。
穹がある時を境に素っ気ない態度を取るようになったと聞いていたが、あまりにも偏っている印象がある。女性に対しての方が多く、同性の相手に対しては普段と変わらない態度で接しているよう。
「――ちょっと待って…?」
そういえば知り合い達には冷たく接していたはずなのに、なぜ自分は迎え入れてくれたのか?
どうして自分の話を聞いてくれるし、彼もまた話してくれたのだろうか?
それは穹がホタルのことが好きだからである。それが答えでそう思い返すと恥ずかしくなるが、問題はその後だ。
――あたしのことが好きだから、他の女性との付き合い方がわからなくなった?
ホタルは目を丸くして、咄嗟に穹の顔を見た。
「もしかして穹――あたしのために他の女性に塩対応を!?」
驚愕するホタルの問いに対し、穹は思い詰めた表情で縦に頷いた。
***
蛍の光に脳を焼かれてしまった結果、穹は任務以外は部屋に篭もるようになり――ホタルを除く女性に対して反応がかなり素っ気なくなっていた。
一応例外もおり、旅の仲間である姫子やなのかは勿論、買い出しの都合で出会う店員など職務上の対応では特に問題はないが、それ以外の女性は穹の心身問わずの無愛想さの餌食となっていた。
あらゆる誘いなどを受けても無頓着に対応して断り続けているのだが、赤の他人に限られた話ではない。「最近穹が元気がない」と知らせを受けた女性の知り合いが星穹列車を訪れる、もしくは端末での通話を行って彼に話を聞いて元気づけようとしたのだが――
トパーズの場合――
カンパニーのエリートチーム『十の石心』の一人である彼女は、彼の気を紛らわせようとカンパニーに来てもらい、依頼を協力して請け負うことを提案したが――
「いや、アベちゃんに手伝ってもらうから大丈夫」
「え…?」
「……あ、アベちゃん…? ねぇ星核くん、もしかして今僕のことそう呼んだの?」
「アベちゃんはアベちゃんっしょ?」
「うーん、僕への呼び名はともかくここはトパーズに任せた方がいいんじゃないかな? 彼女、今にも死にそうな目して固まってるし」
「えっ、アベちゃんは俺と依頼対応しに行くの嫌なん…?」
「せめて今は僕を誘うのやめたほうがいいと思うんだけどなぁ!?」
結局トパーズを置いてけぼりにし、アベちゃんと呼ばれたギャンブラーで彼女と同じチームの一人――アベンチュリンに同行を求めて遂行した。ちなみに彼がアベちゃんと呼ばれた際、ジェイドが吹きかけていたが。
ロビンの場合――
宇宙で今を時めく歌姫は、任務に付き合うたび気にかかっていた穹に歌を聞かせようとしたが――
「俺なんかよりも、楽しみにしている観客達に歌を聴かせなよ。俺、別の曲聴きたい気分だし」
「貴様…!!」
「落ち着けサンデー」
「穹、あんた何言ってんの!?」
まさかの塩対応ぶりにサンデー激怒。咎人の自分には何言ってもいいが妹は別。
普段の敬語が消えて殴りかかる事態になって、丹恒となのかに止められる始末。
ルアン・メェイの場合――
倫理観にやや問題を抱え人付き合いもそこまでというものの、穹に対しては助手以上の感情を抱いていたが――
「君は彼女の研究の協力を一切断ったそうだが?」
「レイシオ…。まあ別に、俺じゃなくても助手なんてできるでしょ?」
「……君は本気で言っているのか? 今の彼女は『謎の倦怠感に襲われて研究もままならない』そうだ。僕が言うのも憚られるが、君の星核が目的で助手を務めてほしいわけではないようだが」
「俺はあんたみたいに天才じゃないから。それじゃあ」
天才クラブの一人である彼女が体調不良に倒れ、その原因が穹と見て連絡したレイシオ。遠回しに対処を求めたが当の本人にはその気がなく、「凡人めが」と頭を抱える結果に終わった。
実はヘルタも、本体含めて同じ被害を被っているのは別の話。
花火の場合――
「ねぇ、腕固めてもいいよね?」
「あああああ!!? もう花火の腕固めてるし!!? 取れちゃう! 芦毛ちゃん、取れちゃうよぉおおお!!?」
「答えは聞いてないからね」
「確認の意味ないじゃ――いやあああああああ!!?」
ホタルに化けて穹の部屋に入り込もうとしたがすぐにバレて、入る手前で腕挫十字固を決められて撃沈。穹は清々しい笑顔を浮かべていたが、力を弱める気はなかった。仮面の愚者たる花火の幻術は完璧なのでバレることなんて本来ありえないはずだが、ホタルに関すると驚くほど勘が鋭くなっていた。何より自分よりも、ここにいないホタルを侮辱したことに穹ははち切れんばかりに激怒していた。
