魔法の絨毯   作:苗根杏

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くっさあ♡とか言ってられないメスガキ「まず座って」


後編

「弦巻さん」

「なあに?」

「もし、普段接している友達が、全く違う一面を見せたらどうする?」

 

 自分可愛さでしかない質問を、俺はこころに投げかける。

 

「どうする、って?」

「例えば……そう、例えば。ifの話をしましょう」

 

 俺はろくろを回すようなジェスチャーをし、即興で出てきた言葉を紡ぐ。

 

「上品に振舞っている、弦巻さんのようなお嬢様が、ワンルームに住んでいて酒カスの親を持つヒステリックな一市民だったら?」

「どの面も彼女だと思うわ」

 

 ノータイムで返す彼女の目は、俺ではなく、どこか遠くの方を見つめていた。そして、一点の曇りもないような声色でこう続ける。

 

「薫はね。『演じている自分も、普段の自分も、全て自分だ』って言ってたわ」

「そうか」

 

 いいこと言うじゃあねーか、あいつ。シェイクスピアの言葉かは分からないけど、少なくともアイツが心から言ってるのは確かだろうな。

 

 薫はいち舞台人として尊敬すべき所がある。彼女は演じていても、瀬田薫という素の人格まで褒め、愛し、惚れてしまう。藤原竜也さんみたいなもんだ。

 

「どうかしたの? ヒロト」

「ああ、いや……」

 

 俺にはとうていできないな、こんな話をしただけで挙動不審になってしまう俺には。

 

 ああ、やっと頭ではなく心で理解出来た。俺はアリ王子ではない。アラジンなんだ。

 

「俺は……なんだ、その……」

「……『俺』?」

 

 そう、どこかでボロが出るものさ。ましてや俺にはランプの魔人もいない。自分だけで取り繕ったボロい服で、こんなプリンセスに愛を誓うなんて。

 

 汗がダラダラ垂れてくる。吹奏楽のコンクールに出るより、兼部している部で舞台に上がる時より、よっぽど緊張して、アドリブが繋がらない。手も震えてきた。

 

 座ったまま俯く俺。それを見たこころは、迷いもなく俺を抱きしめる。

 

「大丈夫よ」

「!!」

「どんなあなたでも受け入れるわ。だから、話を聞かせてちょうだい」

 

 俺の頭を撫でながら、こころは優しく囁く。

 

「……逃げないで、話を聞かせて。そばに居たいの、あなたの」

「俺なんかで、いいのか」

「構わないわ」

「俺の家はマンションだ。牛丼屋でバイトしてる……月ノ森の学生ってのも嘘だ」

 

 こころの慈愛に絆され、せき止められていた真実のダムが決壊する。個人情報がドカドカ出てくる。そんな痛々しい濁流にも、こころはずっと耳を傾けながら「それでも、あなたはあなたよ」と言ってくれる。

 

 しかし、彼女に甘えている反面、あっけなく受け入れてくれる態度に、俺は疑心暗鬼になっていた。

 

 何年も『こんな顔』で生きてきて、沢山『お前は大丈夫』だことの、『気にしない』だことの言われてきた。しかし皆一様に、心の奥底では俺のことを気持ち悪いと思っていたはずだ。

 

 だから、今の彼女の言葉だって、また嘘だ。慈愛は嘘を80%孕んでいる。

 

 俺はこころの背中に手を当てながら、どうせどうせと言い聞かせても止まらない涙を止めようと、爆弾を投下する。

 

「俺はこころの胸を揉みたい」

「笑顔になれるなら、いつでも揉んでいいわ」

「俺は……こころと付き合いたい」

「そうなのね。あたしもよ」

 

 こころを試しているつもりが、俺が試されているように思えてくる。

 

 彼女は全くもって俺の言葉に動じない。かといって無関心というわけでもないようで。俺はどこかで彼女のことを信じたいのかもしれないな。だって好きだし。

 

 彼女が俺の涙を拭く手を、しばし止められずにいた。しかし限界だ。いい加減にこころの本音を聞きたい。どんな本音でも受け入れる。だから──

 

「こんな傷があってもかッ!!?」

 

 俺は、左の顔を大きく隠す、伸びた髪をどける。すると、先程までもチラチラと見えていたであろう、いわゆる『継ぎ目』、手術痕が出てきた。

 

「……傷。そうね、あなたには……それがあるものね……」

 

 昔、俺は大きな事故に遭った。家族で遠出して遊びに行っていた帰り道、高速道路で後ろからベンツに煽られ、その後まもなくドカン。

 

 幸い死者はいなかったものの、俺は当たりどころや打ちどころ、刺さりどころが悪かったらしく、顔がズタズタになった。両親よりも、当時まだ幼かった弟よりも、ずっと大きなケガをした。

 

