蛍の光に脳を焼かれた開拓者の話   作:70-90

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ハガ◯ンの、漫画にしかないとあるギャグシーンを参考にしました。


蛍の光に脳を焼かれた開拓者は死にかけた

「くっそ…!」

 

 星穹列車のナナシビトの一人――開拓者の穹は苦虫を潰した顔で、目の前の光景を睨みつけていた。手には戦闘に使ったバットを握りしめたまま、疲弊した表情で息を切らし、額から大粒の汗を掻いていた。目の前には多数の「繁殖」――スウォームという派閥に位置する巨大な虫の群れが空を覆い、人1人をじっと見つめていた。

 穹は単なる依頼でとある惑星に訪れていた。内容としては手がかかることはなく、一人で解決できる短期のものだった。それに穹は受理し完了を済ませたところである。

 なので、スウォームの襲来は完全な予定外の出来事であった。当初は2体が襲いかかり、穹は依頼主とその関係者を逃がして1人で立ち向かい、辛くも勝利を収めた。だが、どこぞの虫と同様に「1匹入れば100匹いる」というジンクスが成立していたようだ。

 

「流石に俺だけでこの数は無理だろ…!」

 

 諦めは早く、穹は背を向けて逃げ出した。それを開始の合図と見たか、大群は羽音を響かせながら飛びかかってくる。強靭な牙を開閉し、鋭利な爪を振りかざして彼に当てようとするが、回避したり崖に引きつけたりしながら、なるべく致命傷を追わないように行動していた。

 星穹列車の仲間、それ以外も呼ぼうと端末を取り出すも通信が繋がらない。自分に不利なご都合主義に対して毒付くも、猛襲から逃れようと走り続ける。

 

「―――!!」

「くっ…!」

 

 だが、穹には限界が近かった。

 それでも虫達が一思いに止めを刺さないのは、まるで自分が疲れ果てていくさまを見て楽しんでいるかのようだ。

 この状況に怒りを抱くも、身体のキレはもはやそれにも満たさなかった。疲労と悔恨の入り混じった表情を穹に対し、スウォームはジリジリと距離を詰めていた。この状況でどうすればいいか、頭に必死に問いかけても何も思いつけない。

 

「――――?」

 

 突如、スウォームの一群どれもが上を見上げた。

 穹はその行動に疑問を抱くも、釣られて見上げた。

 大地を揺らさんばかりに動力源を掻き鳴らす音、風を切る音。

 その視線の先には、緑ときどき赤に燃えて輝き、スウォームよりも空高く、真っ直ぐ線を描いて迫ってくる、一つの閃光があった。

 

「あれは――」

 

 緑と赤が入り混じったその光が方向を変え、スウォームの群れの中心に直下していく。

 

「まずい――!」

 

 その光の恐ろしさを知っていた。あれを間近で食らったら一溜まりもないと。

 平常心を失った穹はなんとか避けようと疲れを忘れ、背を向けて走り出した。

 

 しかし、そう判断したと同時に――

 大地を揺るがす爆音が背後から響き――

 爆風が穹に直撃した――

 

***

 

「丹恒! 穹はこの階にいるんだよね!?」

「その質問は3回目だ! 彼はここにいる…!」

 

 同じ惑星。

 穹が依頼を受けた場所から遠い位置にある都市内の大型病院。

 看護師の注意も耳に留めず、一組の男女――穹と同じ星穹列車の仲間である三月なのかと丹恒が焦燥した表情で廊下を疾走していた。

 

 スウォームの襲来が何者かによって鎮圧された後に通信が戻り、穹の入院の知らせが星穹列車の元に入ったのだ。医師からは「一命は取り留めたものの、未だに意識が戻らない」という最悪の状況を受け取り、未だない緊張が列車内を覆い尽くした。車掌のパムはワッと泣き出してしまい、姫子やヴェルトも動揺していた。なのかと丹恒も同じだった。何より、穹からの救援要請を何通も受け取ったばかりの出来事だったからだ。

 穹が巻き込まれた件を調査するため姫子やヴェルトが現場に向かい、穹のもとにはなのかと丹恒が駆けつけることとなった。

 

 穹が入院している個室に到着し、なのかが勢いよく扉を開けた。

 大きく息を切らしてその先を見つめる2人。

 

「そ、穹…! そんな…」

 