ちなみに「女の子相手に技決めちゃダメでしょ!?」と、花火の悲鳴を聞いて駆けつけたなのか達に叱られて離されたことでこの件は終わった。
などという具合で。
部屋に入ろうとしても、ドアの向こうから発する無関心な反応に当てられる形で門前払いされるか、通話越しで冷淡な声を浴びることで精神的ダメージを食らった女性が多発し、関係者からなのかや丹恒などの列車メンバーに多数の苦情が届いていた。
実は穹も知らない間に、彼に脳を焼かれてしまった女性が多いようだった。穹の女性の知り合いのほとんどが、再起不能と言わんばかりに何日間も無気力状態に陥り、仕事や任務などに支障が生じていると*1。
「なのは…、まぁいいか」
「なんか適当にあしらわれてるみたいでムカつくんだけど?」
ちなみに、なのかには妥協していた。
そんな態度にしびれを切らしたなのかは、ほぼ強行突破という形で部屋に乗り込んで窘めようとしたものの、穹は譲らないの一点張りだった。結局彼の心の牙城を崩すことはできず、何が彼をそうさせているのかわからないので、なのかは苛立つばかりだった。
先ほど述べたように穹は完全な引きこもりになったわけではなく、星穹列車に関わる案件には必ず参加しており、大きな失敗をすることなしに完遂している。とはいえども人間関係に支障をきたすのは如何なものかと危惧した姫子とヴェルトは話を聞きに行った。
穹の拗らせ気味は重症で難航するかと思われたが、穹はあっさりと2人を受け入れて部屋に入れたので、難なく事情を聞くことができた。穹が明かした事情に対して2人は溜息をつき、女性の知り合いに冷たい態度を取ったことを叱るも、彼の本心は理解したのだった。
***
事実、穹が自分以外の女性と仲良くなっていたら、胸が苦しくなることはホタルにはあった。それを嫉妬というのだろうと、仲間の銀狼には指摘されている。自分の恋慕は片想いかもしれない。そんな不安もあった。
だが蓋を開けてみれば、穹はホタルのために大胆不敵な行動を取っているではないか。この現状にホタルは愕然としていた。
今にも顎が外れそうである。だがそれをなんとか堪え、ホタルは苦笑した。
「……そ、そうなんだ…。でも、それはちょっと…過敏になりすぎなんじゃないかなぁ…」
「……うん、完全にミスったと思ってる」
ホタルは、先ほど穹が自分を好きであることと伝えられたことに驚いていたが、それ以上に嬉しく思っていた。自分の中の想いは決して一方通行ではなかったことに。
だが、そのために他の女性との交流に支障――いやそれどころか自分のために、女性への自衛心を過剰にしていることに戸惑いがあるのは否めない。
出会った者が次々と穹に信頼を置くようになったのは、穹が積み重ねた縁と人徳によるもの。それに惹かれたのはホタルも入る。彼女のために自ら壊しに行くという彼の行為に対して心苦しく、何も言えずにいた。
そんな中、穹は窓を向いた。無数の星が広がる宇宙を感慨深く見つめていた。
「俺、列車に乗って旅をし続けていろんな人に出会ってきた。中には結構俺に踏み込んでくるよな、って人も見てきた」
「そう、なんだ…。でもそんな気はする。君は優しいから」
「そう…、なの…? 俺そんな自覚なかったなぁ。まぁ、困ってる人を見ると基本放っておけないから」
ホタルの言葉に、照れくさそうに笑う。しかしその笑顔はすぐに消え、再び思い詰めた表情を見せた。
自分を誘惑していると偏見を持つ事自体、おかしな事。穹は自覚していたものの、解決するのに足が竦むような恐怖を覚えていた。
「でも――それに答えたらホタルを傷つけるんじゃないかと思って、俺怖くなっちゃった」
穹は、恋というのはよくわからない少年だった。
ヴェルトからいろんなアニメを進められて、それらを視聴して恋模様を知る。共に鑑賞していたなのかや丹恒からのツッコミや解釈などを耳にしながら。このように、彼が恋について得た知識は2次元からのものに過ぎない。
作品によっては一男性が複数人の女性と関係を持つものもあったが、穹はただ大変だなぁと傍観者に徹するのみだった。一方でボーイ・ミーツ・ガールの作品については、食い入るように見ていた。なのかが「やっぱりこういう系だよね!」と強く推していたような、と穹は一瞬に思い出した。
ホタルと過ごしたピノコニーでの出来事が聡明に浮かばれる。その度、こういう瞬間に憧れていたのではないかと自分を顧みていた。