 背中にも大きな手術痕が残っており、足の小指は右側だけ無くなっている。

 

 俺の顔は、少し肌の違う部分がある。左目を覆い隠すように、継ぎ目より上側。そこは母親の皮膚を移植したものだ。

 

 こころは俺の継ぎ目に沿って、顎まで指を這わせ、その顎をくいと持ち上げる。そして、目を合わせてニコリと笑うのだ。

 

「そんなことで遠ざけるくらいなら、最初からこんなに話してないわ」

 

 そう笑う直前、目が合う数瞬前、ほんの少しだが、こころは唇を歪ませていた。

 

 よく見てみなくても、こころは涙を目にためていた。見間違いではなかったようだ。今までに聞いた事のない震えた声で、こころは言う。

 

「あたしがヒロトを好きな気持ちは、ヒロトの思っているよりもずーっと大きいのよ? ふふっ」

 

 無理して笑う必要なんてないのに、と言いそうになったが、彼女の笑顔そのものは本物らしかった。何故、そんな風に悲しそうに泣きながらも、笑みを浮かべられるんだ。

 

 俺の顎を持ったままに、こころは鼻にキスをする。それをきっかけに、俺も涙が止まらなくなっていた。気づけば、こころを抱きしめていた。

 

 何度も頭を撫でられ、背中をさすられ、

 

「……あなたを救ってあげられるのは、あなただけ。でも、その後押しならできるわ」

「……こころ……」

「あたしがヒロトのどこを好きになったか、分かるかしら。それはね、誰になんと言われようと、その傷を隠さずに堂々と生きているところよ」

「ッ……」

 

 この傷も愛おしくてたまらない、とでも言いたげに顔を撫でる彼女の声は、震えながらもどこか浮ついていた。

 

 こころは最初から気づいていたのだろうか、俺の正体に。でなければ、こんな受け入れ態勢はできないだろうな。

 

「誰がなんと言おうと、あなたはあたしの王子様よ。それを、あなた自身がダメだって言ったら……そんなに悲しいことは無いじゃない」

 

 王子様なんかじゃあないって白状を、今さっき丁度したんだけどな。

 

「……白馬は?」

「いらないわ。うちにいるもの」

「魔人の出るランプは?」

「興味ないわね」

「金だって……このくらいしかない」

 

 俺は財布から全財産の1000円を出す。同時に、チラリと吹き抜けになっている背後を覗く。

 

「いいのよ。ヒロトがヒロトであれば」

 

 さて、この質問の本質は、残念ながらそこではない。自然に1000円札を出すための芝居だ。

 

 こころくらいの金持ちなら相手の懐事情なんて気にしないってのは、バカな俺だって知ってるからな。

 

 俺は1000円札を右手に持ったまま、彼女の背中をトントンと叩いて俺から離す。そして、吹き抜けの手すりに足をかけ、ガラスの壁に登って立つ。

 

 その間にも黒服さんはアタフタしていたが、俺はドヤ顔をしながら、親指で吹き抜けの下を指す。すると納得したように、他の黒服さんとやりとりをし始めたようだ、無線に何か話しかけている。

 

 こころが不安がっている中、下にはわらわらと黒服さん達が集まり始めている。夕方になって、すっかり子供もいなくなったトランポリンに、だ。

 

「なら、魔法の絨毯は?」

「!!!」

 

 そうスカしてみせて、俺は背中から1階に飛び降りる。

 

 金も友情も、慈愛だって持ってる奴にできるのなんて、ちょっとスリルのあるサプライズくらいしか、俺には思いつかなかったんだよ。

 

 落ちていく先には、直径5mほどの輪になった黒服さん。その中心には、とびきり大きいトランポリン。

 

 俺がそこに思い切り着地すると、黒服さん達は合わせて飛び上がる。

 

 そして、沈みきって跳ね上がる寸前、黒服さん達は遅れてトランポリンに体重を乗せて沈む。見事な連携プレー。日頃、校舎の窓から飛び降りるような危うさのあるこころを守っているだけある。

 

 するとどうだ、俺は先程落ちた場所とほぼ変わらない高さまで飛ぶ。着地した地点は、こころの目の前。「じゃじゃーん」とおどけてみせる俺を、彼女は目をぱちくりさせながら見ていた。

 

「ま、絨毯じゃあなくってトランポリンだけどさ」

「ヒロト……!!」

 

 思ったより落ち着いたトーンで名前を呼ぶ彼女は、俺に駆け寄って抱きつく。

 

 身体中をベタベタと触るな。いやらしい。別に幽体離脱して上がってきたわけじゃねえぞ。

 

「ケガはない?」

「俺を誰だと思ってんだ」

「ちょっと……心配したわ」

「屋根から屋根へ飛び移れるのが特技なんだよ」

 

 少し複雑そうなこころは、俺の笑顔を見て、またいつもの笑顔を取り戻す。

 