 2人は目の前の光景を目にして、大きな希望を失ったかのように絶望していた。

 穹は物言わぬ様子でベッドに横たわっていた。少しはみ出した足先から顔、頭部に至るまで全身が包帯で巻かれており、凄惨な状況を想像させた。腕には点滴が打たれ、鼻と口は呼吸器を装着されており、心電図が彼の脈拍を常時知らせていた。

 この時点で、穹が絶望的状況に立たされているなんて、誰にでもわかった。

 

「ばかな…」

 

 丹恒となのかは覚束ない足取りでベッドに近づいた。近づいても穹は彼らをいつものように迎え入れないし、気づいてすらいない。

 包帯に巻かれてもなお、その輪郭からして変わり果てたこの患者こそが穹だと2人は認識した。その途端、なのかは膝をついて泣き出し、丹恒は強く拳を握りしめ悲しみで顔を歪めた。

 

「お前…! そこまでの危機に瀕しているとは聞いてないぞ…!」

 

 丹恒は普段、喜怒哀楽を見せない。感情があるのかどうか怪しいとすら、なのかに言われたこともあるほど。だが、結局は丹恒も同じ。目の前の仲間の危機に面し、止め処無い悲しみが彼の心を覆い尽くした。

 

「穹…、冗談はやめてよ…。こんなのウチら笑えないって…!」

「よせ三月…!」

 

 目の前の現実を受け入れられないなのかは彼を起こすため、身体を揺らそうとする。しかし丹恒に止められた。

 

「丹恒! アンタ、穹がこうなってなんで落ち着いていられるのよ!?」

「落ち着いているように見えるか!? 穹が、俺達の仲間が死にかけているんだぞ!? ……だが、ここで喚いても今の俺達にはできることはない…」

「そんな、ことって…」

 

 丹恒は椅子に力なく座り頭を抱えた。なのかは俯き、前髪で目元に影ができた。

 2人にやるせない緊張が走っていた。あの時、穹の救援要請を受けてすぐに行動に移していれば…。

 

「ちょっと、うるさいんだけど…」

 

 悲痛な状況をぶち壊すような声が響いた。まるでぐっすりと睡眠を取って良い夢の中にいたのに邪魔されて不機嫌になったかのような口ぶりだった。

 穹は照明の光の眩さに目を細め、あたりを見回す。そして左右に動かしていた首が止まる。穹の反応に目を剥いた2人と目があったからだ。

 

「なの、丹恒、来てたんだ…」

 

 気まずい雰囲気が病室内を満たす。駆けつけた仲間は硬直したままだ。

 この雰囲気に耐えられなかった穹は一つ頼んだ。

 

「ごめん、ちょっと看護師さん呼んで。これつけてると、喋りづらいから…」

 

 丹恒からコールを受けた看護師に呼吸器を外してもらい、大きく息を吐いた穹。

 意識を取り戻したということで医師も駆けつけ、穹は自分がどうなっていたかの状況を聞かされた。病院に運ばれた時の彼には火傷などの重傷を負い、一時命に関わる状況だったという。医師の話を聞いていた彼は終始、状況を掴めないといった表情を浮かべていた。

 呼吸もはっきりしており意識も鮮明と判断され、呼吸器も心電図も片付けられた。

 

「穹…! よかったよ~…!」

「ごめん、心配かけ――」

「すまない…。俺達がもっと早く来ていれば…」

 

 医師たちが去った後、なのかの瞑った目から涙が零れ落ち、丹恒も泣くまでにはいかないが目を潤ませていた。その様子に穹は言葉が詰まってギョッと驚いていた。

 

「えっ、ちょ――なの、めっちゃ泣いてんじゃん!?」

「誰のせいよ!? ウチら、アンタが死ぬんじゃないかって心配で…!」

「待って…。ちょっと待って2人共落ち着いて…!」

「落ち着けるわけがないだろう!? 俺達がここに来てみれば、こんな大怪我を負うとは!」

「丹恒!? いつもの冷静な丹恒先生はどこ行ったの!?」

 

 丹恒を血も涙もない男だと思っていたのか。ただここまで感情的になった彼を見たことがなかったのか。なのかが大泣きするもそうだが、彼に対しても普段見せない様子に穹は現実か疑うほどに混乱していた。

 

「とにかく2人とも落ち着けって! ……その、もう1人いるから」

 

 彼は気まずそうに目を泳がせていた。いや、泳がせていたのではなく、その視線は一点の方向に向けていた。

 なのかも丹恒もその視線を追った先を見た途端、目を剥いた。

 