「こんなに苦しくなるんだったら、俺もう列車降りようかなって正直思ったこともあった」
「それは駄目だよ…。姫子さん達が悲しんじゃう」
「そりゃそうだよ。こんなことで降りるつもりはないから安心して」
列車を降りると聞いてホタルは悲しそうな表情を浮かべたので、穹は本気でそう思っていないと伝えて微笑んだ。
「ごめん、俺のためにわざわざ来てもらったのに。こんな話聞きたくなかったよな…」
「ううん。ありがとう、あたしに話してくれて」
ホタルは微笑んで返した。
穹が心に思っていたことすべて、自分に明かしてくれたことに彼女は安心していた。だが、その原因に自分があると理解した途端、ホタルは自責するように顔を曇らせた。
「ごめん…」
穹は、ホタルからの突然の謝罪に虚を突かれた。
「あたしは、あたしのせいで君が優しくなくなっちゃうのは、ちょっと辛いかな」
「そんな、ホタルのせいだなんて」
「ううん。君があたしをそこまで想ってくれてたなんて考えていなかった」
穹の慰めに対し、ホタルは横に首を振った。
少しの沈黙が走った後、ホタルが口を開いた。
「とっくの昔に滅びた故郷にいた頃。装甲を被ってスウォームと戦い、その瞬間を生命を燃やして死ぬ。生まれたばかりのあたしは何も疑問を持つことなんてなかった。でもね、一見変わらない再三の出来事の中に、違いがあった事に気づいたんだよ」
「それって?」
「――装甲の中身は、一人一人別ってことに」
ホタルは柔和な笑顔で答えた。過酷な事情の中にも稀有な幸せの瞬間があったのだろうと、この時穹は思った。
戦場の中で、ホタルの周囲で数多の戦騎が斃れていった。砕け散った装甲から覗かせる、自分とは相異なる顔つきを見てきた。束の間の安息で、ホタル以外の兵士にも出会ってきた。顔つきだけでなく、性格も嗜好もすべて別々であることを知った。
そしてホタルは気付いた。人というものは皆違っていて、別々の人生を歩んでいるのではないのかと。
「エリオの『脚本』には誰にも逆らえない。ピノコニーの件だって、君達に話そうとして何回も失敗したし。それでも、あたし達にはその過程を決める権利があると考えてるんだ」
ホタルの顔には確信した表情が浮かんでいた。
外部への漏洩を防ぐために意図的に仕込まれた
「『生命体はなぜ眠るのか? 夢から覚めるためだ』。あの時の君の言葉、あたしにはかなり響いたんだよ?」
ピノコニーでの最終決戦で言い放った穹の言葉。戦後に知ったホタルは、嬉しさに満ちていた。穹は照れくさそうに頬を掻く仕草を見せた。
別の惑星での活躍を言伝で聞き、ピノコニーでは夢境の中とはいえども現に会って彼の明るさと優しさ、そして勇敢さに惹かれていた。それは、ホタルが嬉しく頬を赤らめることで示していた。
「自らの手で運命を塗り替える。そんな君にずっと憧れていたんだよ」
この時、穹は悟った。
例えホタルが星核ハンターの一員だろうと関係ない。
何か取り返しのつかないことをしでかしたと言われようとも信じない。「生きたい」と願う目の前の少女が、同じく「生きたい」と願う無辜の人々を根絶やしにするだなんてありえない。
だが、『脚本』の効力は凄まじい。穹はホタルのみならず、カフカなどの星核ハンターからそのことは聞いており、『脚本』についてすべて理解した訳では無いが、噛み砕いて解釈することはできた。いわゆる予言に似たもので詳細は書かれず曖昧な表現でしか書かれていないが、その結果には必ず帰結する。
ひょっとしたらそのせいで星核ハンターと――ホタルとの対立は避けられないのかもしれない。
――上等だ。
『脚本』に勝てなくとも、ホタルが死ぬ結果に行き着くことなんて絶対にさせない。
必ず生かして止める。ホタルも、自分も。
それが、後悔しない選択だから。
穹は、胸が熱くなるのを覚えた。自分に搭載された星核によるものかそうでないかは不明だが、その熱は彼を前に進めようとしていた。
途端、穹の行動は早かった。穹は手に持っていたドリンクを机に置いて立ち上がり、ホタルの隣に移った。
「穹…?」
「その……」
戸惑うホタルの両肩を掴む。そして、片腕を背中に回して抱きしめた。
「きゃっ…!? そ、穹!?」
「ごめん。俺、もう一つ怖いことがあった」
穹の行動に驚きを隠せず、ホタルはわずかに悲鳴を上げた。
「俺はナナシビトでホタルは星核ハンターだから、いつか対立することになるんじゃないかって。俺達、面と向かって戦わなきゃいけないんじゃないかって」