「まあ……ふふ。あたしだけの、アラジンね」

「仰せのままに、王女様」

 

 こころは俺の手を繋ぎ、頬にキスをする。そして満足気にニヤッと歯を見せるのだ。こんなに悪い笑顔もできるんだな。

 

 つい最近、兼部している部活動で表情作りを頑張っていると聞いたことがある。こころはどんな役を演じるのだろう、そう思いながら2人で再び歩き出し、ショッピングモールを出た時。

 

 俺と彼女は、ほぼ同時に同じ場所へと目が向く。ステージだ。

 

 普段は専ら子供の遊び場所だったり、アイドルのリリースイベントだったり、そういった用途に使われている場所だ。

 

 夜のモール周辺、今は舞台の上には誰もいない。ステージ前の座席を休憩所代わりに使っているカップルや家族連れがちらほらと見えるが、今日はなんのイベントにも使われないようだ。

 

「おあつらえ向きの舞台ね」

 

 立ち止まってそう言うこころに、俺はぎょっとしてしまう。「ここでやるのか」と問う俺を、当たり前じゃない! と言わんばかりに引っ張っていく。

 

「あたしの言うことが聞けない?」

「かなり王女だな、今の言葉……」

 

 お前までキャラ変わってどーすんだよ。にしても、今からやるのか。ちょっとは準備をさせて欲しいものだが、たまにはこういう突発的なエチュード、いや『路上即興演劇(ストリート・バトル)』もいいものだ。

 

 普段はメイクで傷を隠して舞台に立つので、緊張するな。一応、メイク道具一式は持ってはいるのだが、とこころに伝えると「今日くらいは、ありのままのヒロトを見せて」と言われる。

 

 いつも隠している傷。それを、出すに出せなかった素の性格と共に肯定されたような気がして、俺は胸に染みるものを感じる。

 

 舞台に上がり、2人で柔軟をする。ダンスバトルでもする気なのか、とばかりに椅子に座っていた人々がざわつき始める。

 

「そういえば最近、部活はどうだ?」

「楽しいわよ! 時間があれば薫とも『アレ』で遊べるの! こんなにワクワクするのは久しぶりよっ」

「天文部との掛け持ちは辛くないか?」

「パパと同じこと言うのねっ。ふふ、楽しいから苦じゃないわ! 大丈夫っ」

 

 確かに、オヤジ臭い心配だったかもな。こころなら、大丈夫だ。人を信用してみるというのが、今日の俺にとっての教訓だ。

 

 こんなに眩しくて、優しくて、ギラついた『演劇人のオーラ』の人でも、俺を好きになってくれるだなんてな。

 

「……こころ」

「何かしら」

「勝った方が、負けた方に『告白』な」

「そうしましょ! そっちの方がヤル気が出るものっ」

 

 どうしても自分の口から言いたいみたいだな、こりゃあ。

 

 一足先に柔軟を終え、手をぶらぶらとさせながら跳ねるこころは、今にも50メートルを6秒台で走り切りそうなほどに、バイタリティとモチベーションに満ちていた。

 

 そして彼女は息を整え、こちらに右手を向ける。ただ、俺を指さしているわけでもなく、握手を求めているわけでもない。まるでホームラン予告、手に何かを持ってこちらに向けているいるかのようだった。

 

 恐らく、彼女には既に見えているのだろう。『あっちの世界』で持つ武器である『ステッキ』が。

 

 俺は彼女にならい、自分の武器を前に出す。つまり、『拳』を突き出す。そんな俺を見て、たまらないとばかりに笑うこころ。ワクワクが『オーラ』となって溢れだしている。

 

「あたしを恋に堕とした罪……あたしと踊って、償ってちょうだい」

 

 やっぱ、キャラ違ェよ。いち舞台人としては興奮するが。実際、俺もこころと同じくらいには笑いが抑えきれていない。

 

 柔軟をしている時から、ずっと胸が高鳴っている。このドキドキは理屈じゃあない。

 

「その罪は原罪だ。一緒に堕ちたんだからな」

 

 互いに愛する人の頸を狙う、一見イカれた『バトル』。それでも、世の舞台人や演劇人、こと最近増え始めている高校演劇人にとっては、この試合、いや死合いでさえも、愛情表現のひとつである。クマのじゃれ合いとでも思ってもらおうか。

 

「ゲキバトル!!」

「──界演ッ』

 

 さて、並び立った俺らは、演劇人共通の合言葉を唱え、『製界(セカイ)』に飛び込む。

 

 こころは眩いオレンジ色の『オーラ』を、俺は澄んだターコイズブルーの『オーラ』を纏って。

 

Omoi

『君が飛び降りるのならば』




マコモなかるてぃん「じゃあぼく風呂の水替えたことないけど、頑張ります!」
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