「……」

 

 1人の少女―――ホタルが部屋の隅で蹲っていた。

 

「ホタル!? アンタも来てたの!?」

「2人が来る前からずっとあんなんで…。合わせる顔がないって感じで…」

「全く気づかなかった…。『見えない敵』ほどに気配を遮断していたとはな」

 

 なのかと丹恒の声に、肩を揺らすなどといった全く反応を見せない。先ほどの大声にも微動だにしていなかった。

 置物と化している彼女の丸く曲げられた背からは負の気配を感じさせている。ホタルがああなったのは彼の惨状にショックを受けたからだけではないのだろう。

 勘づいた丹恒は穹に顔を向けた。

 

「……穹、お前はホタルに助けられたのか?」

「…ああ。助けられた。助けられたけど……、ええっと、その…」

 

 穹は口を開くもどこか覚束ない。2人の圧だけでなく、なにか言いづらい事実があるように見えていた。

 

「その…、本来なら包帯を巻いて、三途の川を見かけるほど酷い怪我じゃなかったんだ…」

 

 穹は気まずそうにそう告げた。なのかは理解できず、ただ首をかしげるばかりだった。

 

「…どういうこと?」

「逃げるのに間に合わなくて爆風に巻き込まれてふっとばされたけど、打撲と擦り傷程度だし…」

 

 素人目線で判断するのはどうかと思っているが、何も全身を包帯で巻いてもらうほど酷いものではないと穹は言った。

 

「穹、『本来』という言葉に引っかかったが、その怪我はスウォームによるものではないのか?」

「その…」

 

 穹の視線は天井へと向けられていった。

 

***

 

「いててて…」

 

 爆心地から距離があっても強力なままの爆風が穹を吹き飛ばし、彼を地面に転がせた。疲労があったが、それでも立ち上がる気力は残っており、バットを杖にして息を切らしながら立ち上がった。

 穹の視界には火の海が一面に広がっていた。先程までは何もない荒野の上に巨大虫たちが空を覆い、彼を襲わんと睨みつけていたが、もはやいない。焼き付くばかりの熱と焦げ臭い虫の匂いがかの少年に漂う。

 その不快さに堪えながら見渡すと――()()()()()()()()()()()()()()()()が立ち尽くしていた。それを見て、()()がやってくれたと、落下直前の緑色の光を目にしてから確信していた。

 『ファイアフライ-Ⅳ戦略強襲装甲』――通称『サム』。今亡き蒼穹帝国グラモスの遺伝子改造戦士が戦争に身を投じるために身に纏う鋼鉄の鎧。その長身の男性を思わせる姿の鎧を身に纏うのは、ホタルという一回り小さい美少女であり、グラモス唯一の生き残りだった。

 そして現在は星核ハンターに身を置くものであり――穹の恋人でもある。

 

「ホタル…!」

 

 穹の呟きが聞こえたのかサムが振り向き、緑色のバイザーと目が合う。

 その瞬間、下ろしていた鉄の拳が震えだした。

 

『穹…!』

 

 穹の無事を確認し、感嘆の声を漏らした。刹那、ホタルは飛び出し1秒も惜しまない気で、穹のもとに駆けつけてきた。

 しかし、ホタルは穹のことになると冷静さを失い――致命的なミスを犯していた。

 

「……え――」

 

 現在の彼女はまだサム――鉄甲を身にまとったままだ。鉄甲を解除することをうっかり脳から消し去っており、自分の姿を顧みないまま穹の元へと駆けつけていた。

 そして、そのまま穹へと手を伸ばし、まるで自分がホタルに戻ったかのように錯覚して強く抱きしめた。ただでさえ、完全燃焼モードになれば星を一つ滅ぼすほどの機動力を持ち、通常モードでもパワーは常人以上。その状態で抱きつくなんてすれば…。

 

『穹…! よかった…!! 本当によかった…!!』

「ちょっ、サムのままじゃまずいって――ぎゃあああああああ!!!!?」

 

 悪意のない鉄の抱擁により、肌身に感じる熱、体の内側から走る激痛、骨が軋む音、そしてさらなる悲鳴を浴びながら穹の意識は闇へと飲まれていった――

 

***

 

「というわけで…」

 

 穹からの事情を聞き終えたなのかと丹恒は、未だにふさぎ込むホタルに呆れた視線を送っていた。

 