「………」
その内容に、肩越しでホタルは目を見開いた。
「でもさ……それでも、無理だわ」
穹の声は震えていた。
目元は潤んでいたが、今抱く感情を噛み締めたかのようにひっそりと笑っていた。
「ホタルのこと、やっぱり嫌いになれない。今の話聞いてはっきりした」
「……うん」
「俺、これからも旅を続けていろんな人にあって、いろんな人のことが好きになってしまうと思う。男女問わず」
「…うん」
穹の言葉を、ホタルは徐ろに相槌を打ちながら受け止めていた。
そして穹は身体を離し、彼女の肩を持ったまま顔をじっと見つめた。
「でも、俺が一番『愛している』のはホタルだけだから。『愛している』って伝えたいのは、ホタルだけなんだ」
『好き』よりも数段飛ばした言葉を告げられて、ホタルは色めき立っていた。彼の好意を受け止める気でいたが、想定以上のものをぶつけられると反応に困ってしまう。
だが、それに嘘偽りはないと、今までの話を踏まえてホタルは確信していた。
その気持ちに答えなければ。そう思った時、ホタルの手は穹の顔に近づいていた。
「……ありがとう…」
穹の頬に手を添えられ、軽く持っていかれる。
彼が気づいたときにはホタルの顔が目と鼻の先にあり――唇に柔らかい感触を覚えていた。
「あたしも、穹のこと大好きだよ」
ホタルは涙を浮かべ、目を細めて応えた。
「あの、もう1回いいかな…」
「…うん!」
ホタルは頷くと、今度は穹が顔を近づけ再び唇を重ねた。穹と同じように背中に手を回して温もりに身を委ねていった。この瞬間は決して夢ではないということを噛みしめるように。
名残惜しく顔を離すと、頬を赤らめたまま見つめ合った。
「あたしは生きたい、この先もずっと。どんな辛い運命でも、大好きな君のために抗ってみせるから」
「ああ。ホタルならできる。俺も君がいてできることたくさんあるし」
ナナシビトと星核ハンター、表裏一体の関係。別々に位置して生きる2人。
それでも行き着く先は同じなのだと、穹とホタルは確証を得るのだった。
***
数日後、それからの話。
「穹の恋人できた宣言で悪化した!?」
なのかが端末を見て絶叫していた。
ホタルと気持ちを確かめ合ったことで吹っ切れた穹に、女性への接し方に改善の兆候が見られた。穹が自らの振る舞いについて非を認め真剣に謝罪したことと、知り合いがそんな彼を顧みて口利きをしたことで許しを得られ、拗れた時期以前の状況に戻った。
ところが、別の問題が起きた。穹に好意を持った女性が誘ったところ、「彼女がいる」と持ち出されて玉砕した件が多発したのだ。
例えばロビンの場合、歌を聞いてほしいと誘われた時は「わかった! 彼女と一緒に来るよ!」と答えられて、その時は上手く取り繕ったものの、彼がいなくなってからはソファのヘッドレストを涙で濡らしていた。
彼女以外にも酷く落ち込むどころか嗚咽を漏らす女性が続出したようで苦情が多発し、丹恒となのかは対応に迫られていた。
「なぜあんな真似をしたのですか?」
「いや、だって『貴方だけのコンサートを開きたいの』って言われて…! 俺には好きな人がいるからそういうのはどうかなぁと思うんだけど!?」
「申し開きはそれだけですか?」
サンデーによる2時間の説教再び。
遠くから呆れた表情で見つめるなのかと丹恒。
「もう、穹ってばホタルに脳を焼かれすぎでしょ!?」
「この人達も穹に焼かれていると思うが。ただ一途もここまで来ると考えものだな」
塩対応は解消されたが、まだまだ接し方の解決策を練らねばと誓っていた。
「だぁから何度言ったらわかるんだあああああ!!!」
「ああああ痛いいたいイタイイイ芦毛ちゃん折れちゃう折れちゃううううう!!?」
むしろ花火に対しては、懲りずにまたホタルに化けてきたので扱いが更にひどくなっていた。どこで覚えたのか、ロメロ・スペシャルをかけるぐらいに。
以下、穹が部屋に入れている人物。
・ホタル→大好き、というより愛しているからもちろん最優先。
・パム→行き先のことを聞いたり、相談相手になってもらっている。
・姫子、ヴェルト→親みたいな存在。女性への塩対応については注意されたものの、穹が秘めていることについて否定はしなかった。
・丹恒など男性→普通に入れている。ロビンの件について、サンデーから2時間説教されることに。
・なのか→友人枠。というより、なのは丹恒と付き合っているから大丈夫と、大きな勘違いをしているが…?