「……ええ…」

「……つまりスウォームとは全く関係のない理由で、余計な負傷をしていたということか。その、サムを装着した状態で抱きつかれたことが原因で」

「してたっていうか、されてたってことだよね…」

 

 スウォームではなく、仲間――というより恋人の善意による不慮の事故によるものという事実に呆れるあまり、怒りを抱くことすら忘れていた。

 なのかと丹恒の言葉に反応したか、ホタルの両肩が微かに震えだした。

 

「あたしが…、あたしが穹に大怪我を負わせちゃった…」

 

 2人が入ってきて初めて発したホタルの声は震えていた。

 ホタルはゆっくりと立ち上がって振り向いた。しばらく睡眠を取っていないのか目元にクマができており、自責の念で泣いて赤く腫らしていた。すっかり変わり果てた姿になのかは無意識にも一歩引いていた。

 彼女はふらつきながらも穹のベッドに近づいていき、縁につくと膝をついた。

 

「そらぁ…、ごめんねぇ…!」

 

 自分の手で潰しかけた希望に対し、くしゃっと顔を歪めて泣き出した。ベッドに顔を埋め、許しを請うように泣きじゃくった。なのかと丹恒はお互いに困惑した表情で顔を見合わせた。

 

 数日前、星核ハンターのリーダーであるエリオから、新たなる『脚本』を得た。

 『惑星にて、開拓者は生死を彷徨うほどの怪我を負う』という内容であり、ホタルからすればいても立ってもいられないものだった。銀狼の静止を耳に留めず、サムを装着して一直線にその惑星に駆けつけた。彼を救うために。

 しかし、ここでもホタルは重大なミスを犯しており、彼が見た結果にはどの過程を経ても必ずたどり着くという『脚本』の性質を失念していたのだった。今回の場合、その原因が穹を襲ったスウォームであるとは限らないと念頭に入れていなかった。

 逆らった結果、皮肉なことにその怪我の原因が自分になって『脚本』が成立してしまうとは…。彼を殺めるという最悪の結果になっていたら、自ら命を差し出していたに違いない。

 

 包帯を巻いたままの腕を動かし、泣き続けるホタルの頭を撫でた。

 

「そ、ら…?」

「ホタル、大丈夫だから。さっきお医者さん言ってただろ。俺はまだしばらく寝込まないといけないけど、死ぬことはないって」

「まあ、最期のハグになりかけたんけどね…」

「……なの、空気読んでよ」

「えっ、今のウチのせいなの!?」

 

 なのかの一言に刺激され、ホタルは再び俯いた。雰囲気を壊した張本人に、穹も丹恒も冷めた視線を向けていた。

 閑話休題、再び穹はホタルに語りかけた。

 

「あの時、駆けつけてくれてありがとな」

「でも、あたしは君に…」

「ぶっちゃけ、あんな数を相手にするのは悔しいけど無理だったし、かと言ってこのままだと被害が広がるところだった。ホタルが来てくれて助かったよ。それに、死ぬにしてもあいつらに食われるなんてまっぴらごめんだし…!」

「どのみち君が死んじゃったら、あたしはどうしたらいいかわからないよ…」

 

 それは穹基準での話でしかないが、大怪我をするにしてもスウォームに無惨に食い尽くされるよりもサムに抱きつかれた方がまだいい方だったに違いない。

 沈んだままのホタルの手に、穹はそっと手を重ね微笑んだ。

 

「俺、無茶はしちゃったけど、生きるために無茶しちゃったほうだし。ホタルにもう逢えないなんて俺だって考えられないからさ」

「……」

「だから、もう泣くなって。ずっと泣いてるから可愛い顔が腫れちゃってるし」

「穹…」

 

 ホタルは頭を撫でた彼の手を両手で包みこみ、潤んだ目で見つめていた。

 

「まあでも、今度サムに抱きつかれたときのために、もっと鍛えなきゃな」

「いや、サムの性能に肩を並べようとは無理難題にも程があるだろう」

 

 丹恒の指摘に「そうかな」と穹は笑って返した。

 ちなみにホタルは星核ハンターの元に戻った後、カフカに叱られた。銀狼も、穹が大怪我した経緯を知って大笑いしたので、同じく叱られたのだった。

 

 

 

穹が大怪我を負ってしまったのは結局誰のせい?

  • ホタル
  • 『脚本』
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